【 蜘蛛に願いを 】
◆kCS9SYmUOU




354 名前:蜘蛛に願いを 1  ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/11/19(日) 21:07:27.01 ID:56ghtWyZ0
 それはなんでもない、日常でのことである。
 俺がコタツに潜りこみ、テレビを見ていた時、ふと、目の前に小さな蜘蛛がいた。
吹いて散らしてやろうと思ったが、なんだかこちらを向いてじっとしているのが可愛らしく思い、
そのまま放置することにした。そして視線をテレビに戻し、つらつらと思う。
(彼女いない暦=年齢の俺としては、蜘蛛なんかよりも人間の娘に気に入られたかったな……)
 と、そんな取り止めのないことを考えていると、どこかから声が聞こえてきた。
「それが、あなたの願いですか?」
 俺はびっくりしてきょろきょろと辺りを見回した。誰かいるのか? と訊いてみても何の返事もない。
当然だ。一人暮らしなのだから。誰か他の奴がいたらそれは泥棒に他ならない。空耳だったのだろう、と
勝手に解釈して、再びテレビに視線を戻す。すると、また声が聞こえてきた。
「ここですよ。あなたの目の前です」
 なにぃ? 馬鹿な。目の前にいるものといえば、小さな蜘蛛ぐらいのものだ。俺は目の前の蜘蛛に視線を移し、
恐る恐る訊いた。
「まさか……お前か?」
 すると、確かに蜘蛛から声がした。
「はい。そうですよ」
「俺に何のようだ?」
「あなたに、恩返しがしたいと思いまして」
 恩返し? はて、何か俺は蜘蛛に恩返しをされるようなことをしたかいな。
「俺が? 何かの間違いじゃないか?」
「いいえ。あなたは数日前、排水溝に流される寸前だった私を神のような慈愛の心で救ってくださいました」
 排水溝、まで聞いたところで思い出した。確かに助けてやったのは助けてやったが……ほんの気まぐれだ。
別に恩返しされるようなことじゃあない。

355 名前:蜘蛛に願いを 2  ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/11/19(日) 21:08:12.11 ID:56ghtWyZ0
「確かに助けてやったが……そんな大層なことじゃあ――」
 そう言いかけたところで、蜘蛛が言った。
「いいえ。あなたにとってはそうかもしれませんが、私にとっては生死にかかわることだったのです」
「そうか。ならいいんだけど……お前何ができる?」
「はい? そうですねぇ……神様に力をいただいたので、大抵のことは。あ、でも物体を生成したり、
人を困らせたり、人を殺したり――所謂バチ当たりな願いはダメです。あと叶えられる願いは一つきりです」
「なんとまぁ。じゃあ金くれってのはなしか……」
「はい……残念ですが……」
 しゅんとする蜘蛛。俺も色々と考えてはみるが……なかなかいいアイデアが浮かばない。すると、蜘蛛が
「あのぅ……先ほど考えられてた願いじゃあダメなんですか?」
「先ほど?……ああ彼女云々ね。確かに欲しいけど――物体を作るのはいかんのだろう?」
 と、そこまで言って気付いた。ゼロからがダメなら、元からあるものを変化させればいいのだ。
思いついたら即行動。さっそく蜘蛛に訊いてみる。
「お前、性別は?」
 急に訊かれた蜘蛛が、びっくりして答える。
「ええ!? なんですかいきなり」
「いいから。お前の性別は!? オスか!? メスか!?」
 激しい問い詰めに、蜘蛛が半分びびりながら答えた。
「はぁ……一応、オスですけど」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!!!!」

356 名前:蜘蛛に願いを 3  ◆kCS9SYmUOU 投稿日:2006/11/19(日) 21:10:23.57 ID:56ghtWyZ0

 その一言に俺は愕然とし、絶叫した。そして呪詛を吐くように
「お前がメスなら……人間になってもらおうと思ったのに……」
と言うと、その後がっくりとうなだれ両手をついた。すると

ぷちっ

「あ」
 ついた両手で、蜘蛛を潰してしまった。なんてこった。ごめんよ。蜘蛛。
 そして、俺は何事もなかったかのように、テレビに視線を戻したのだった。

END



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