【 蜘蛛の巣 】
◆3bIj6X4Wgg




376 名前: ◆3bIj6X4Wgg 投稿日:2006/11/19(日) 21:37:23.18 ID:LEXllKLs0
「専門家によると、原因不明、突然変異の可能性を含めて研究中、とのことです。だって
今朝のニュースの姉ちゃんが言ってたよ」と潤一が言った。
「専門家って、あてにならないのなー」とユウキが漏らした。
潤一が家から持ってきた漫画を、ユウキは黙々と読んでいる。しばらくして、部屋の外か
ら声がした。
「ジュース持ってきたわよ」と、ユウキママの高い声だ。
そうして持ってきたお盆には、オレンジジュースとプリンが、それぞれ二つずつ乗っている。
今日も晴れなのに、とうんざりした様子でユウキは訊いた。
「お母さん、外で遊んで来てもいい?」
「駄目に決まってるでしょ」
やっぱり駄目か、そんな様子で特に口答えせず、ユウキは漫画の続きを読み始めた。目的
を果たしたユウキママは部屋から出ていった。
ユウキは漫画を読むのを一旦休止し、体を起こしてオレンジジュースに手を伸ばした。
次に潤一が、ゴソゴソとテレビの前まで来て、「つけていい?」と訊いた。
「いいよ」とユウキが答えると、すぐ――コンマ零秒の反射速度で――に純一は電源スイ
ッチを押した。
そんなに焦らなくても、と私は思った。だから、この子はどんな番組を見たいのかと興味
深く眺めていると、ニュース番組でチャンネルを止めた。
相変わらず蜘蛛特集をやっていて、「蜘蛛の巣にかかってKKQ隊に救助された人数は今日午
前中だけでも、全国で七千人以上に上ります」とアナウンサーが原稿を読み上げている。
「KKQ隊ってなに?」とユウキは訊いた。
「たしか、蜘蛛の巣ナントカ隊の略だった気がする」と潤一が微妙に答える。
正確には蜘蛛の巣駆除兼救援隊の略だ。
ちょうど一ヶ月前のある日を境に、全国の蜘蛛の巣が変異した。それに対応すべく先日、
総務省が各地に設置した機関で、110番や119番のように990番という緊急通報用電話番
号がある。



378 名前: ◆3bIj6X4Wgg 投稿日:2006/11/19(日) 21:38:08.15 ID:LEXllKLs0
「あ、今朝の専門家だ」と潤一が声をあげる。
「おい、専門家目がやばいぞ。だいじょーぶか専門家」とユウキ。
「粘土、強度ともに凄まじく、理論上では半径1mの蜘蛛の巣で時速80kmのトラックを受
け止めるほど強力なもので、これを利用した研究を進め今後新しい蜘蛛の糸ビジネス――」
ビジネスにしてる場合じゃないだろう、と私は思った。
「あれ、なんか前と比べてポジティブになってるなあ」と潤一が言い、
「もう原因究明、諦めたんじゃない?」とユウキが返す。
例え原因究明を続けたところで、至上主義者には分からないだろう。分かったところで、
止めることはできない。この変異は加速する。
ユウキはオレンジジュースを飲み干して、ちらりとこちらを見た。蜘蛛特集は続いている。
「蜘蛛の一斉駆除に対して、動物愛護団体から抗議デモが――」
潤一は蜘蛛って動物だったんだ、とため息みたいに漏らす。次に目線を、テレビからユウ
キに移して、「この事態、蜘蛛愛好家としてどう思う?」と訊いた。
「まあ、仕方ないんじゃないの」

379 名前: ◆3bIj6X4Wgg 投稿日:2006/11/19(日) 21:38:39.38 ID:LEXllKLs0
ユウキはもうニュースに飽きたようで、寝転がって漫画を読み始めた。時間が経過する。
最後に「決して森、林の中や縁の下など、蜘蛛の巣の多そうな所へ入らないで下さい。極
力、蜘蛛の巣に触れないように注意を払って下さい」とアナウンサーが警告して、特集は
終了した。
この警告を聴いて「ほんと、この前ひどい目にあったよなー」と潤一はしみじみ言う。
ユウキは「んー」と適当に相槌を打った。漫画がどうも良いところらしい。
何があったのか、私にはよく分からない。とにかく、ひどい目にあったのだろう。
実際に山で蜘蛛の巣にからまった状態の、行方不明者の遺体が見つかった例があるわけだ
から、笑っていられないのだが。
「そういえば秘密基地どうなってるのな」とユウキが尋ねた。漫画は読み終わったらしい。
「ボロボロだろうね。まだポテチ隠してあるのに、行きたいなあ」
「でも行ってもまた同じような目にあうだけだよ、前よりひどいことになりそう」
「蜘蛛の巣さえなければね」
「うーん」
「そういえば蜘蛛の駆除っていつから始まるんだっけ? それが終わったあとなら、」
その潤一の言葉に対して私は終わらないよ、と言った。
ユウキと潤一は驚いた顔をして、こちらを見ている。
「アッシー、今喋らなかった?」とユウキは訊いた。
「気のせいじゃない?」上ずった声で潤一が答えた。
私が喋ることのどこがおかしいんだ? と言った。
「おかしいよ、だって蜘蛛なんかが」ユウキが言う。これだから、と私は思う。
人間は人間以外を過小評価しすぎる



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