【 どれくらい? 】
◆LUdEVzdrco




103 名前:No.18 どれくらい? (1/3) ◇LUdEVzdrco 投稿日:06/10/30 00:59:33 ID:JOPAXJ7C
「ねえ、唐突だけれどあなたはどれくらいわたしの事愛してる?」
ある晴れた日の午後、女はほほえみながら男に尋ねる。
「僕の愛を積み上げるとするなら、きっと遥かに見えるあの山の白い頂よりよ
りも高くなるよ」
そう答えた男に、女は笑って返す。
「あら、私の愛はあの山なんかすっぽり沈んでしまうくらい大きな湖に沈めて
も顔を出してしまうくらい大きいのよ」
そういって胸を張る女に男は言葉を返す。
「僕の愛はそんな湖なんて一息で呑み込んじまう大食らいの男の胃袋くらい底
なしで大きいよ」
「あら、あたしの愛はその大食らいの男がどうやってもかみ砕けない宝石くら
い強固なものだわ」
「僕の愛だってその宝石なんか石ころくらいにしか感じなくなる程の財宝をう
なるほど持っている王様くらい偉大だよ」

「いいえ、私の――――。
「いや、僕の――――。
何度そんな言葉が繰り返されただろう。
窓の外はすでに茜色に染まり始めていたが、二人の問答はまだ続いていた。
いい加減うんざりした様子で男が言う。
「とにかく僕の方が君を想う気持ちは上だね。大体、君が僕にくれた懐中時計
のチェーンだって半年も使わないうちにメッキがはがれて錆が浮いちまって職
場で大笑いされたよ。同じ様に君の愛情も表面だけ取り繕っただけのものなん
だろ。僕を愛してるなんてとても思えないよ。」
女もうんざりした調子で言い返す。


104 名前:No.18 どれくらい? (2/3) ◇LUdEVzdrco 投稿日:06/10/30 00:59:52 ID:JOPAXJ7C
「あら、言ってくれるわね。あなたのくれた櫛なんて一月も使わないうちに歯
がぽろぽろ折れちゃうくらいの安物じゃない。それに、あなた休みの日にどこ
か行きたいって言っても寝てばかりで、全然遊びに連れて行ってくれないじゃ
ない。あなたの方こそわたしの事なんて愛してないに決まってるわ。」
「自分でどこに行きたいかも決められないくせにずいぶんな言い草だな。それ
に遊びに行っても結局勘定を払うのはいつも僕じゃないか。結局、君は僕の金
が目当てなんだろ。」
「金が目当てなんてどの口が言えたの?あなたのちっぽけな給料なんかじゃ自
分が食って行くのが精一杯じゃない。本当に行きたいところを黙ってるだけで
もマシだと思えないのかしら。あなたの方こそもう愛してなんかいないんでしょ
う?最近終わるとすぐ寝ちゃうしね。」
「毎日仕事で疲れてるってのにお前の相手しなきゃならない俺の身にもなれよ。
腰の一つも満足に振れないくせに回数ばっかり求めてきやがって」
「あら、私しか知らないくせに。腰の一つも満足に振れないのは貴方でしょ?
それに私は自分から腰降ったり演技でバカみたいにわざと声あげたりしないの。
まあ、相手が上手かったら意識しなくても腰振ってたり声出してたりしちゃう
けどね。わざわざ相手してやってるんだから、さっさと回数こなして早く上達
して欲しいものだわ」

ーーーーーーーーーーーーー。

その晩、二人の部屋からは互いを罵りあう声が響き、時折それに何かが倒れ、
割れる音が混じった。
夜が白む頃、アパートのドアノブを回す音が廊下に響き
「さようなら」
と、一言だけ残して彼女は部屋を出て行った。


105 名前:No.18 どれくらい? (3/3) ◇LUdEVzdrco 投稿日:06/10/30 01:00:11 ID:JOPAXJ7C
残された男は散乱した部屋の中で一人机の前に向かい、引き出しを開く。
中には、この一年、不満を言われながらも雑費を切り詰めて貯めて買った、小
さな宝石をあしらったオーダーメイドの指輪があった。
男はしばらくそのままぼんやりと立ち尽くしていたが、おもむろに窓際に近付
くと窓から指輪を放り投げる。
指輪は朝日の中できらきらと輝きながらゆっくりと地面に吸い込まれていった。

――――数日後、男は引っ越しの準備をしていた。永らく二人で暮らしたこの
部屋には余りにも思い出が詰まり過ぎていた。
荷造りをしている男の背後でチャイムが鳴る。
ドアを開けるとそこには出て行ったはずの女の姿があった。
「はい、これ。あんたのでしょ。」
あの晩以来、なんの連絡も取っていなかった女の突然の訪問に男はたじろいだ
が、彼女の差し出した手の中にあるものを見るとさすがに声を上げた。
「え… これってひょっとして?」
「そう、この指輪あんたのでしょ。たまたま用事で近くを通りかかったら落ち
てたから持って来た」
「いや、でもこれってあの日買ったばっかだったし、お前に見せた事とか無い
と思うんだけど何で分かったの?」
驚いた表情で尋ねる男を前にして、勝ち誇ったように微笑みながら女は言った

「そりゃもちろん、あたしの方があんたの事愛してたからに決まってるじゃな
い」
あっけにとられて立ち尽くす男を尻目に女は颯爽とアパートの階段を降りて行
った。
その後、二人がどうなったのかは、誰も知らないーーーー。



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