【 キャラメル 】
◆zkdKVngGEM




39 :NO.09 キャラメル (1/4) ◇zkdKVngGEM:06/11/05 21:37:59 ID:AdhrRh97
「またキャラメル?」
都会から少し離れた公園での話。
「…やめられないんだよ。これだけは。」
手にちょうど収まる箱の中には、まだ沢山のキャラメルが残っていた。
日の傾いた空のせいで、子供は1人もいないのが唯一の救いだ。
「あんたも馬鹿ね。子供じゃあるまいし。」
俺の隣に腰掛け、ため息をついている。
俺もため息をついた。
「こんな歳でキャラメル食べるのが悪いかよ。」
口の中に広がる甘さが鬱陶しい。
「キャラメルの話じゃ無いわよ。馬鹿。」
そうだな。キャラメルの話じゃなかった。
「今日はお前も食べるだろ?」
箱からひと粒取り出し、彼女に手渡す。
箱を握りしめていたため、形は悪かったが甘そうなキャラメルだった。
「…いらないのに。」
そう言うと彼女はキャラメルを口にほおばり、顔をしかめる。
包み紙はポケットにしまわれた。
「帰る。」
俺はベンチから体を起こす。
長いこと座っていたため腰が痛い。
賑やかな駅前を通り、静かな住宅街に入る。
聞こえてくるテレビの音に、カレーの匂い。
口の中にはいつまでも甘いキャラメルが1つ。


40 :NO.09 キャラメル (2/4) ◇zkdKVngGEM:06/11/05 21:38:13 ID:AdhrRh97
「俺さ…」
彼女は俯いたまま。
彼女もまだキャラメルを口にしていた。
「考えたんだよ?」
「…何を…?」
信号を渡り、左に曲がる。
「あのこと。吹っ切らなきゃ。って。」
声を出すのが辛い。自分の息がキャラメル臭いから。
「そう…。それで、どうなの…?」
彼女は微笑んでいる。
「吹っ切ろうとしたって、無理だったんじゃない?」
彼女の息も甘い。目が眩みそうだ。
俺も笑った。
「一昨年も無理だった。去年も無理だった。で、今年もだ。」
「3年…ね。」
赤信号で足を止める。大きなトラックが一台。軽乗用車が二台。視界に入るのはたったそれだけ。
「信号なんて無くなれば良いのに。」
気がつくと口にしていたその言葉は、あまりにも非常識だった。
「そうね…。」
彼女もまた、非常識だった。
信号が青に変わったが、俺も彼女も先には進まない。


41 :NO.09 キャラメル (3/4) ◇zkdKVngGEM:06/11/05 21:38:24 ID:AdhrRh97
俺はキャラメルをひと粒、道路に投げた。
水たまりにキャラメルは落ちたが、溶けることはなかった。
「お前も好きだろ?」
俺は涙を流した。
信号が再び赤に変わる。
大きなトラックが一台、キャラメルを踏み潰して走り去った。
それを見た彼女もまた、涙を流した。

四年前の今日、俺達は親友を亡くした。
事故だった。
一瞬だった。
俺達も被害者だったが、死んだのはあいつだけだった。
俺は病院で目を覚ました。
俺が目を覚ましたとき、あいつの母親が握りしめていたのがキャラメル。
目を覚ました俺にキャラメルをくれた。
俺は受け取らなかった。
あいつがキャラメルを好きなのを知っていたから。
あいつにあげたら喜ぶと思ったから。
あいつが死んだなんて知らなかったから。
車は信号無視で突っ込んできた。
ドライバーは逃げた。
この交差点で。


42 :NO.09 キャラメル (4/4完) ◇zkdKVngGEM:06/11/05 21:38:36 ID:AdhrRh97
あれから俺はキャラメルを食べるようになった。
甘いのは嫌いだ。
キャラメルは好き。
俺がキャラメルを食べるのは、あいつの死が原因だろう。
俺達は毎年必ずここに来る。
彼女も毎年この日は必ずキャラメルを食べる。
「悪いな…お前のためのキャラメル…また車が駄目にしやがった…」
潰れたキャラメルは水に溶け、包み紙だけが浮いていた。
包み紙はは俺に拾われ、ポケットにしまわれた。


おわり





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