【 ばあさんの駄菓子屋 】
◆bsoaZfzTPo




72 :NO.16 ばあさんの駄菓子屋 (1/4) ◇bsoaZfzTPo:06/11/05 23:47:21 ID:AdhrRh97
「ばあさん、これ頂戴」
「はいはい、五円チョコとらーめんじいちゃんとどんぐり飴二つ。三十五円だね」
「ん」
 俺はズボンのポケットをじゃらりと探った。十円玉が三枚とビー玉が三つと縮れた紙くずが出てきた。反対側もじゃらりと探った。五円玉が二枚と一円玉が三枚と輪ゴムが四つ出てきた。
「はい」
「はい、ちょうどね」
 三十五円をばあさんに渡して、残りをお菓子ごとポケットに突っ込む。ふと思いついて、黒ずんだ紙くずだけをもう一度取り出す。
「あ、ばあさん、ゴミ捨てて良い? ゴミ箱ある?」
「あるよ、ちょっと待ってなさい」
 そう言って、ばあさんは俺の予想通り店の奥へ歩いていった。
「タケシ、俺ら先行くぞ。寺で待ってるからさっさと来いよ」
 ユウタ達が俺に声をかけて駄菓子屋を出て行った。俺はうん、すぐに行く、と応えてばあさんを待った。
 ばあさんは本当にすぐ戻ってきた。店の中に一人だけの俺を見て、目を丸くする。
「おやおや、置いてけぼりかい。おばあちゃん、遅かったかねえ」
「あいつらがせっかちなんだよ。ありがと」
 ばあさんの持ってきたゴミ箱に紙くずを投げ込む。
「タケちゃんはえらいねえ、ちゃんとゴミ箱に捨てるんだから」
「そんなこと、無いって。じゃあね、また」
「はい、またいらっしゃい」
 俺は駄菓子屋を駆け出た。ばあさんは俺を笑って見送っているんだろう。早く行こう。ユウタ達の待っている寺までは、走れば一分もかからない。


73 :NO.16 ばあさんの駄菓子屋 (2/4) ◇bsoaZfzTPo:06/11/05 23:47:36 ID:AdhrRh97
 広い寺の隅に、大晦日くらいにしか鳴らないくせに、やたら大層な鐘がある。大人の身長よりも高い石段が組んであるそこは、俺たちのたまり場だった。
「タケシ、遅いぞー」
 ユウタが上から声をかけてきた。
「そんなに待たせてねえだろうがよ」
「だってお前来るまで、分けれないもんよ。一秒でも長いって」
「当たり前、先に分けてたら怒るよ、俺」
 声を上げながら石段をよじ登る。石段をぐるりと一周するようにして階段がついているが、格好悪いからと、俺たちは誰も使っていなかった。
「よっ、と」
 石段の上では、ユウタ達が丸くなって座っている。その中央には、ちょっとした駄菓子の山が出来ていた。
 よっちゃんイカ、ビッグカツ、粉末ジュース、ベビースターに十円ガムに都こんぶ。いちいち名前を挙げるのも面倒なほど、たくさんの駄菓子。全部、あのばあさんの駄菓子屋から持ってきたものだ。
 もちろん、お金は払っていない。
 ばあさんがゴミ箱を取りにいっている間に、万引きしたのだ。
 いつもやっている事だ。俺たちは駄菓子を買って気を引く役と、その隙に駄菓子盗って来る役をその日ごとに回している。今日はばあさんを完全に店から引き離せたから、いつもの倍以上、駄菓子がある。
「今日は完全にタケシのおかげだよなー。そのえーよをたたえてねるねるねるねをひょうします」
 トシが校長先生の物まねでねるねるねるねを俺に突き出す。
「へへー」
 水が無いと作れないが、ねるねるねるねは百円もする。いつもならジャンケンで取り合いになるところだ。今日は誰も文句を言わなかった。
 大げさにねるねるねるねを受け取った俺の頭に、ばあさんの笑顔が浮かんだ。
『タケちゃんはえらいねえ』
 俺は、全然えらくなんか無かった。


74 :NO.16 ばあさんの駄菓子屋 (3/4) ◇bsoaZfzTPo:06/11/05 23:48:35 ID:AdhrRh97
「俺は、全然偉くなんか無かった」
 携帯電話の向こうにいるのはユウタだ。誰かに言わないと、踏ん切りがつかないなどとという理由で、休日の昼間にたたき起こされたユウタは良い迷惑だろう。
「ばあさんはさ、絶対知ってたよ、俺たちがやってた事。いくらなんでも、毎日五百円以上も盗ってたんだ。気付かないわけが無い」
 ざかざかと道を行きながらの電話。昔のように元気に走る事はもう無くなってしまったが、慣れない革靴で、できる限り早く歩いた。
「でも、ばあさんは俺たちが行くと、いっつも笑って、いらっしゃい。って言ってくれた」
 やっぱり背広はやめれば良かっただろうか。大分暖かくなった陽気のせいか、襟元に薄っすらと汗が浮く。
「うん、だからさ、俺行って来るわ、謝りに。初給料貰ったし、いくらかでも返さないと」
 あの寺の横を通り過ぎる。石段の上には、やっぱり何人かの子どもがいて、笑い声を上げている。
「いや、冗談じゃなくてさ。親父とおふくろにプレゼント買うよりも、こっちのが絶対に先だろ、って感じで。そう、実はもう駄菓子屋の近くまで来てるんだわ」
 目の前に、何度も潜った引き戸がある。相変わらずのボロさが、たまらなく懐かしい。
「じゃあ、切るわ。また連絡する。今度小学校の同窓会でもしてよ、みんなで飲みに行こうぜ。おう、またな」
 携帯を切って、ポケットに入れる。もうビー玉も輪ゴムも入っていない。代わりに車や家の鍵が入っている。財布も使うようになった。
 一度、深呼吸。
 手をかけて、戸を開く。がらり。
「いらっしゃい」
 ばあさんがいた。皺が増えて、声も張りがなくなって、随分と体が小さくなった気がするけれど、笑った顔は昔のままだった。
「おや、背広のお兄さんが何の用かね」
「ばあさん、覚えて無いかも知れないけど、俺、タケシだよ。ガキの頃世話になった」
「タケちゃんかい? どんぐり飴のソーダ味が好きだった」
「そう、そのタケシ! 俺だよ!」
 驚いた事に、ばあさんは俺を覚えていた。もしかして、客だった子どもの顔と名前を、みんな覚えているのだろうか。


75 :NO.16 ばあさんの駄菓子屋 (4/4完) ◇bsoaZfzTPo:06/11/05 23:48:57 ID:AdhrRh97
「今日は、謝りに来たんだ」
「謝りに?」
「俺、万引きしてた。ガキの頃、ほとんど毎日。ユウタ達とグルになって、ばあさんの隙を見つけて、たくさん、たくさん、盗った」
 自然と視線が下を向く。謝る時は相手の目を見ること、なんていう教えを実行する気には、とてもなれなかった。
「本当に、すんませんでしたっ!」
 深く、頭を下げた。職場で上司に怒られた時の何万倍も誠実に、頭を下げた。
「これ、給料出たから、まだ全然足りないけど、ちょっとずつ、持ってくるからっ!」
 用意していた封筒を突き出すようにして、もう一度頭を下げる。
 二十秒、三十秒、俺は頭を下げ続けた。ばあさんが封筒を受け取ってくれるまで、絶対に顔を上げないつもりだった。
 ふっと、頭に手の感触が乗っかった。
「タケちゃんは、えらいねえ」
 ぼろりと、涙が溢れた。
「ちゃんと謝りに来たんだから」
 ばあさんの皺だらけの手は、俺の頭を優しく撫でてくれた。
 謝りに来た俺は、少しくらいなら、えらいのかもしれない。

<了>



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