【 館にて 】
◆v3rMGliNoc




81 :NO.18 館にて(1/4) ◇v3rMGliNoc:06/11/06 00:03:00 ID:r/JCtT7U
 おかしな館なのである。
 私は森で迷っていた。完全に道から逸れ日は暮れて、闇を湛えたうっそうと茂る森の中で途方にくれていた。
 いかほど歩いた時か、私のすぐ目の前にこの館は現れた。私にはそれはとても唐突な出現であった。立派で、
生活の気配もする館である。なぜこんなに近くまでそれに気づかなかったのか。
 私は館の門を叩いた。道に迷っている事、できれば明日早朝までの宿泊を頼みたいという旨を伝える。
 門が開いた。火のにおいが館の中から流れてくる。私は少しほっとした。
 門が開いたのはいいのだが、館からはだれも出てこない。留守なのだろうか。いや、留守ならまず門が開かないだろう。
誰かはいるに違いない。だがそれではなぜ誰も出てこないのだろう。私は恐る恐る館に足を踏み入れた。 
 外観も立派であるが、内装もそれに引けを取らないほどの瀟洒なものだった。ただ、暗い。鬱蒼とした森のほうがまだ
明るいのではないかと思うくらいに明かりのない室内。私は足元に注意しながら館のエントランスホールを進む。


82 :NO.18 館にて(2/4) ◇v3rMGliNoc:06/11/06 00:03:13 ID:r/JCtT7U
・・・ようこそ、我が館へ・・・
 ホールに唐突に低い声が響いた。
・・・申し訳ない。いま少し手が離せないのでこの様な形で失礼する。
  あなたは今お困りのようだ。我が館でごゆるりとしていかれるが良い。・・・
「ありがとうございます。」
私はどこに向かって言っていいのか戸惑いながらも、礼を言った。
・・・いや、礼には及ばん。ただ・・・
「・・・ただ?」
・・・私の方も今すこし困っているのだ。すこし助けてはもらえないか。
  なあに、難しいことじゃない。私のところまで来てもらうだけでいい。・・・
謎の声は低くゆったりとした響きで館中に広がっていく。
「わかりました。私も助けていただいたのです。私に出来ることであればお手伝いしましょう。」
・・・ありがとう。では、まず着ている物を脱いでくれたまえ。汚れるといけない。・・・
「着ているもの、ですか?」
・・・そうだ。コートも、ジャケットもベストもだ。ブーツも脱いでくれてかまわん。・・・
たしかに、コートを着たまま館に上がるなど、失礼の極みである。だが、ジャケットやベストまで脱ぐのか?
私は少し違和感を感じながら声に従った。


83 :NO.18 館にて(3/4) ◇v3rMGliNoc:06/11/06 00:03:27 ID:r/JCtT7U
・・・真っ直ぐ歩いていきたまえ。突き当たりに階段がある。それを上ってきたまえ。・・・
暗くてよく見えないから危ないじゃないか、私がそう声を上げようとした瞬間、階段の手すりに備え付けてある蝋燭に明かりが灯った。
 私は息を呑んだ。
 一体、誰が今、蝋燭に火をつけた?
 背筋を冷たい何かが流れ落ちた。自分の心臓の鼓動が心なしかうるさい。上手くつばが飲み込めない。
・・・さ、どうぞ。・・・
相変わらず落ち着いた抑揚のない低い声がホールを満たす。階段を照らす蝋燭がかすかに揺れ、視界が揺らめくような錯覚に陥る。
私はもはや館の低い声に逆らう事は出来なくなっていた。
 一歩、一歩。階段を登る。階段のじゅうたんが少し湿っている。靴下越しにそれを感じて、また少し首筋が冷えた。
 二階に上がると、そこから奥へと廊下が伸びていた。足元は水で濡れている。そこを、自分でも分かるほど夢遊病のようにふらふらと
おぼつかない足取りで進む。
 バシャ。
 突然、天井から水が降ってきた。私は恐怖のあまり大声で叫び、廊下にうずくまった。
・・・どうしたのですか。ちょっとした悪戯じゃないですか。ふふふ。そんなに驚かなくてもいいのに。
  しかし、いけませんね。服が濡れてしまいました。そのままでは風邪をひきますよ。さ。
  着替えを用意させますから、シャツもズボンも脱いでしまってください。ふふふ。・・・
私は震えた。どうにもならないほど震えた。恐怖と、寒さに打ち震えた。あまりに震えてばかりいたため、館の声は痺れを切らしたのか
催促し始めた。
・・・どうしました?服を脱ぎなさいと言った筈ですが。さ、はやく。・・・
私は恐る恐るシャツとズボンを脱いだ。そしてまた一歩一歩前へ歩み始めた。


84 :NO.18 館にて(4/4完) ◇v3rMGliNoc:06/11/06 00:03:40 ID:r/JCtT7U
 髪から滴る水が、口元へと流れてきた。うっすら甘い。ああ、あれは砂糖水だったんだ。
 そんなどうでもいい事を思った瞬間、私の足元がいきなり崩れた。
 私はもんどりを打って落下する。落下する。落下する。
 どすん。
 私は砂地のようなところに着地した。砂煙のようなものが舞い上がり、私はそれで咳き込んだ。
 あれ、この砂煙も甘い。
 砂を一掴みして口元へ持っていく。舐めてみるとやはり甘い。
 これは・・・砂糖だ。
 私は前のめりにその砂糖の山に突っ伏した。その時、館の声が聞こえてきた。
・・・ねえ、あなた。金平糖の作り方って、知ってますか?ふふふ。・・・               <了>





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