【 綿菓子の奇跡 】
◆InwGZIAUcs




60 :NO.14 綿菓子の奇跡 (1/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:12:19 ID:AdhrRh97
――無から有を産み出すような魔法が栄えていた時代はもう昔の話。万能な力を持ちすぎて制御
出来なくなった魔法文明は自らの力で崩壊したの。そして、その余韻だけを残した新しい世界が築かれました。
それが今の世界、そしてこれは少し前のお話……。


「――上手い!」
「でしょ? ちょっと今回のはちょっと自信作!」
 お菓子の山を次々と放り込むルシオを、リリスはニコニコしながら見つめていた。
 十六歳にして一人お菓子屋さんを営むリリスと、この大陸を統治するレイス王国軍の上層部に、
十八歳という若さで所属するルシオは、掛け替えのない幼馴染同士であった。
「さて、ごちそうさま」
「もういいの? 魔法でお菓子、増やそうか?」
 リリスは首を傾げ、クリクリした目でルシオをのぞき込む。思わずルシオはその仕草に言葉を詰まらせた。
そしてリリスは、星のアクセサリーを先っぽにつけたステッキを、ルシオの残したお菓子に向ける。が、そこで
ようやくルシオが彼女を止めた。
「いやお腹一杯だからいいって! つーか魔法をそうやってほいほい使っちゃ駄目だ」
 そう言ってルシオはリリスのステッキを取り上げる。
「大丈夫だよー。少し疲れるだけだもん」
 ペロッと下を出したリリスはステッキをルシオから取り戻すが、その勢いでルシオはリリスの上へと倒れ込んでしまう。
「……あんまり心配させるなよ。魔法は俺とリリスだけの秘密だ、むやみやたらに使わない事……約束だ」
 ルシオは念を押す。魔法の存在など絵空事でしかないこの世界では、彼女の力は異端と見られてもおかしくは無い。
「うん、約束……ルシオこそ次も生きて帰って来なかったら怒るからね!」
「戦争する国なんて、昔はともかく今はない。だから死なないさ」
 ルシオは倒れたままリリスを抱きしめる。


61 :NO.14 綿菓子の奇跡 (2/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:12:31 ID:AdhrRh97
「じゃあ約束のキス――んっ」
  リリスの言葉をルシオの唇が遮った。キスはお菓子のような甘い味がした。

 ここはレイス王国城の王室である。赤を主調としたカーテンやカーペットが敷かれ、所々に惜しみなく
飾られている宝石や金の装飾品などが、王室独特の空気を産み出していた。そんな中、一人の大臣が
王に苦言を述べている。
「申し上げます。今年の雨量は尋常ではこざいません。川は氾濫し、作物は枯れ、飢えで人は
働く気力さえ失っております」
 王もその耳の痛くなるような現状を聞き、眉間にしわを寄せている。
 王の機嫌を良くする事が得意な大臣達も、流石に空のご機嫌を取ることは出来る
筈もなく、誰もが唸ることしか出来なかった。しかし、黙り込む大臣や王を煩わしく思う人物が一人いた。
王様の娘、つまりは王女である。沈黙は彼女によって容易く破られた。
「食べるものが無いのならお菓子を食べれば良いじゃない!」
 多くの家臣が呆れたを通り越し、苦笑いをしてその場をやり過ごそうとしていた。が、その言葉に王は
何か思う所があるようで、目を大きく見開いていた。
「……そうか、その時が来たのかもしれない」
 誰に言うでもなく呟いた王。すぐさま王は、一人のとある兵士を王室に参上させよと命じ、
その他の者を王室から下げてしまった。
 呼ばれた兵士の名はルシオ。軍部の上層部に所属する若者であった。

「急に呼び出して済まないな、ルシオ兵隊長」
「勿体ないお言葉でございます。如何ほどのご用がお有りでしょうか?」
「うむ、本題に入ろう。私はお前の出身地の事について聞きたい」


62 :NO.14 綿菓子の奇跡 (3/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:12:44 ID:AdhrRh97
「は、はい。それは構いませんが……」
 ルシオは大いに困惑した。まさか王が、わざわざ呼び出し、一小隊の隊長とはいえ一兵士であるルシオの
身の上話を聞くなど、本来ならあり得ない話であった。
「お前の出身の村に変わった菓子屋がないかね?」
 ルシオはさらに思いがけない言葉に目を大きく見開いた。言うまでもなく、リリスのお菓子屋さん
のことだろう。元よりお菓子屋はその一軒村はずれにあるだけなのだから。
「……はい。確かにございますが何故その事を?」
「うむ。済まないが、これは王家の禁忌に関わること故に話すことはできない」
 王は目を瞑り、済まなそうな顔をして見せた。
「頼みがある。ルシオ、お前にその菓子屋の店主をここに客人として連れてきて欲しいのだ。
それも一刻を争う、できるだけ早くお願いしたい」
 王はそう言って頭を下げた。
「お、王様、頭を上げて下さい!」
 王は頭を上げると切実な目でルシオに訴える。
「事は急を要する。早速向かって欲しい」
 ルシオは深々と跪き、頷いた。

 相変わらず止まない雨は月を霞ませ大陸を洗い流すように降り続いていた。
 ルシオが馬で城を発ち、リリスを連れて戻ってきたのは、丁度四日後の事。
 そして到着するが否や、早速リリスは王室招かれた。
「一人で大丈夫か?」
 ルシオは頭を撫でながら尋ねた。するとリリスは頬をぷくっと膨らませた。
「子供じゃないもん!」


63 :NO.14 綿菓子の奇跡 (4/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:13:42 ID:AdhrRh97
 微笑ましい程愛嬌のある怒った顔のリリスをルシオは笑顔で見送った。
 しかし、そんなルシオの中で、何か心に引っかかるものが残っていた。
(なんだろうな……このもやもやした感じは)
 思えばそれはリリスを迎えに行った時から感じていた何かであった。

 リリスが王室に入ると、そこには椅子に座った王とその隣で槍を持ち控える側近の兵士が二人、
合わせて三人が彼女を待ち受けていた。すると、側近の兵士が頭を下げて部屋を出る。
最初から命令されていたかのように、リリスにも一礼し、彼らは出て行った。
「遠い所から呼び出して済まなかった。名を聞かせてくれぬか」
「いえ、光栄にございます。名をリリスと申します」
 リリスは跪いて挨拶をする。
「リリス……言い伝え通りか。ならば盟約の時だ。力を貸して欲しい」
 王家に伝わる言い伝えでは、盟約をこのように語っている。と、王はその盟約について語り始めた。

――魔法を知らないこの国が窮地に落ちた時、失われた魔法を今に伝える一族に救いの手を求める事を、
初代レイス王の名においてここに許す。その一族は、世に紛れるため菓子店を営み生活をする。店主の名はリリス。
また、盟約の時外の、国家による魔法行使は一切ならない。全ては、魔法文明が歩んだ滅びの道から外れる為に。

「以上だ。リリス殿にも聞き覚えがあるはずだ」
 リリスは頷いた。
「王様。確かに私の家の言い伝えにも、その盟約について語られています。そして七代目リリスである私も
その盟約に背く気は毛頭ございません。ただ、祖母である六代目リリスの魔法を引き継ぐ前に、祖母は他界
してしまいました。私も少し魔法を程度使えますが、如何ほどのお役に立てるかは定かでありません」


64 :NO.14 綿菓子の奇跡 (5/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:13:57 ID:AdhrRh97
 王は冷静に聞き返す。
「ならば聞こう。リリス殿はこの雨を止めることはできようか?」
「……すみません。私の使うことの出来る魔法は、何かを、お菓子を変えること位です」
 なんとも言えない沈黙が王室に広がった。先程全く変わらない様子の王の頬に、一筋の汗が流れる。
「……本当に?」
「本当です」
 王は数秒固まり、なんとか威厳を保ちながら声を紡いだ。
「そうか……いや済まない。もともと魔法に頼る盟約の時ではないのかもしれないな。その魔法は
食糧危機である今とても重宝する。しばらくの間だ、お城にいて頂きたい」
「お役に立てなくてごめんなさい。はい、暫くの間だお城で勤めさせて頂きます」

 リリスが自分の客室に戻ると、ルシオが待っていた。
「なんだったんだ?」
「うん……ちょっとね」
 リリスは王家との秘密である盟約をルシオに一瞬明かそうかと迷ったが、こればっかりは明かせなかった。
(多分ルシオはとっても心配すると思う……迷惑はかけられないよ)
 リリスは窓辺の椅子に座った。本来なら遠くの山まで見え、周辺を一望することができる窓の景色も、
今は厚い黒雲に覆われ、山のほとんどに靄が掛かっていた。
「雨……か」
 呟くリリス。と、その時、
(ん? 雨? ――アメ!)
「そっか!」
 閃き突然立ち上がったリリスに、今まさに後ろから抱きつこうとしたルシオが吹き飛ばされた。


65 :NO.14 綿菓子の奇跡 (6/7) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:14:31 ID:AdhrRh97
「ごめんルシオ! 私ちょっと王室にもう一度行ってくる!」
 そう言ってリリスは、足を押さえ涙ぐむルシオを背に、客室を飛び出していった。

「なるほど……では、それをしてもらえるのか?」
 蹴飛ばすように王室の扉を開けて王に思いついた策を述べたリリスのは、王の問いに少し自信なさげに呟いた。
「はい。 でもそれを完遂できるかはやってみないと分りません……でもこれしか方法は無いと思います」
「分った。早速国中に明日は外出禁止というお触れを出そう。リリス殿は今日しっかり休んで明日作戦を実行してくれ」
 リリスは頷くと、頭を下げ、王室を後にした。

 次の日の朝、ルシオが目を覚ました時、隣で寝ていた筈のリリスは消えていた。その代わりに一通の手紙が
ルシオの目に入る。彼はその手紙に目を通した。そして、もやもやしていた予感は、悪い方向で当たっていたことを知る。

――大好きなルシオへ。黙っていなくなってゴメンね。昔からの言い伝えで、この世界が魔法の力無しでは
どうしようも無くなった時、私の一族が魔法で世界を救う約束をずっと昔の王様としているの。魔法の存在と一緒で、
誰にも内緒だよ?でも私、その盟約の為でなくルシオの住む世界を守りたいから……行くね。ひょっとしたらもう会え
ないかもしれない、だからその時だけは浮気を許してあげる。さようなら、私の愛したルシオ――

「なんだよこれ……どこに行ったんだよ!」
 拳をテーブルに叩きつけた時、窓から強い光が一瞬差し込んだ。慌ててルシオは窓の外を見た。それは
とても幻想的で、目を疑うような光景である。山から発せられる光を中心に、黒雲は白雲へ、白雲は青空へと
少しずつ変わっていった。ルシオは外に出ると、大急ぎで馬に跨り駆け出す。今尚光を放つ山、そこを目指して。

 しばらくして雨が雪に変わった。しかしそれは真っ白な雪のようなものであり、雪では無かった。


66 :NO.14 綿菓子の奇跡 (7/7完) ◇InwGZIAUcs:06/11/05 23:14:47 ID:AdhrRh97
 その雪の正体は綿飴。リリスは雲を丸ごと綿飴へ変化させていたのだ。
 その綿菓子により、悪くなる一方の足場に馬は悪戦苦闘しながらも、光を放つ山になんとか辿り着く。
(こんな大がかりな魔法使って無事で済むわけがないだろう!)
 魔法はかなり体力を消耗すると聞いているルシオは、不安を拭いながら山道を馬と共に駆け上がった。
本来なら徒歩用の道である登山道も、ルシオはお構いなしで進んでいった。
 山は綿菓子で大分白く染められている。頂上に着いた時、空は晴れ渡り、地上は雪に覆い尽くされたように、
白一色と化していた。しかし、山を登っている途中で、放たれていた光は消えてしまっていた。
 馬を山頂の下方で待たせたルシオは、綿菓子の中、懸命にリリスを探す。
「リリスーーー!」
 返事はない。が、すぐにルシオは綿菓子が盛り上がってる所を見つけ、必死に掘り返す。
「リリス!」
 リリスはいた。まるで眠るように綿菓子に包まれ倒れていた。
 

――そして、レイス王国は降り積もった綿菓子によって一時的に食糧難も解消され、何とか持ちこたえましたとさ。

「へ? そこで終わり? リリスは死んでたの生きてたの?」
「うーん、じゃあヒント。これはこの世界の本当のお話。今まで内緒にしてたけど、母さんは八代目リリスなの」
「へ? じゃあふたりは――」
「そう。そしてあなたがこれから九代目リリスとして、魔法を受け継ぐ番よ」
 歳の割に似合う可愛らしいウィンクをする母。現実味のない言葉に、娘である私は、唖然としながら売り物の
綿菓子を口にした。そして思い出す……私のお婆さんとお爺さんの名前を。





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