【 茜屋日和 】
◆pt5fOvhgnM




33 :NO.08 茜屋日和 (1/6) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:36:17 ID:AdhrRh97
 俺はメイド服を突きつけて力強く叫ぶ。
「さあ、アカネ。これを着るが良い!」
 所狭しと駄菓子が並べられた茜屋店内に冷たい風が吹いた。
「な、ケイ……前から思うてたんやけど。あんたアホやろ」
 絶対零度もかくやの視線が俺を貫く、しかし俺は怯まない。
「笑止。三つ編み眼鏡の貧乳女子中学生にメイド服を着せず何を着せる。
 このマニアックなチョイス。世の男が放ってはおかんぞ
 おおっと、下にはブルマを忘れるな」
 何やら心底呆れた表情で美味い棒を――無論売り物の――かじるアカネ。
 もう一押しと言ったところか、俺は拳を握り更に力を込める。
「さぁ、この朽ち欠けた駄菓子屋を救うために一肌脱ぐ、もとい着るんだ」
 返答は鋭いハリセンの一撃だった。
「何故だ? 時流に乗るのは大切だぞ、メイド駄菓子屋これは新しい」
「嫌や、昔からあんたのアイデアまともに成功した試しがないんやもん」
 むっ、と唸り、あごに手を当てる。
「以前の現役女子中学生制服駄菓子屋はかなりの集客が――」
 要するにアカネに制服のまま店番をさせただけなのだが。
「……変なオヤジばっかり来たあれやな」
「客は客ではないか、さすが俺、大成功という奴だな」
「警察がやって来て話を聞いて帰るような大成功ならいらんわ!」
 俺が満足気に頷いているとさらにもう一発ハリセンが飛んできた。
 鼻の頭をピンポイントに狙った一撃はかなり痛い。
 ここに来て俺と彼女の思考にはかなりの齟齬が有る事に気がついた。
 居住まいをただし、彼女の目をしかと見据える。
「俺はこの店を愛している、子供の頃からの思い出が詰まった茜屋を」
 さりげなく、カウンター横の小さな冷蔵庫を開け売り物のラムネを飲む。


34 :NO.08 茜屋日和 (2/6) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:36:28 ID:AdhrRh97
「なんや、急に真面目になって」
 困惑しているアカネの両手をそっと掴む。
「この店を続けるために打てる手は打つべきだと思うんだ」
 分かるかい、と俺は目線で問うた。
 彼女は目線を逸らしながらも頷く。
「それにはアカネの協力が必要なんだよ」
 メイド服をさりげなく前に出しながら言った。
「で、でも、ウチがこんな服着たって――」
 ちらちらと自信なさ気にメイド服を眺めるアカネ。
 俺は微笑を浮かべて言う。
「そんな事無いさ。アカネはとっても可愛いよ」
「……じゃあ、一日だけやで」
 恥ずかしそうな顔でアカネは言った。
――ふっ、ちょろいもんだぜ。
「それはさておいといて、ラムネと美味い棒の金払ってな」
――ふっ、手強いぜ。

 結論として、メイド駄菓子屋は失敗だった。
 一人の客もきやしない。何故だ。
「何やってんだよケイ兄」
 近所に住んでいる悪ガキのシンゴが珍獣を見るような眼差しを向けていた。
「見ての通りだ」
 茜屋の前で仁王立ちをしている、バールを構えて。
「……前から思ってたんだけど、あんた馬鹿だろ」
「失礼な!」ビシリとバールを突きつけ続ける。
「単にアカネのメイド姿を独占したいだけだ!」



35 :NO.08 茜屋日和 (3/6) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:36:48 ID:AdhrRh97
 拳を振り上げ天に宣言する。
「あれは俺のメイドだ神にも渡さん! 見るのも匂いを嗅ぐのも不許可!」
 何故だか、周囲がしんと静まり返った。
 数秒間の沈黙、がらがらと扉が開く音、軽い足音、静かな声。
「天下の往来で何を叫んどるんや? ケイ」
 振り向く。静かな笑みをたたえたアカネの顔。
 清楚なメイド服が良く似合う。具体的にはロングスカートの中に入りたい。
 いかん、妄想が零れ落ちた。彼女が持つハリセンを見て現実へと戻る。
「メイド服に炸裂する己がリビドーを解消しようと運動に努めていたのだ」
 一歩後ずさり言う。背筋に冷や汗が流れ気持ち悪い。
 何か、不吉な予感がする。
「ウチがどうしてあんたのメイドにならんといかんのかな?」
「誤解だ。別にアカネがどうこうではなくメイドに魅入られているだけだ」
 ふふふ、とアカネが軽やかに笑う。ははは、と俺は引きつった声で返す。
「ウチとメイド、どっちが好き?」
「メイド」間髪入れず応えた。
「そか」アカネの瞳が見る見る吊り上がる。目の奥で燃える炎。
 マズい――あれは戦闘モードだ。本気で怒っている。
 アカネはハリセンを両手で構え、踏み込んで即、バットのように振る。
 胸中で舌打ちをしながら背後に飛ぶ俺。
 ハリセンは空を切る、酷く重い音――あのハリセンはまさか。
「……俺が誕生日に送った鉄板仕込みのハリセンか」因みに護身用だ。
 唇を吊り上げるアカネ、正解のようだ。
「賞品は、病院送り二週間やで」
 嵐のような猛攻、右から左、左から右、上へ下へ。
 スイングの力を利用した流れるような連続攻撃。


36 :NO.08 茜屋日和 (4/6) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:37:00 ID:AdhrRh97
 バールで受け流し、身を捩り、辛うじて回避する。
 距離を取れ――本能の叫び。後ろへ飛ぶ。牽制にバールを軽く放り投げる。
 打ち落とされるバール、無手になるのと引き換えに稼いだ距離。
 半身になり拳を構え、静かに息を吸う。
「通信教育で習った空手の腕前見せてやろう」
「望むところや。あんた相手に十年振り続けたハリセンの腕は伊達やないで」
「十年? ああ、初めてあったのは四つの頃だったか。あの頃は楽しかった」
 はにかんだ笑顔で半分に割ったチューペットを差し出す俺。
 二人して近所の家に忍び込んで怒られる俺達。
 泣くアカネの手を引いて、長い道を歩いた事もあった。
「思い出話やて? 老けたな、ケイ」
 嘲笑混じりなアカネの声。
「君は美しくなったよ……そして私は弱くなった」
 思わず、遠くを見詰めてしまう。泡のように浮かんで消える、思い出。
「なぜ、こんな事になったのだ」
 深い溜息。神を呪い、運命を憎む――何たる悲劇。
 意を決し、俺は踏み込む。
 一撃で終わらせる。せめて、苦しみなく。
「何故やて? それはな――」冷酷な声。冷え切った心。
 届け、俺の拳よ、君の心へ。
「――お前が阿呆な事ばっかりやるからやー!」
 みしり、と鈍い音がして、ハリセンが俺の頭を撃った。
 天地が揺れ、世界が歪み、視界が滲む。
 そりゃまあ、ハリセンの方がリーチあるもんな。


37 :NO.08 茜屋日和 (5/6) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:37:12 ID:AdhrRh97
「……バカップルだ」
 シンゴのクールな呟きを聞きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。

 翌日、俺はいつもどおり茜屋で駄菓子を食べていた。
「頭の芯がずれたような感じだ」
 結局俺は病院送り二週間にはならず、軽い脳震盪を起こしただけだった。
「自業自得やで」と、なぜか未だにメイド姿のアカネが言った。
 しげしげと俺が眺めていると頬を名前よりも赤く染めて顔を俯けた。
「……好きなんやろ、メイドさん」
 何と答えるべきなのだろうか、何も思いつかない。
 空気が酷く重い。
 俺は特に意味もなく美味い棒を片っ端から食べていった。納豆味はどうよ。
 ふ、とアイスケースの中に懐かしいものを見つけた。
 オレンジ味のチューペットを取り出し半分に割る。
 大きな方をアカネに差し出す。
 ありがと、と蚊の鳴くような声で彼女が答えた。
 何とはなしに外を眺めている。
 道を、シンゴが走っている。見慣れる少女の手を引いて。
「何日か前に引っ越してきた子やね。確かルイちゃん」
 中々、気の強そうな少女だった。
 シンゴが無理をしているのが丸分かりで微笑ましい。
「昔のウチらみたいやね」
 いや、俺はもうちょっと高尚な子供だったぞ。
「ずっとこの時間が続けば良いのに、とたまに思うんよ」
 馬鹿な事ばっかりしてな。


38 :NO.08 茜屋日和 (6/6完) ◇pt5fOvhgnM:06/11/05 21:37:23 ID:AdhrRh97
「そんな訳にはいかんよね」
 ああ、そうだな。
「アカネ」シンゴを見送り、アカネへと向き直る。「メイド服飽きた」
 いつもどおり、素早いハリセンの一撃が顔面に飛んでくる。
「やっぱり、普段どおりのアカネが一番だ、と続けようとしたんだが」
 そそくさとハリセンを引っ込めて、アカネは言う。
「アホ、そんなん言うても誤魔化されへんよ……ちょっと着替えてくるわ」
 奥へと引っ込むアカネ。
 一人きりになった店内で呟く。
「ずっと、は望まない。俺達はいつか離れ離れになるだろう――けどせめて」
――少しでも長く、この時間が続きますように。

「聞こえたで。恥ずかしい台詞やなー」
 何かやたら嬉しそうなアカネの声がした。
 地獄耳め。
 さて――どうやって誤魔化そう。

おしまい




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