【 妹クッキー 】
◆VXDElOORQI




90 :NO.20 妹クッキー (1/3) ◇VXDElOORQI :06/11/06 00:06:27 ID:r/JCtT7U
「お兄ちゃん。クッキー焼いてみたんだけど食べる?」
 その言葉を聞いた俺は耳を疑った。
 妹がお菓子作り? まさかね。そんなことあるわけない。これは俺の空耳だろう。うん。
そうに違いない。そうでなければ俺が困る。というか死ぬ。死んじゃう。
「聞こえてる? クッキー焼いたんだけど食べますかー?」
 また空耳が聞こえる。もはや幻聴と言ってもいい。てか幻聴でいいです。そのほうが数
段マシだ。俺が耳鼻科か精神科に行けばいいだけの話だからな。
「もしもーし。お兄ちゃーん。聞こえてますかー? クッキーですよー」
 俺の耳に手をメガホンのようにして当て、耳元で鼓膜を破ろうとするかのごとく大声で
叫ぶ妹の声が俺を現実に引き戻す。
「あーもう! うるせえよ! 聞こえてます! 聞こえてますよ!」
「なんだ。ちゃんと聞こえてるじゃない。で、クッキー食べるよね?」
 妹が素敵な笑顔で笑っている。空に輝く太陽のような明るい笑顔。他の人に見せればほ
とんどの人が『可愛い』と答えるだろうその笑顔も、今の俺にとっては悪魔の微笑み。死
への誘いである。
 なんとかこの場を切り抜けなければ。
 俺は脳味噌をフル回転させ、打開策を考える。
 考えること数秒。 
 ダメ。無理。思いつかない。どうしよう。
「今、持ってくるからちょっと待っててねー」
 やばい。今、どうにかしないと完全に手遅れになる。
「よ、用事思い出したから、ク、クッキーはまた今度と言うことで」
 我ながらどうしようもない言い訳だ。
「今日用事ないって言ってたのにー。お兄ちゃん嘘ついてるでしょ」
「さっき友達から電話があったんだよ。わ、悪いな」
 俺にしては中々の切り替えしだ。これでなんとかなる。そう思った。


91 :NO.20 妹クッキー (2/3) ◇VXDElOORQI :06/11/06 00:07:15 ID:r/JCtT7U
 だが、その思いは見事に砕かれた。なぜか妹の手には俺の携帯。そしてそれを手際よく
操作していく。一通り操作をし終えると妹は俺に携帯を返してこう言った。
「履歴ないよ?」
 俺は何も言えなかった。
「じゃ、今持ってくるから待っててねー」
 台所へと向かう妹の背中を見つめながら俺は思い出していた。
 そう、あれは去年のバレンタインデー。

 妹が朝、「お兄ちゃんこれあげる。手作りだから味わって食べてね」そう言って渡してき
たチョコレート。
俺は純粋に嬉しかった。妹が俺のために手作りのチョコレートを作ってくれた。少しく
らい不味くてもおいしく感じられる。心から俺はそう思った。
 俺は妹にその場で開封することを断ってから、綺麗に包装してある包装紙を剥がした。中から現れた可愛らしい箱を開けると、そこには雪のように白いホワイトチョコレートがあった。しかもハート型。俺は勿体無いと思いつつ一口それを口に入れた。
 口に入れた瞬間、俺の意識はなくなった。

 あとで聞いたところによるとチョコを白くする方法がわからず絵の具使ったとかなんと
か。他に色々怪しげなことを言っていた気がするが思い出せない。多分脳が思い出すこと
を拒否しているのだろう。
 そんな今になっても全然いい思い出じゃないことを思い出していると、妹が戻ってきた。
「じゃーん! 今回は自信作でーす! ささ遠慮せずに食べちゃってくださいな」
 そう言って妹はクッキーが盛られている皿を、目の前に差し出してくる。
 ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
 俺はクッキーをひとつ手に取る。今回も見た目は普通だ。特にコゲているわけでもなく、
至って普通のクッキーだ。


92 :NO.20 妹クッキー (3/3完) ◇VXDElOORQI :06/11/06 00:08:14 ID:r/JCtT7U
「い、いただきまーす」
 クッキーを口へ運ぼうとする。だが、どうしても最後の最後で腕が止まってしまう。『こ
れを食べてはダメだ』そう言っているかのように頑なに俺の体は妹のクッキーを食べるこ
とを拒んだ。
「お兄ちゃんどうしたの? あ、わかった。食べさせて欲しいんでしょ。もうお兄ちゃん
たら甘えん坊さんなんだからー」
 違う。断じて違うぞ。なにちょっと頬を赤く染めてんだよ。来るな。来るなって。
「はいお兄ちゃん。あーん」
 俺は妹のそれを受け入れざるを得なかった。
「あ、あーん」
 クッキーが俺の口の中に入った瞬間、俺の視線は妹から天井へ、最後に背後のタンスへ
と移る。そしてそのタンスもだんだんぼやけて見えなくなっていく。消えゆく意識の中で
かすかに妹の声が聞こえる。
「あれー。やっぱりダメだったのかなー。入れたら絶対おいしいと思ったんだけどなー。
コ――」
 ここで俺は意識を失った。

おしまい





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