【 お散歩に行こう! 】
◆9IieNe9xZI




438 名前:お散歩に行こう!(1/4) ◆9IieNe9xZI 投稿日:2006/11/25(土) 02:22:25.22 ID:3OFubtsn0
 その朝もいつものように、彼らは土手の上を歩いていた。彼は疲れて立ち止
まると、寝心地のよさそうな草むらを探す。ちょうどいい寝床が見つかったの
でそこへ寝そべると、少女が彼を叱った。
「こら、ゴン、いくよ」
 ゴンは耳を立て、首を起こした。後ろで髪を結んだ少女が、腰に手をあて
て彼を見下ろしている。
「もう、学校に遅刻したらあんたのせいだからね」
 少女はそういって隣に座った。舌を出して息を整える彼の頭をなでる。真夏
の空気は、早朝とはいってもゴンの体温をなかなかさましてくれない。
 毎朝の散歩が彼らの日課だった。
 数年前から少女といっしょにいつも同じコースを歩いていたが、彼女の歩幅
はずいぶんと大きくなった。最近はひんぱんにヒモを引っ張られ、もっと早く歩
けと促されてしまう。
 歳のせいもあるだろう。少女が産まれるまえから彼はその家に住んでいた。
お互いがいい遊び相手になったのは、ほんの二、三年の間だけだった。はじめ
はパートナーとして物足りなく感じていたのに、今の彼にとっては荷が勝ちす
ぎる。
 妹のように思っていた相手に見下されて、気持ちのいいはずはない。しばしば、
彼は自分のふがいなさを嘆いた。それでどうなるものでもないけれど、そうせず
にはいられない。


439 名前:お散歩に行こう!(2/4) ◆9IieNe9xZI 投稿日:2006/11/25(土) 02:25:00.14 ID:3OFubtsn0
 アスファルトの歩道を人々が行きかう。自転車がゴンと少女のまえを通りす
ぎていったとき、ふん、とゴンは鼻をならした。
――イヌの匂いがする。メスだ。
 だいぶ昔に身体をいじられてから、ゴンはメスに対しては何も感じない。そ
れに近ごろはケンカをする気もおきない。犬が近くを通っても、いつもやり過
ごすばかりだ。
 だから、彼は当惑してしまった。
 白い毛のマルチーズが近づいてきて、彼の周りをぐるぐると回ったり、お尻
の匂いを嗅いできたのだ。あまりしつこいので一度吠えてやったのに、彼女は
ゴンにつきまとった。彼は目をつむって無視をきめこむことにした。
「こら、モモ」
 声がする。目を開けると、短髪の少年がゴンの前に立っていた。少女と同じ
くらいの背だ。
 彼も困っているようだ。ヒモを引っ張ってもモモはゴンから離れようとしな
い。
 少女と少年は顔を見あわせた。彼らはすぐにお互いから目をそらして、うつ
むいてしまう。
「えっと、ごめん」
少年がいった。
「こいつ、いっぺん何かに興味をもっちゃうと、なかなか離れないんだ」


440 名前:お散歩に行こう!(3/4) ◆9IieNe9xZI 投稿日:2006/11/25(土) 02:25:51.57 ID:3OFubtsn0
 少女は首を振った。
「え、ううん、別にいいけど。急いでないし」
 ゴンはあごを地面につけた。モモは彼につきまとうのをやめようとしない。
 少年がゴンを見た。
「やっぱりかっこいいな、ゴールデンレトリバー」
「かっこよくなんてないよ、いつも寝てばかりだもん」
「何歳?」
「え、わたし……じゃなくて、ゴンね。ゴンっていうの。十二歳」
 少女は顔を赤くしていった。
「ゴンか、いいなあ、おれもこういうのが欲しかったな」
 少年はしゃがんでゴンの頭をなでた。
「わたしだって、そういう可愛い犬を飼いたかったのに」
 少年は立ち上がった。
「きみ、いつもここに来るの」
「うん」
「じゃあさ、明日もモモをゴンに会わせてやってもいいかな。こいつ、ゴンに
一目ぼれしたみたいだし」
「あ、うん、そうだね、そうしよう。わたしもその子にまた会いたい」
「ありがとう」少年はモモを引っ張った。「モモ、いくぞ。また明日会えるか
ら」


441 名前:お散歩に行こう!(4/4) ◆9IieNe9xZI 投稿日:2006/11/25(土) 02:26:55.79 ID:3OFubtsn0
 彼らを見送ると、少女はゴンを立たせた。
「わたしたちも行こう」
 帰り道、少女は彼にいった。
「もう、あんたがぐずぐずしてたせいで、ご飯食べる時間なくなっちゃった
じゃない。帰ったらおしおきだからね」
 叱る時の声ではなかったので、彼は首をかしげた。
 その日の朝ご飯には、ゴンの好物が食べきれないくらい山盛りで出てきた。
 それを見て彼は気がついた。
 どうやら彼女は先ほどの少年を好いているらしい、と。
――なら、あのモモというイヌにあまりつっけんどんな態度で接するのはよく
ないだろう。今度会ったときは、少しなら構ってやってもいいかもしれない。
 モモと仲良くしなければ、きっと彼らも会いにくいだろうと彼は思った。。
 お腹がいっぱいになると、ゴンは満ち足りた気分でカーペットに横たわる。
――まったく、仕方のない妹だ。まだまだ、兄貴がそばにいてやらないとな。
 苦痛になりかけていた毎朝の行事を今は楽しみに思い、ゴンは我が家で散歩
の疲れを癒すのだった。


 了



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