【 狙われた黄昏 】
◆O8W1moEW.I




93 名前:No.17 狙われた黄昏 (1/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:54:03 ID:JOPAXJ7C
東京の下町にある鮎川町、ここに点在する木造家屋が、突如として跡形も無く消え去る現象が多発した。
一月ほどそれが続くと、事態はさらにエスカレートし、今度は町の人々までもが次々に忽然と姿を消しはじめた。
それからさらに三月もすると、同じ現象が今度は東京の各地で確認されることになった。
常識では考えられないこの事態に捜査は難航しつつも、やがてある一人の男にたどり着くことになる。
謎の現象が起こる少し前に、現場で事あるごとに必ず目撃されていた老人、金山である。
政府は彼を、地球に潜伏する宇宙人ではないかと疑い、対宇宙人戦闘特殊科学部隊「バーサス」を町へと派遣した。
そこで、事態は急展開を迎えることになる。


諸岡は、バーサスの中でも最も年下の新米隊員である。
金山の住む木造アパートの前で寝ずの番をしている。今日でもう二日目だ。
日が暮れた頃に、先輩隊員と持ち場を交代する予定になっている。
二日間、金山がどこに行くにもこっそり尾けまわっていたのだが、特に変わったところは無かった。
いや、それどころか、諸岡は金山にある種の好意を抱くまでになっていた。
家や人を消し去る宇宙人だと聞いていたものだから、てっきり見るからに怪しい、マッドな老人を想像していたのだが、なんということはない、町の人々と親密な関係を築いている、少し頑固そうだが普通の爺さんだ。
近頃めっきり見なくなった、下町情緒溢れる昔かたぎの爺さん。
諸岡は彼を見ていると、自分の父とは全く異なるタイプのはずなのに、なぜだか懐かしさがこみ上げてくるのだった。
日本人の原風景の中の父親というのは、この老人のような男のことを言うのだろうか。


94 名前:No.17 狙われた黄昏 (2/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:54:25 ID:JOPAXJ7C
アパートが西日に焼ける頃、諸岡の通信機が鳴った。
「はい、こちら諸岡」
「霧島だ。どうだ、そっちの様子は」
バーサスの隊長、霧島孝則である。
「美しい黄昏ですよ隊長! 俺、こんな町で暮らしてみたいです。そうそう、金山さんでしたね。人当たりの良さそうないいお爺さんですよ。悪い宇宙人だなんて到底考えられませんね」
「ははは、そうか。二日間ご苦労だった。間もなくそちらに交代の隊員が到着する。戻ったらみやげ話をたっぷり聞かせてくれ」
「了解しました」
通信が切れる。なんだか、通信機越しの霧島の声が妙に上機嫌だったように諸岡には聞こえた。
隊員を待っている間、アパート周辺の景色はさらに赤みを増し、交代を告げるバーサスの専用車両が傍らに止まる頃には辺り一面がオレンジ色のトーンを貼ったかのような色づきをみせていた。
ふとアパートに目を向けると、布団を取り込もうとしていた金山が、同じく布団に手をかけたままの老婦人と狭いベランダ越しになにやら談笑していた。


95 名前:No.17 狙われた黄昏 (3/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:54:42 ID:JOPAXJ7C
二日間の疲労がどっと出て、バーサス基地の寮にたどり着くなり泥のように眠ってしまった。
寝過ごしたことに気付いた頃には、すでに昼を回っていた。
諸岡は急いで隊員服に着替えて基地本部へ出向くと、なにやら様子がおかしい。
職員たちが妙にせわしなく基地内を駆けずり回っている。
自分が寝ている間になにかあったに違いないと考えていると、ふいに隊員の召集を求めるアナウンスが聞こえてきた。
バーサス基地では数百人の職員が働いているのだが、実戦で戦うことを許された隊員はわずか六名ほどしかいない。
その数少ない精鋭たちに向けられた緊急コールだ、まず考えられるのは、宇宙人との戦闘命令が出されたという可能性だ。
諸岡にとってそれは、初の実戦を意味する。
それは自分の名を上げる絶好のチャンスなのだが、その反面諸岡には一抹の不安も過っていた。
もしその相手の宇宙人が、金山だったら――

指定された部屋に入ると、諸岡が真っ先に目に付いたのは、テーブルの上に置かれた仰々しい光線銃であった。
諸岡は、それには見覚えがあった。
マキーナ銃、バーサスが極秘裏に開発していた、どんな生物でも照射すれば微粒子状に分解されてしまうという、化学の髄を結集して作られた新兵器。
数ヶ月前に設計図だけ見せられていたのだが、完成に至っていたとは諸岡も全く聞かされていなかった。
「諸君、」
霧島の一言で、諸岡は我に帰ってテーブルから顔を上げ、他の五人の隊員とワンテンポ遅れて姿勢を正した。
「鮎川町の事件、金山が関与していることが決定的になった」
予感は現実へと変わった。


96 名前:No.17 狙われた黄昏 (4/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:55:00 ID:JOPAXJ7C
「どうして、そんなことが……」
「諸岡、お前は金山が町の住人と会話を交わしている姿を幾度も目撃したと言ったな。その金山と接触のあった町の人々が、一斉に姿を消したんだ」
「でも、それだけで……」
「いいや諸岡、こりゃもう間違いないな! 聞いたところによると、金山は鮎川町に五十年以上も住んでいるらしいじゃないか。五十年の間、侵略の機会を今か今かと伺っていたに違いないさ!いいか諸岡、地球を狙う悪の宇宙人と、今こそ人類の存亡をかけた戦いがだな――」
口を挟んできたのは、諸岡の先輩隊員、久我である。
少々お調子者の気があるが、使命感においては人一倍の男だ。
霧島が咳払いをしたことで、話に割って入った自分に対しての怒りを感じ取った久我は、「すんません」と調子よく謝ると、話の続きをどうぞとばかりに手でジェスチャーをした。
「諸岡と久我は、今から私と共に金山のアパートへ突入する。新橋、浅木、友凪の三名は基地で待機。各自、行動を開始せよ!」
「了解!」


97 名前:No.17 狙われた黄昏 (5/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:55:16 ID:JOPAXJ7C
「ありがとう」
「えっ?」
諸岡は思わず聞き返してしまったが、確かに聞いたのだ。
車が鮎川町に入り、辺りの町並みがだんだんと高層マンションの立ち並ぶ姿から、木造の平屋と背の高いコンクリート住宅の混在する地域に入った時のことだ。
運転手は諸岡で、霧島は助手席で車窓をただ眺めていた。
久我は、マキーナ銃のメンテナンスのために数分遅れて別の車に乗って来るそうだ。
静まり返った車内で、突然霧島が「ありがとう」と口にした。
上官から唐突にそんなことを言われるとは、諸岡はもちろん予想だにしていなかった。
「諸岡、この鮎川町は、俺の生まれ育った町だ」
「……そうだったんですか」
「ご覧の通り、なんにもない町でな。昔はもう少し賑わいがあったもんだが、今じゃ商店街もこのデパートに客を奪われちまってな」
助手席の車窓が、巨大なデパートに一瞬埋め尽くされる。
デパートを通り過ぎても、大きなビルがまた車窓を覆い隠しては消えていく。
「だから、お前がこんな町で暮らしてみたいなんて言ってくれたのは嬉しかったんだ。俺がここで暮らした時間は、無駄じゃなかったんだなって思えた」
霧島が幼い頃は、この町に高い建物は存在しなかった。
彼の生家は、現在では都市開発の波に飲まれ、建て壊されたその跡地はどこかの会社の社屋になっているとも霧島は語った。
「隊長、金山さんが五十年もこの町に潜伏していたのは、侵略の機会を伺っていたからなんでしょうか。俺にはそうは思えないんです」
「この町が気に入って、住み着いてしまった、と言いたいわけか」
「はい、今回の事件にも、きっとなにか理由が……」
霧島は、窓越しに外を眺めていた顔をくるりと諸岡に向けて言った。
「お前はおろか宇宙人にまで愛される町か、俺は幸せもんだな」


98 名前:No.17 狙われた黄昏 (6/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:55:40 ID:JOPAXJ7C
金山のアパートの部屋の扉をこじ開けて中に潜入する、そんな光景を諸岡は思い浮かべていたのだが、意外にも平和的に事は運んだ。
アパート二階へ上がる階段の前で、金山は諸岡たちを待ち構えていた。
「ようこそ」と一言口にすると、くるりと踵を返し、鉄製の階段をカンカンと音を響かせて上っていった。
どうやらついて来いということのようだった。
はじめて間近で見た金山は、ずいぶんと腰が曲がっているように見えた。
遠くからの観察では気付かなかった老いが、体を着実に蝕んでいるのだろう。
遠くでカラスが鳴いている。
昨日と同じような夕焼けが、空一面を覆いはじめた。

部屋の中は、カーテン越しに当たる西日でオレンジ色に染まりあがっていた。
床には、工具のようなものが散らかっており、部屋の隅にはなにに使うのか分からない機械が置かれていた。
テレビはリモコンで操作するタイプではなく、本体に付属したひねりを回す旧式の物。一体いつから使い続けているのだろうか。
『散らかっていて、申し訳ない』
「いえ、そんなことは……うわっ!」
金山の声で諸岡と霧島は振り向いた。
だが、その姿はどう見ても先ほどまでの老人とは程遠く、どんな生物にも形容しがたいなんとも不気味な異形の物であった。
『私はリピア星人。金山という老人の姿は、私の世を忍ぶ仮の体だ』
脳内に直接語りかけてくるような違和感がある。人間で言うところの口に当たる部分が全く動いていない。
テレパシーなのだろうかと、諸岡は思う。


99 名前:No.17 狙われた黄昏 (7/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:55:57 ID:JOPAXJ7C
「お前が、家や人々を次々に消し去った張本人か」
霧島が言った。
『物騒な言い方はやめてくれよ。私は、この町の人々の願いを叶えてあげただけだよ』
「願い……だと?」
『私は地球の調査をするために、五十年前この町に派遣された。はじめは一年ほど滞在して、すぐ星へ帰るつもりだったんだがね、どうも名残惜しくなってしまって……
町の人たちの人情に絆されたんだろうね。それで、気付いた時には滞在歴五十年というわけだ』
リピア星人の異様な風貌から、こんなにもペラペラと流暢な日本語が繰り出されるミスマッチ感に、諸岡はなんだか笑いそうになってしまう。
『ところがどうだ、私の愛する鮎川町の町並みは日に日に消え去り、代わりに情緒もなにもないどでかいだけのビルが次々に建っていく。
私は大いに嘆いたが、そんな中で昭和は終わり、平成の世になっても私はこの町で耐えたよ。だが、最近になって知ったんだ。鮎川町の古き良き風景が失われることを悲しむ町の人たちが大勢いたことにね』
そう言うと、リピア星人はカーテンに向かって歩き出した。強い西日を背に受けて、カーテン越しのオレンジとリピア星人の黒とが強烈なコントラストを醸し出している。
『そこで私は、開発の手が届かない異次元空間に、この町を移動させることにしたのだよ。まず、古い木造建築の家々を移転させ、その後に町の人々を移住させた。最近私と接触のあった町の人間は、全て移住希望者たちだ』
「なるほど、それが願い……ということか」
リピア星人は、カーテンの端に手をかけた。
『見たまえ、これが我々の望む楽園だ』
シャーッと音を立ててカーテンが開かれていく。


100 名前:No.17 狙われた黄昏 (8/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:56:12 ID:JOPAXJ7C
その先には、夕陽に染まる木造家屋が立ち並んでいた。
どんなに遠くを見ても、高層ビルは見受けられない。
車もほとんど走っておらず、たまに通る車はタイヤが三輪の変わった形をしている。
正面には商店街が賑わっており、紙芝居屋が子供たちに物語を読み聞かせ、ちんどん屋が練り歩き、豆腐屋がにぎやかにラッパを鳴らし、魚屋が威勢よく道往く主婦に声をかけ、
駄菓子屋の前ではアイスクリームをほおばる女の子が、おもちゃ屋の前にはコマ回しに興じる男の子たちがいた。
カーテンの向こうは、異次元空間への入り口になっていたのだ。
「あ……あ……」
諸岡の耳に、霧島の嗚咽が聞こえた。
『どうだい、懐かしいだろう? 五十年前の鮎川商店街の姿そのままだ。人々が生き生きしているよ……どうだろう霧島君、よければ君も、私たちと一緒に暮らさないかね』


その時だった。
「宇宙人、そこまでだ!」
部屋の扉を足で蹴り壊して、男が入ってきた。マキーナ銃を構えた、久我である。
霧島は久我の前に飛び出すと、リピア星人を庇うかのように両手を広げた。
「撃つな!」
「なに言ってるんですか隊長! こいつは宇宙人です、俺たちが倒さなきゃ誰が倒すんですか……って、何で泣いてるんですか隊長?」
霧島は涙と鼻水を腕でゴシゴシぐじゅぐじゅと擦ると、久我のマキーナ銃を強引に奪い取った。


101 名前:No.17 狙われた黄昏 (9/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:56:33 ID:JOPAXJ7C
「ああ! なにするんすか!」
霧島は、目をつぶり、大きく一回深呼吸をして、頭上からゆっくりマキーナ銃を下ろし、銃口をリピア星人に向けた。
「俺が撃つ……!」
『……それがあなたの答えか』
リピア星人は、心から残念そうな声でつぶやいた。
『わたしは、攻撃する手段を持たない。君が私を倒すというのなら、それを受け入れよう。なに、心配することはない。私が死ねばこの亜空間は消滅するが、中の家や人々は無事にこの世界に戻ってくる。なにも心配はいらない』
窓の外から、子供たちの騒ぐ声が聞こえる。子供の投げた紙飛行機が、窓から部屋の中に入ってしまったのだ。
銃を構える霧島の目の前を横切って、それは壁に当たってぽとりと墜落した。
「すみませーん、取ってくださーい!」
諸岡の目には、どんなに拭っても止まることを知らない霧島の涙が映っていた。
リピア星人は、優しくこう言った。
『鮎川町を、よろしく頼むよ』
霧島は自らの雑念を振り払うかのように叫ぶと、引き金を強く引いて――


102 名前:No.17 狙われた黄昏 (10/10) ◇O8W1moEW.I 投稿日:06/10/30 00:56:55 ID:JOPAXJ7C

「隊長、本当に、これでよかったんでしょうか」
バーサス基地の屋上で、諸岡と霧島は、夕暮れに沈む町並みを眺めていた。
あの日、木造のアパートの窓から見た町並みとはずいぶん違う、高層ビルの立ち並ぶ世界の夕焼け。
「よかったんだよ、きっとな。それに、ビル街の夕焼けってのも、これはこれでなかなかオツなもんじゃないか」
たしかにそうだと諸岡は思う。ビルとオレンジ色の夕陽の陰影の対比が、未来的な中にどことなく懐かしさを匂わせている。
「あの日のことは、今でも夢だったんじゃないかと思うよ。宇宙人が、人間の侵略から町を守るなんざ、立場が逆だろうに。ったく、おかしな宇宙人だよありゃあ」
「でも、俺、バーサスに入って最初に出会って宇宙人が彼で、良かったと思ってます」
霧島は、気持ち良さそうに伸びをして、あくびをしながらめんどくさそうに、「そうだなぁ」と答える。
「そうだ諸岡、お前、明日非番だったな」
「は、はい、そうですけど」
霧島の口にニヤッと笑みが浮かぶ。
「旨い店知ってるんだ、ちょっと食いに行こうや」
「焼肉ですか、フランス料理ですか!?」
霧島の手がスパーンと諸岡の後頭部にクリーンヒットする。
「鮎川商店街のコロッケ屋だよ。ずっと前に店畳んでたんだが、二十年ぶりに新装開店することになってな」
黄昏が終わり、夜が顔を出す時間が早まってきた。もうすっかり秋である。





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