【 チョコっとLove
】
◆2LnoVeLzqY
67 :NO.15 チョコっとLove (1/5) ◇2LnoVeLzqY:06/11/05 23:38:40 ID:AdhrRh97
「あ、あのさ……。マジでここに、入るわけ?」
「いまさら何言ってるの。ユースケ、男のくせに情けないのね」
男がどうとか関係なくてですね……という言い訳は、聞き入れてもらえそうにない。
ああ、崖や幽霊屋敷があるわけでもないのに、足が勝手にすくむ。
リサはというと嬉しそうだ。いつもならしないようなオシャレをして、表情までがきらきら輝いている。
目の前には、こちらもオシャレなレストラン。カフェレストラン、とでも言うべきなんだろうか。
しかも、ただのレストランじゃなくて……。
「いいから入るわよ。ここにいたら目立つし邪魔じゃないの」
そう、俺らは屋外に立っているわけじゃない。屋内なのだ。それも……一流ホテルの中。
その中にあるカフェレストランの前に、俺ら二人は突っ立っている。
確かに……目立つ。背中に周りの人の目線を感じる。若いって良いわねぇ……って、おい。
けれどそんなアホらしい分析には結局何の意味も無く、俺はリサに手を引かれて店の中へ。
「いらっしゃいませー」というウェイトレスさんの声が遠くで聞こえた、ような気がする。
金曜の昼間なのに、予想に反して結構な数の女性客がいる。多くが二十代後半のOLか中年のおばさんのようだ。
そんな彼女らのお目当ては……ここの、ケーキバイキング。
何でもここのシェフは、フランスでの修行経験アリらしく、テレビや雑誌なんかでもよく紹介されている。
今日が高校の開校記念日で休みじゃなかったら、俺らが平日にこんな場所に来る機会はまず無いだろう。
テーブルについてから、ケーキコーナーへと目を向けてみる。確かに、並んでいるケーキは遠目で見てもおいしそうだ。
そう。俺らのお目当てもまた、ここのケーキバイキングなのだった。
68 :NO.15 チョコっとLove (2/5) ◇2LnoVeLzqY:06/11/05 23:38:55 ID:AdhrRh97
おかわり自由のコーヒーを啜っていると、ケーキを取りに行ったリサがトレーを抱えて戻ってきた。
「すごいんだって、見てよこれ!」
そう言って、トレーをテーブルの上に置く。
そこにあったのは……チョコレートケーキ、チョコレートケーキ、それからチョコレートケーキ……。
甘いものがダメな人なら、一瞬で吐き気を催しそうな光景だ。
「げ、そんなにチョコレートケーキ食って大丈夫なのか……?」
「チョコレートケーキじゃありません。ザッハトルテですっ」
ビシッ、という効果音が聞こえてきそうなくらいの大真面目な指摘。
ザッハトルテってオーストリアのケーキじゃなかったっけ……などと考えていると、リサは既にフォークでケーキをざくりぐさりぱくり。
「あっっっまーい! アプリコットのジャムが本当に本当に最高ね」
……それは良う御座いますね。
はやニ個目へと手を掛けているリサを尻目に、俺はコーヒーを啜りながら店内を見渡してみる。
……やっぱり、男は俺だけみたいだ。確認するまでも無いことだった。
店員さんですら、全員女の人だ。
確か、客のほとんどが女性のこういう店は、女性が遠慮してしまうという理由でかっこいい男性店員を用いない……という話を聞いたことがある。
かっこよくない男性店員もどのみち用いられないだろうな……と思っていると、
「ったくもう。ユースケも何か食べなさいよ。ほら、ほらー」
と言って、皿に一口だけ残ったザッハトルテをこっちに押し付けてくる。
だがその顔は赤く火照っていて、目もどことなく虚ろだ。
……やっぱりか、と思う。
リサには、他の人にはない、特異な体質がある。
それは、「甘いものを食べると酔っぱらう」ということ。
リサの家族を除けば、俺だけが知っている秘密。
だからこそ、男があまりにも不釣合いなこの場に、いわばお守として俺がいるのだ。
69 :NO.15 チョコっとLove (3/5) ◇2LnoVeLzqY:06/11/05 23:39:29 ID:AdhrRh97
「おい……あんまり騒ぐなよ、迷惑だぞ」
「はーい、わかってますよ」
さっきよりも少しだけ静かに、それでもやっぱり頬を染めながら、リサは答える。
以前に、500mlのジュース一本ぶんの糖分が酔う基準って言ってたっけ……。
ここまで、ケーキ三個。十分にその基準を超えているはずだ。
そう思っていたら、ふと、リサが立ち上がる。
酔った勢いで何かされると大変だ、と身構えるが、リサは皿を持って、そのままふらふらとケーキコーナーへと行ってしまった。
まだ食うつもりらしい。まあ、もう少しだけなら大丈夫、だろう。
それにしても、女の人ばかりの中に男一人、か。
リサの家族は今日はみんな忙しいらしいし、リサは女友達にすらこの秘密を教えようとはしないから、しょうがないんだけれども。
リサ曰く、「友達にそんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょ」らしい。乙女心はよくわからない。
だが酔っ払う奴が一人でこんな場所に来るのはマズい……というのは、リサ本人もわかっているのだろう。
結局、その秘密を唯一知ってる幼馴染の俺が、リサのケーキバイキングに付き合わされることになったわけだ。
「リサが今取っているケーキを食い終わったら帰るか……」
そう呟いたところで、リサが席に戻ってきた。
モンブラン、モンブラン、おまけにモンブラン。
「秋って言ったら栗でしょー。くりくりマロンー。」
……あまり大きな声を出していないのが、せめてもの救いだ。これで騒いでいたら、店から追い出されそうな気がする。
そんな俺の心配をよそに、リサはフォークでモンブランをざくりぐさりぱくり。
70 :NO.15 チョコっとLove (4/5) ◇2LnoVeLzqY:06/11/05 23:40:18 ID:AdhrRh97
「うーん、舌が溶けちゃいそうっ」
舌どころか理性まで溶けているようにも思えます。
そんな俺の脳内突っ込みは聞こえるはずもなく、リサはまたぱくり。それから恍惚の表情。
目のやり場に困ってコーヒーを啜ろう……としたら、もうカップが空だった。
おかわりは自由だけど、リサがこんな状態なのに店員を呼ぶのは気が引ける。
酔ってるリサをテーブルに一人残して、自分でセルフのコーヒーを取りに行くのも、リサが万が一騒いだら大変だ。
結局コーヒーは諦める。かといって他にやることがあるわけでもなく、手持ち無沙汰になってしまう。
二個目のモンブランを食べるリサをぼんやり眺めてみる。
するとリサが一言「食べる?」と。
何かと思ったが、リサはフォークを持っていない手で三個目のモンブランを指差している。
つまり、三個目あげるよ、ということらしい。
そういえば、お昼ごはん抜きで来たんだった。
お腹も空いてるし、確かにひとつ欲しいんだけれど、飲み物が無い。
そんな俺の考えなどお見通し、とでも言うふうに、リサは「私の紅茶飲みなよ」と指を差す。
……どういうわけか、少し恥ずかしい。
リサの顔がも、リサの酔った姿も、もう何年も、何回も見てきたはずなのに。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
断る理由なんか無い、と思いたい。何だか、断っちゃ駄目な気さえする。
三個目のモンブランが載った皿を引き寄せて、フォークは無いのでコーヒースプーンで、一口食べてみる。
うん、おいしい。確かに舌どころか脳まで溶けそうなくらいの味だ。俺は甘いもので酔ったりしないけれど。
何口か食べたところで、やっぱり飲み物が欲しくなった。
リサの紅茶カップに手をかけて、目線でリサに合図を送る。飲んでいい?と。
頷くリサ。紅茶を啜る俺。
そこで、リサは少しだけはにかんで、ぽつりと言った。
71 :NO.15 チョコっとLove (5/5完) ◇2LnoVeLzqY:06/11/05 23:42:37 ID:AdhrRh97
「なんだか、デートみたいだね」
濃厚な紅茶の味が、頭から一瞬で吹き飛んだ。
「ふふ、顔真っ赤だよ。もしかして、モンブラン食べて、酔っちゃった?」
それはリサ、お前だ。酔ってるのもお前で、俺がお前で、お前が俺で……いやいや落ち着け、俺。
結局何も言えずにいる俺の前で、リサは更に口を開く。
「ユースケってさ……確か、カノジョ、いない、よね?」
ぴたり、と俺の周りの時間が止まった、気がした。
ああ……そういうことか。
さっきまでの慌てぶりが嘘のように、自分でも落ち着いている。
甘いものを食べると酔う、ということを自分で知っているはずのリサ。
そのリサが、どうして平日の昼にケーキバイキングに行きたくなったのか、さっきまでずっと謎だったんだ。
女性客「しか」来ない、平日のケーキバイキング。
だからこそ、この場所をリサは選んだんだ。
周りの女性客を、いわば自分の引き立て役にするために。
そして、周りに男性客がいないことで、リサ自身の決意を、俺へと固めるために。
もしも普通のカフェだったら、周りにカップル客がいるかもしれない。
そんな場所じゃ、こんな話、気が引けちゃってできそうにない。リサがそうなんだろうし、それは俺もだ。
ふと、止まっていた時間がまた動き出した気がした。
他の女性客はそれぞれ、おしゃべりを楽しんだり、ケーキに舌鼓を打ったりしている。
目の前のリサの顔を見る。頬杖をついて、とろんとした目で俺を見ていて、また俺は赤くなる。
最後の決意は酔った勢いで、ってことか。
お見事なプロデュース。シチュエーションは完璧だ。そういえばオシャレも、ばっちり決まってる。
「顔、赤いよ? ……ふふ、やっぱり、酔っちゃったんでしょう」
だから、ちょっとだけ、俺もカッコつけても、いいよな。
「……そうだな。リサに、酔ってるのかも」