【 蜘蛛まつり 】
◆iiApvk.OIw




119 名前:蜘蛛まつり(1/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/11/19(日) 00:27:16.21 ID:GG677TX/0
 昼過ぎの教室。普段は眠さから居眠りをしてしまう生徒も
いる時間帯だが、その日に限ってはクラス中の誰もが
夢の世界で遊ぶことなく、黒板を見つめていた。
 黒板には「フルーツバスケット」「手品」などといった言葉が
箇条書きで書かれている。
「他に案がある人いますか?」
「劇!」
「ものまねー」
 このクラスは今度のお楽しみ会について話し合っていたのだ。
 年に三回、彼らには自分達で決めたレクレーションで
楽しむ時間が与えられている。しかし、楽しい議論のはずだが
どこか生徒たちの目は冷めている。
「なんか、どれも飽きてきたよね」
 一人の生徒がそう言ったことを皮切りに、次々とこれまでの
お楽しみ会への批判が沸き起こった。
「なんかマンネリ化だよね」
「うちら小学生なのに保守的過ぎない?」
 批判は止みそうもなく、司会役の機転の利かない学級委員は
ただうろうろと狼狽するだけであった。
「そもそも、楽しいことで楽しむ時期は過ぎたんじゃないかな」
「どういうこと?」

120 名前:蜘蛛まつり(2/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/11/19(日) 00:27:52.73 ID:GG677TX/0
 独創的なアイディアで普段から一目を浴びている生徒の発言に
教室内の注目は集まった。
「つまり、いかにも『楽しい』ようなことって、実はあまり楽しく
ないんじゃないかってことだよ。例えば、ピエロが楽しそうに踊っているのを
見ても、それはちょっと違うだろ。それは、つまるところ上品過ぎるんだよ」
「結局、何が言いたいの?」
「つまり、本当に楽しいことをするには若干のスパイスが必要ってことさ。
それは一般的に『悪』と分類されるようなね」
 生徒たちは分かったような分からないような表情で、再び黒板の方へと
視線を向けた。
「つまり罰ゲーム、ってことか」
 誰かが言った言葉に、皆がそれとなく同意した。

121 名前:蜘蛛まつり(3/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/11/19(日) 00:28:20.65 ID:GG677TX/0
「キャッー!」
 教室の最前列に座っていた女子が、曖昧な空気を引き裂くような
悲鳴を上げた。
「く、クモ、クモ〜!」
 彼女の机の上では、少しばかり人間が大きいと感じるクモが
這いずっていた。そして、そのクモは女子に良いところを見せようとする
男子によってクールに葬られた。
 クラスは落ち着きを取り戻したが、その直後に誰かが言った
「クモって意外と美味いらしいぞ」
という発言が、発言者の予想を大きく超える事態を巻き起こした。
「クモって美味いの?」
「カニみたいな味がするって聞いたことがある!」
「チョコレートみたいだって」
 クラスはクモの話題一辺倒になった。その潮流は必然的にお楽しみ会に
結びつき、興奮と狂気が絡まりあって一つの結論へと進んでいった。

「と、いうわけで今度のお楽しみ会は『クモを食べる会』になりました」
 興奮した口調で学級委員は高々と宣言した。
 周りからは「賛成!」「異議なし!」とクラスの決定を肯定する野次が
飛び交う。その決定に誰も反対するものはいなかった。
 いたとしても、この熱狂に満ちた空気の中で異論を唱えることなどできるはずもない。

122 名前:蜘蛛まつり(4/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/11/19(日) 00:28:43.70 ID:GG677TX/0
 準備は着々と進んだ。マンネリでもお決まりでもなく、そしてまともでもない。
 退屈な日々に対するちょっとした反抗。背徳的な悦びに誰もが惹かれていった。
 生きたクモ100匹と鍋、コンロ、アルコールランプ、醤油……必要なものと
そうでないものを含め、全ては揃った。
「では、これから『クモを食す会』を開催します」
 クラス中で歓声が飛び交う。
 生徒たちは何故か、顔全体が隠れる白い三角帽を被っており
目と口の部分だけは穴が開けてあった。
 教室の窓にはダンボールが貼り付けられており、光が差し込む隙間はない。
 その密閉された空間の中央には無数の蝋燭が立てられていて、その周囲を
生徒たちが取り囲んでいた。教師はすでに逃げたらしい。
 場の空気は無数の炎によって作られた陽炎のように歪んでいて、そして熱かった。

「まずは焼き食いです」
 祭りは始まった。
 どこから拾ってきたのか、大小様々で色とりどりのクモが入ったバケツが
炎の中央に置かれた。リーダー格の生徒が、そのうちの一匹を箸で直接つかみ
そしてアルコールランプにかざす。

123 名前:蜘蛛まつり(5/5) ◆iiApvk.OIw 投稿日:2006/11/19(日) 00:29:05.30 ID:GG677TX/0
 クモの体が火に当たった瞬間、クモはその八本の足をそれこそ
ちぎれてしまうのではないかと思うほど外側に開き、そしてすぐに丸まるように
なってやがて動かなくなった。
「誰が食う?」
 リーダーが神妙な面持ちで問いかける。
 間髪を入れずに一人が名乗り出た。
 彼は焼かれたクモをそのまま口に運んだ。
 しばしの沈黙。
「少し甘い」
 クモは甘い、という禁断の事実を知った彼らのボルテージは頂点に達した。
「甘いぞ! クモは甘いんだぞ!」
「クモ祭りだ!」
 そして宴は始まった。毒々しいクモを醤油で付けて食う者、踊り食いを
する者、煮て食う者……。踊りながら逆立ちになってクモを食う者まで出た。
 100匹のクモは恐ろしい勢いで消化されてゆき、そしてついには
全てのクモは彼らの胃に収まった。
 再び訪れた沈黙。しかし、そこには気まずさといったものは存在しない。
「チョコレート食う?」
 一人が教室に持ち込んだチョコレートを全員に配り始めた。
「やはりクモより甘いな」
 その一言がやたら可笑しくて、生徒達は笑った。悔いのない、気持ち良い
笑いであった。



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