【 PANZER×PANZER 】
◆6JUeFJZp6A




554 名前:品評会用『PANZER×PANZER』1/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:54:20.27 ID:zKLKwNaO0
「第三区、制圧完了しました。被害状況を報告します」
 無線からの報告を聴き、アスカは一つ、息をついた。これで全ての部隊が無事任務を遂行できたことになる。
時計を確認。針は、想定していた通りの時刻を指している。部隊からの報告が終わると、後ろに立っていた男が
アスカの肩に軽く手を置いた。
「お疲れさん」
「アデス中尉、作戦行動中は私語を慎め」
 彼なりの気遣いから出た労いの言葉はしかし、厳しい口調でバッサリと切り捨てられてしまった。予想通りの
対応に、アデスはやや呆れたような顔を浮かべる。まあ、実際のところ彼女の言い分は正しいので、本来ならば
呆れられる筋合いもないのではあるが。アスカは表情を崩さぬまま、無線で全隊に告げた。
「目標全区域の制圧完了。これにて状況を終了する。各部隊は速やかに帰投せよ」

 狭い空間に、細かな水の跳ねる、耳に心地よい音が反響する。作戦終了後に冷たいシャワーを浴びることは、
アスカの楽しみの一つだ。いわば仕事の後の一杯のようなものだろうか。普段は雑に縛って纏め上げられている
ブラウンの髪は解かれ、水を受けて滑らかに背中へと流れている。彼女がその手入れに気を配ることはないが、
それでもしなやかな髪が傷むことはなかった。軍人として鍛えられた彼女の体も、よく引き締まってはいつつ、
どこか女性的な柔らかみを帯びている。決して少ないわけではない実戦経験を経て傷一つついていない白い肌は
彼女にとって、密かな誇りでもあった。
 シャワーを浴び終えて服を着ていると、アスカの耳に、ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「アスカー! アースーカー! いるんだろー! 返事しないと勝手に入っちゃうぞー」
 ──アデス。お前は私を怒らせるのがそんなに楽しいか。
これまでに一体どれだけ同じことを注意してきただろうかと、アスカは考える。その度に、分かっているのだか
いないのだか曖昧な態度を見せられ、結局今日に至るまでまだ直っていない。アスカは怒りに肩を震わせながら
足を踏み鳴らしてドアへと近づき、一気に押し開くとそのまま怒鳴りつけた。
「アデスっ! 私のことは少佐と呼べと何度言ったら──」
 が、言い終わる前にアデスの横に立っている人物に目が行き、言葉を切る。
「ああ、わ、悪い、アスカ。でも取り敢えず、服をちゃんと着ような。客人だ」
「いや、すまないね。ちょっとタイミングが悪かったか」
「……シュタイン博士」
アデスが客人と呼んだその人物は、白衣に身を包み、長い白髭を手で弄りながらとても嬉しそうに微笑んでいた。

555 名前:品評会用『PANZER×PANZER』2/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:55:10.55 ID:zKLKwNaO0
「それで、博士。私に一体何のご用なのでしょうか」
 着替えを終え、アスカはシュタインに先導されるまま、ついて歩いていた。
「おお、そうだったな。実はアスカ少佐、君に見せたいものがあってね」
「……私に、ですか」
 率直に言って、アスカはこの人物が苦手だった。嫌い、というわけではない。むしろ、彼の事実をありのまま
客観的に受け止めることの出来るところや、歯に衣着せぬ物言いなどには非常に好印象を持っている。人間的に
尊敬できると言ってもいいだろう。だが、天才故と言うべきか、彼のセンスは一般のそれからは遠く離れた物で
あった。アスカ自身、周囲から天才などと評されることはあったが、それでも彼の考え方を理解できたことなど
ほとんどない。だから、彼と接することも人と比べて多いというわけではなかったのだが。
「そう、君にだ。軍学校で、二足歩行型有人機動兵器のシミュレーターをやったことがあるだろう?」
「ええ、ありますが……まさか完成したのですか?」
 軍学校時代、まだ実戦配備はおろか研究開発すらまともに進んでもいない物のシミュレーターなどに一体何の
意味があるのかと、アスカはよく疑問に思っていた。アデスや周りの他の友人たちは「男のロマンだ!」などと
嬉しそうにはしゃいでいたが、その実、自分に勝てるものが一人もいなかったのを覚えている。軍が開発を続け
ているという話は聞いていたが、完成したなどということは聞いていない。
「ああいや、そうじゃないんだ。私も、子供の頃からの夢だからね、何とか自分の目の黒いうちに完成させたい
 とは思っているのだが。君に見せたいのは、その前段階に当たる物なんだ。是非、君に乗ってほしくてね」
「あの、……それで、自分は何故呼ばれたのですか?」
 それまで黙って二人の後ろについてきていたアデスが、少々困惑気味に口を開いた。
「うむ、今言ったそれが実は二人乗りでな。調べたところ、アスカ少佐は二人乗り戦車の模擬戦闘でも、ペアを
 組んでのシミュレーターでも、君と組んだ時が一番成績がよかったようなのでね。今回も君と組んでもらおう
 と、まあそう考えたわけだ」
「なるほど……、それはまた随分と古いデータを」
 言って、アデスは苦笑する。彼からは見えなかったが、アスカも同じような表情をしていた。
「古いと言っても、五、六年前だろう? その若さで、大したものだよ。さあ、着いたぞ」
 話しているうちに、三人は明るく、かなり大きな空間に出た。そして、そこで三人を出迎えたのはその中でも
一際明るく照らされた──
「なっ」「これは……」「見たまえ、これが多地域制圧用多脚型有人機動兵器“アラクネ”だ!」

557 名前:品評会用『PANZER×PANZER』2/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:55:46.07 ID:zKLKwNaO0
 照明を受けて鈍く光る、やや紫がかった黒。部分的に入った黄色のライン。そして、体を支える四対の歩脚。
見る者を圧倒する凶々しいまでの異形。一匹の巨大な蜘蛛が、そこにいた。
「こ、これは……一体」
 アスカは震える声を抑えて、何とか質問を発する。その顔からは完全に血の気が引き、真っ青になっていた。
だが、そんなアスカの様子に気付いた様子もなく、シュタインは嬉々としてその蜘蛛に見入っている。そして、
状況をただ一人把握しているアデスは、何とも複雑な表情を浮かべていた。
「素晴らしいだろう? どうだね、この威圧感。だが、まだまだこんなものじゃないぞ」
 言って、シュタインは周りの作業員たちに指示を出し始める。と、次の瞬間。大きな音が部屋中に響き渡り、
八つ全ての歩脚から大量の銃口が姿を現した。──タランチュラ。それを思わせるあまりに悪趣味な外見を前に
アスカの精神はとうとう限界を迎え、「ひっ」という短い悲鳴と共に、その場で気を失ってしまった。

 ケーキの上に、四本のローソク。嬉しそうに微笑む、小さな女の子。可愛らしいリボンのついた箱を差し出す
男の子。疑うことを知らない、女の子の無垢な笑顔。差し出されたプレゼントを受け取り、真っ赤に染まる頬。
そして、蓋を開けた箱の中に入っていた、蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛──
「きゃあああっ!」
 悲鳴とともに、アスカは勢いよく体を跳ね起こした。ベッドの横に座っていたアデスが静かに声をかける。
「おい、大丈夫か? アスカ。大分うなされてたぞ、お前」
「だから私のことは少佐と呼べとっ……はぁ、まあいい。ここは?」
 言いながら、周囲を見回す。アデスが医務室だと答える前に、大体の状況は把握できていた。
「……ひどい失態を見せてしまった。博士は、何か言っていたか?」
「いや、取り敢えず適当に誤魔化しといたよ。疲れが出たんだってことになってる。それより、どうするんだ?
 まさか、蜘蛛が苦手だから乗れません、なんて言うわけにもいかないだろ」
「そうだな。あれはあの一機しかないようだし、どこか他の隊に回してもらおう。私達には必要ないしな」
 だが、それで解決だろう、と言ったアスカを見るアデスの表情は曇っている。
「それがな、何と言うか、……操縦が複雑すぎてお前以外にアレに乗れそうな奴がいないんだそうだ」
 沈黙。そんな物を作って、一体どうしようというのだろうか。やはりアスカには、彼の考えは理解出来そうに
なかった。しかしそうなると、自分が乗る以外に道はないということになる。まさか捨てるわけにもいくまい。
「いい機会だ。どうせだから、長きに渡る蜘蛛恐怖症に今、終止符を打とうじゃないか。な?」
「お前は他人事みたいに……一体誰のせいで蜘蛛嫌いになったと思ってるんだ」
 楽しげに笑っているアデスの横で、アスカは既に半べそをかいていた。

560 名前:品評会用『PANZER×PANZER』4/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:56:27.41 ID:zKLKwNaO0
「結局、克服とまではいかなかったか」
「問題ないだろう? こうしてきちんと操縦できているのだからな」
 一週間、アスカは蜘蛛嫌い克服のために様々な訓練を行った。写真の蜘蛛を眺めたり、基地内の小さな蜘蛛に
接近を試みたり。誰にも秘密で行ったため、それは傍から見るとかなり奇妙な光景であった。だが努力も空しく
大した成果を得られぬままに試験搭乗の日が来てしまい、何とか我慢して乗り込んでみてからふと気がついた。
乗ったら見えない。後は、自分が蜘蛛を動かしているのだということを意識しなければ、何とか操縦する事なら
出来たというわけだ。
「ま、それもそうか。じゃ、行きますか、少佐」
「全隊に告ぐ。これより状況を開始する。各隊は所定の配置につけ」

 作戦内容は、一週間前とほぼ同じ。市街地に潜伏した敵部隊の捕縛、殲滅。油断はないが、緊張もない。何か
余程異質な事態の発生でもない限り、作戦の遂行に支障が出ることはない。
──そう、だからこれは、異質な事態。
「想定外の敵との接触の可能性がある。各自密に連絡を取り合い、警戒を怠るな」
 アスカが無線で指示を飛ばす。その声には若干緊張の色が含まれている。
「第五区の次は第三区か。……近づいてきてるな」
 アデスが声を漏らす。第五区から、一部の隊と連絡がつかなくなったとの報告が入った。続いて第三区でも。
(何が起きている?)
 敵部隊の情報に誤りがなければこのような事態は起こりえない。ならば、何か情報に漏れがあったのだろう。
タンクだろうか。だがそれにしては五区から三区への移動が早い。いや、そもそも同じ敵にやられたのだと判断
してよいだろうか。仮に真っ直ぐこちらに向かっているのであればそろそろ──と、その時、アスカ達の右前方
で、轟音と共に爆炎があがった。アスカ達のいる大通りから右側の路地に入った地点。建物の影になっている為
状況は分からないが、恐らく五区、三区と真っ直ぐこちらに向かってきた何者かだろう。
「アデス、警戒を怠るなよ」
「ああ、路地から出てきたら、正体拝ませてもらおうか」
 が、少ししても路地からは何も出てくる様子はなかった。
「おかしいな……どうする、アスカ。動くか? このままじゃ」
「アデスっ、右! 屋根の上!」
 言うより早く、アスカは回避運動を取っていた。一瞬遅く、辺りに爆音が鳴り響き、さっきまで機体のあった
場所で黒煙が上がる。地面はひどく抉れている。姿勢を安定させると、アスカは再び屋根の上を見遣った。

561 名前:品評会用『PANZER×PANZER』5/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:57:12.51 ID:zKLKwNaO0
 陽光を受けて鈍く光る、毒々しいような紅。部分的に入った黄色のライン。そして、体を支える四対の歩脚。
見る者を圧倒する凶々しいまでの異形。一匹の巨大な蜘蛛が、そこにいた。
「……アデス中尉。あれは、何だと思う?」
「……ええ、同型機、ではないでしょうか。アスカ少佐」
 初弾を躱されて動揺したのか、相手の機体は慎重に少しずつ距離を詰めて来た。一歩ずつ近づいてくるたびに
八つの脚が蠢いて不気味な機械音を鳴らす。だが、二人には間合いを計ったりするような余裕は全くない。
「……くも……や……」
「ま、待て、落ち着けアスカ。冷静になるんだ」
 そして、相手がその紅い機体を一気に加速させて向かってきた時、アスカの中で何かが弾けた。
「いいいいいやあああああああああああ!」
「うぉあああっ!」
 安全性未確認のジェットコースターに乗っているような気分、というのが、この時のアデスの心境を表すのに
最も近い表現かもしれない。だが、驚くべきはアスカの操縦技術だろう。当然、実戦に堪えうるだけの操作訓練
を行いはしたが、それだけでここまで完璧に乗りこなせる様な代物でないことは、共に訓練を行ったアデスには
分かる。先程から敵機の放つ機銃も砲弾も一発たりとも掠りもしないのは、さすがはアスカ、というところか。
 だが、このまま受けに回っていてはいつまでたっても状況は良くならない。同型機ならば、弾切れを狙うにも
時間がかかりすぎる。最悪、途中でアスカが気を失ってしまうかもしれない。こちらから攻撃しようにも、脚を
担当するアスカが混乱したままでは、アデスの腕で敵機に命中させることは難しいだろう。
「くそ、何かないか。何か──」
 その時、敵機をじっと見ていたアデスの脳裏に閃くものがあった。いや、閃いたと言うよりは気づいたと言う
べきだろうか。
「おい、アスカ! よく見ろ。あれは蜘蛛じゃない。──蟹だ」
「あああああああ…………え?」
 アデスの言葉で一瞬我に返ったアスカが、敵機を注視する。四対の脚。全体的に角ばっていて固そうな表面。
そして、紅いボディ。言われて見れば蟹に見えなくもない。いや、むしろ蟹にしか見えない。というか蟹だ。
「……そう、蟹、ね。蟹、かぁ。…………がって」
「あ、アスカ?」
「ふざけやがってこの蟹があああああ!」
「うぉあああっ!」
 蜘蛛でないと判断したアスカは、今度は逃げていた時と同じ勢いで一気に攻撃へと転じた。

563 名前:品評会用『PANZER×PANZER』6/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:57:44.64 ID:zKLKwNaO0
 先程まで、攻撃は当たらないながら優勢に展開していた敵機は、対応が間に合わないのか、アスカ達が攻撃に
転じた途端一気に動きが乱れだした。八つの脚がバタバタと動き、上手く動く事が出来ないでいる。
「アデス、攻撃は任せる。速攻で片付けるぞ!」
「お、おう!」
 そしてアスカ達の機体が敵機へと真っ直ぐ向かっていったその時、敵機の脚部から大量の機銃が姿を見せた。
「あれは、シュタイン博士が出してた……っ」
 アデスは一瞬、まずいと思った。前にアスカはアレを見て気を失っている。もしかしたらその時のことを思い
出してまた怯え出すかもしれない。──が、その心配は一瞬で杞憂であると分かった。
「毛蟹かお前はあああああああ!」
「ああ、アスカ、完全に壊れてるよ……」
 吼えると同時、機体を高く跳躍させる。敵機の機銃はやはり、アスカ達の機体を掠りもしなかった。
「終わりだ。アデスっ!」
 アスカに声をかけられると同時、アデスは眼下の敵機にミサイルを放った。一瞬後、爆音と共に炎が上がり、
やがて敵機はそのまま動かなくなった。

564 名前:品評会用『PANZER×PANZER』7/7 ◆6JUeFJZp6A 投稿日:2006/11/19(日) 23:58:29.21 ID:zKLKwNaO0
「報告します。目標は全区域の制圧が完了。連絡の途絶えていた二分隊は発見後、医療班の元へ移送しました。
 また、例の紅い機体ですが、搭乗員は八名全員の生存を確認、捕縛いたしました。こちらも治療の後取調べに
 移ります。」
「八名? あの狭い中に八人も入っていたのか?」
 その後、部隊からの報告を聞いていたアスカは思わず驚きの声を上げた。
「はい、どうやら操縦がかなり複雑であった為、八名でやっと動かせたとのことです」
「そうか、……報告ご苦労。引き続きよろしく頼む」
「はい、それと──」
 言って、少し嬉しそうに笑う。周りにいる他の者たちも、ややにやけた顔をしている。
「少佐、蜘蛛が苦手だなんて可愛いところもあるんですね」
「なっ……!」
 突然、予想だにしないことを言われ、アスカは全身の血が顔に上っていくように感じた。
「おい、お前ら! あんまりアスカをからかうんじゃねえぞ!」
 と、そこにアデスが割り込んできた。庇ってくれているのだろうか。相変わらず、名前を呼び捨てにするのを
直してはくれないが、アスカは何となくそれを少しだけ懐かしく感じた。あまり考えてはいなかったが、さっき
も何だかんだで窮地を救ってもらっていたのだと、思い出す。
「アデス……」
「あっ、アスカ、背中に蜘蛛」
「ええっ、嘘っ! どこどこ、取って取って!」
「う、そ」
「な……。──っ!」

 どこまでも高く青く広がる空。辺りには、笑い声と、頬を叩く乾いた音と、
「中尉! お前はっ、晩飯抜き!」
 アスカの怒鳴り声が、響き渡った。



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