【 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 】
◆InwGZIAUcs




72 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (1/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:43:17 ID:JOPAXJ7C
 北の大海から温い潮風が流れてくる北の岬。そんな北の外れの街道沿いで喫茶店『ミサキッサ』を営む、
魔法使いウルルとその使い魔イタチのイッチがいた。その日お店はとても忙しく、大賑わいのうちで営業を終え、
当然大満足なウルルも、使い魔のイッチも、心地の良い疲れに包まれながら片付けをしていた。
順調に片付けも終え、夜の帳も降りた頃、扉をノックする音が店内に響く。それが、今回の騒動の始まりであった。

「こんな時間に誰だろう?」
 珊瑚礁が息づく海の様な水色の髪が揺れてる。そう、この時ウルルは既にお風呂上がりのパジャマ姿、
丁度風の魔法で髪を乾かしていたところだ。そんな彼女は、首を傾げ玄関へと向かった。イッチはお風呂で
のぼせたようで、自分の小さな寝床で伸びている。
「はーい! どちら様ですか?」
 そう言ってドアを開ける。そこには、ウルルを見上げている赤いワンピースを着た少女がいた。
見たところ十歳前後。彼女の瞳は涙で潤んでおり、その光が大きく揺れていた。
「こんばんわお姉ちゃん」
「こ、こんばんわ」
 その少女の腕の中には、彼女と同じ程度の大きさのクマ人形が抱かれていた。
「このクマさん」
 少女は今にも消え入りそうな声で、クマを差し出した。ウルルはそれを受け取ると、自分の目線まで持ち上げた。
「え? もしかしてこれってプティベア?」
 ウそれは魔物の一種、プティベアであった。極めて人に害を及ぼすことのない魔物の一種として
有名なプティベアは、ペットしても人々に慣れ親しまれてもいた。
「クマさん怪我してるの」
 そういって少女の指がクマの足を指す。ウルルにもその足から少し血が出ているのが分った。


73 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (1/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:44:01 ID:JOPAXJ7C
「そっかー、うん! わかったお姉ちゃんが治してあげるよ!」
 その言葉に少女の顔が笑顔で輝いた。
「まかせて! そうねー、三日もあれば良くなると思うの。そうしたらまたお店に来てくれるかな?」
「うん! お姉ちゃんありがとう!」
 少女は頭を下げて、暗闇の中へと走り出した。
「暗いから気をつけてー!」
 後ろから叫ぶウルルの声を背に、少女は去っていった。

「こんな夜更けにどちら様だったんだい?」
 イッチはくるくるとベットの上を駆け回りながら一人で遊んでいた。ウルルには何がそんなに楽しいのか分らないが、
いつもの事なのでそっとしておく事にしていた。
「小さな女の子。このプティベアを少し預かって欲しいんだって」
 イッチは動きを止めそのプティベアを見る。そのプティベアはウルルに抱かれ、満足そうな顔をしていた。
 イッチの第六感がうずいた。
「……そいつをどれくらい預かるんだ?」
 イッチは声のトーンを抑えてウルルに尋ねる。ウルルは手際よく、プティベアの足に包帯を巻きながら答えた。
「三日よ。この傷が治ったらその女の子に返すの」
「そうか……」
 三日なら、と呟くイッチはいそいそと自分の寝床についた。ウルルは包帯を巻き終え、
そのプティベアを抱きながらベットに潜り込む。
「な、おい! ウルル! 一緒に寝るのかよ!」
「ん? だって可愛いじゃない? そうだ! 今日からあなたの名前はプティね! よろしくプティ」


74 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (3/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:44:56 ID:JOPAXJ7C
 そう言ってウルルはプティに頬ずりをする。その時、イッチは見た。イッチを見下ろすように眼を細めるプティを。
 その眼は言っていた「お前じゃ勝負にならねーよ」と。
「うああああああ! お前にウルルは渡さんぞー!」
 イッチはウルルのベットにダイビングし、そのままプティに突進、そして噛みつこうとした所でウルルに止められる。
「こらイッチ! 何やってるのよ? 傷を治すどころか増えちゃうじゃない!」
 ウルルはイッチをつまみ上げ、彼の寝床に戻した。
「だってウルル! そいつオイラのこと見下すような目で――」
 イッチは絶句した。それも、イッチは前足でプティを指したのだが、そこには怯えウルルに抱きつくプティの姿が
あったからだ。さらにウルルはそのプティの頭を撫でながら檄を飛ばす。
「もう! 怯えちゃったじゃない! イッチ……これから一週間プティを怖がらす事したらご飯抜きにしちゃうから」
 ピシッという音をたてイッチが凍る。久々に迫力のあるウルルの怒りの笑顔を見た彼に反論の余地は無く、
ただただ、ウルルに抱きつきながらニヤリと笑うプティを眺めることしか出来なかった。

 プティが『ミサキッサ』に来てから一日目。つまり夜が明けた次の日のこと。
 午後にもなれば、お店は満席となり並々ならぬ忙しさになっていた。ウルルは魔法でいつも通り料理の得意な
魔物を召喚し、自分しかできないハーブティーを入れたりしていた。イッチもオーダーを聞いたり会計をしたりと大忙し。
 そんな中、プティの姿だけが見あたらなかった。
(ふん! あいつに仕事ができるわけがないぜ! 怪我も負ってることだしせいぜいお部屋の隅で丸くなっていな!)
 イッチは頭の中で、プティに勝ったと優越感に浸りながら、確実にてきぱき仕事をこなしていった。
(しかし、今日はいつもにも増して忙しいな……お客さん尽きないし……)


75 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (4/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:45:23 ID:JOPAXJ7C
 イッチは少し外に出て、様子を見ることにした。
 すると「いらっしゃいませ。魔法喫茶『ミサキッサ』へようこそ」と書かれた看板を腕と胴で挟み、
椅子にちょこんと座っているプティの姿がイッチの目に入った。そこに、一組のカップルが通りかかる。
するとプティはピョンと椅子から降り、そのカップルへと近づいていった。そしてつぶらな瞳と共に看板を掲げる。
「いらっしゃいませ。魔法喫茶『ミサキッサ』へようこそ」
「か、かわいい! 偉いね、お店の手伝いかな?」
 そういってカップルの女性はプティに抱きついた。その後、カップルがお店の中に入っていったのは言うまでもない。
 イッチはいらっしゃいませを言うのも忘れ、プティを見たまま固まっていた。
(この忙しさは……こいつのかわいい効果だったのか?)
 その視線に気付いたのか、プティの視線がイッチを捕らえる。
フッと見下すように微笑んだ後、プティは元の椅子に座った。
(ま、負けた……)
 イッチは愕然と前足を降ろした。すると、
「うん、プティ効果は思った以上ね! それよりイッチ! さぼってないで手伝って!」
 いつの間にか隣にいたウルルに止めを刺され、しょぼくれたイッチは店内へと戻っていった。

 次の日。つまりは二日目、プティは店内のお手伝いをしていた。
 その動きは慣れているイッチになどに比べてぎこちなく、料理を運ぶのにも時間が掛かっていた。
(同じ土俵ならオイラが上さ! オイラの方がプティよりずっと有能だぜ!)
 頭の中でそんな事をぐるぐる考えていた。しかし流石にイタチである。


76 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (5/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:45:39 ID:JOPAXJ7C
素早い動きで次々に頼まれるオーダーを取り、厨房に報告し、会計を済ませていった。
 その時、お店の一画でお客さんの歓声が上がった。
「がんばれ!」「ゆっくり!」「もう少しだ!」
 その激励の言葉を受けているのはプティであった。彼は躓いて転けたらしく、手に持ったトレイが転がっている。
それでも立ち上がってオーダーを取ろうとする健気さに、人々は心を打たれたらしい。そんなプティはちゃっかり、
おすすめメニューや、追加オーダーなどを勧めていた。もちろんそんな健気な姿を見たお客に、その勧めを断る
言葉など持ち合わせていなく、次々にオーダーを獲得していった。
(あ、あいつ……すげえ)
 不覚にも認めてしまったイッチとプティの目が合う。予想通り、見下すような冷笑をイッチに投げかけた後、
何事も無かったようにプティは仕事へと戻っていった。
(ち、ちくしょーー!)
「こら! またさぼってる! 最近少し変よ?」
 いつの間にか手の止まっていたイッチを、ウルルが人差し指で小突いて仕事に戻っていった。
 そんな状況に、ちょっと涙が零れるイッチであった。

 寂しそうな月。まるで闇空の海に置いていかれた一隻の船のよう。
 そんな感傷に浸る詩人のような事を考えながらイッチは一人外にいた。その場所は、『ミサキッサ』を出て
すぐ南にある小さな森。そこには広場のように拓けた場所があり、イッチのお気に入りの場所でもある。
 夜空で煌めく満天の星達とこの森は、イッチの心を少しずつ癒していくが、
それでもネガティブな妄想は広がるばかりであった。


77 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (6/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:45:57 ID:JOPAXJ7C
「ああ、オイラ使い魔クビになったらどうしよう……きっとウルルの奴、『イッチよりプティの方が役に立つし可愛い!
 ごめんねイッチ、というわけで契約を破棄しようと思うの』なんて言い出すぜ……。」
 すっかり項垂れて哀愁を漂わせるイタチはとぼとぼと歩き出した。
 しかしその時、イッチは何かの気配を感じ立ち止まる。
(ん? ありゃプティじゃないか)
 イッチは木の陰からそっとプティを見つめた。プティは誰かと話しているようで、
時々頷く仕草を見せている。話し相手は、赤いワンピースを着た少女であった。
「そろそろね。完全に油断している筈だわ」
 そう言って少女は、プティに薬瓶を手渡した。
「これをウルルに振りかけなさい。そうすればウルルは私達の操り人形よ」
 プティが頷く。
(ちっ! そういうことかよ!)
 イッチは慎重にその場を後にした。

「ウルル!」
 店に入ったと同時にイッチは声を上げる。ウルルの姿はどこにもなく、家中を駆け回り、やっと発見する。
「ウルル!」
「きゃっ!」
 水と泡で濡れた肢体がイッチの目に飛び込む。そこには目を丸くしたウルルがいた。
そう、ウルルはお風呂場でシャワーを浴びていたのだ。脊椎反射的な彼女の鉄拳がイッチに飛ぶ。


78 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (7/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:46:16 ID:JOPAXJ7C
 クリーンヒットしたウルルの一撃は、イッチを向かいの壁まで吹き飛ばしてしまうのであった。

 イッチが目を覚ました頃には、ウルルもバスタオルを撒いて、ベットに座っていた。
ウルルはイッチに手で仰ぎ風を送って看病していたのだ。
「目、覚めた? ごめんイッチ。つい条件反射で――」
「ウルル無事か!」
 ウルルの声を遮り、イッチは叫んだ。ウルルに何も変化無い所を見て安心するや否や、
イッチは先程見た事を早口でまくし立てた。ウルルは顎に指を添え、事情をまとめた後、イッチに尋ねた。
「それ本当?」
「嘘なんか言うかよ!」
 その時、例のプティが帰ってきたようで、玄関のドアが閉まる音と、こちらに近づいてくる音が聞こえた。
そして何ごともなかったかのようにウルルの寝室へと入ってきた。
「……イッチ。外に出て頭を冷やしてきて」
「なっ! オイラの――」
「いいから! お願い……」
 そう言うウルルの目は、イッチが今までの冒険で何度も見てきた目である。それだけでイッチには伝わった。
一瞬の間、そしてイッチは一目散に家を出ていった。

「ゴメンね。うちの使い魔嫉妬深くって」
 そういってパジャマに着替え終えたウルルは、いつものようにベットに座り、風の魔法で髪を乾かしていた。


79 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (8/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:46:40 ID:JOPAXJ7C
その背後には薬瓶を持ったプティが立っていた。ゆっくり、ゆっくりと近づき、
プティは一気に中の液体をウルルへとぶちまける。それと同時にウルルを乾かしていた風が突風に変わった。
 ウルルから発せられた突風により、液体が辺りに四散する前に、ウルルは風を操りその液体を空中に留まらせた。
それはまるで無重力空間を漂う液体のようである。
「そして……プティはどちらの使い魔さんかしら?」
 迫力のある笑顔に、プティは思わず後ずさりする。液体は元の瓶へと収められていた。すると、
窓のすぐ外で何やら物音と悲鳴が聞こえた。しばらくしてその音が止み、窓がガラッと開けられる。
「やったぜウルル! オイラ、プティとグルの魔法使いを捕まえたぞ!」
 そこから顔を覗かせたのは、先程出て行ったイッチであった。
「流石相棒だね!」
 ウルルはウインク一つ、ついでにプティも縛り上げた。
 
「それで嬢ちゃんは誰だよ?」
 魔法封じの紐に縛られて、抵抗する術のない少女。イッチはけんか腰で少女に尋ねた。そう、この少女、
プティベアを預けた張本人である。その容貌に、初日にウルルが見たあどけなさは無く、鋭い眼光を光らせていた。
「フンッ! 私はウルルがいけ好かないだけよ」
 少女はおもむろに顔の表情を険しくした。
 少女の使い魔であったプティは相変わらずつぶらな瞳で縛られて座っている。
「なにー!」
「イッチ! 静かにしてて」


80 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (9/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:46:55 ID:JOPAXJ7C
 ちぇ、と舌打ちをしながらも、イッチは黙り込む。
「私あなたに何かしたかしら?」
「岬の魔女……この名前は私にこそ相応しいんだから!」
 岬の魔女とは、北の岬で喫茶店を営んでいる、凄腕魔法使いがいるという噂が噂を呼びそう呼ばれるように
なったとウルルは聞いていた。現にそうお客さんに呼ばれる事も多い。事実は、それに加えて、「美少女の魔女
が」という要素が付け加えられるのだが、それを本人は自覚していないようだ。
「うーん。ひょっとしてあなたの名前――」
「ミサキよっ!」
 ウルルは思わず目眩を覚えた。同時に少し可笑しくなってくる。
「そっか。じゃあもっともっと魔法を勉強して正々堂々私に挑んでおいで? もし私に勝てたら、
このお店ごとあなたにその名前をあげるわ」
 少し驚いた表情を見せた少女。
「あ、あなたに言われなくたってそうするわよ!」
「そう。だけどもう一つだけ約束して。二度と使い魔にこんな事をさせないって」
 でた、と隣で見ていたイッチは唾をゴクリと飲み込む。そう、ウルルの怒気を含んだ迫力満点の笑顔だ。
その禍々しい笑顔のオーラに少女も顔を引きつらせる。
「わかったわよ! もうしないわ!」
 それを聞いて満足したのか、ウルルは二人の縄をほどいた。そうするや否や、
ミサキはプティを抱き上げ店を逃げる様に飛び出した。
「今度は負けないから! 覚悟しておきなさいよー!」


81 名前:No.14 岬の魔女っ子物語〜使い魔の苦悩〜 (10/10) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/30 00:48:00 ID:JOPAXJ7C
 そう言って最初あった時と同じように暗闇の中へと去ってしまった。

 そんな騒動も終わりを告げ、二人は床についた。
「お疲れ様イッチ」
 暗い部屋の中、ウルルがイッチを撫でながら言う。
「へへ、お安いご用さ」
 それだけで二人の気持は伝わった。それだけの時を共有してきた証である。
「それにしてもイッチがあんなに嫉妬するとは思わなかったわ」
「し、嫉妬なんかしてねーよ! オイラはプティが気に入らなかっただけだい!」
 はいはい、と言ってウルルは布団に潜り込む。
(そうさ! やっぱりウルルにはオイラが必要なのさ!)
 イッチはプティに勝ったという達成感に包まれる。それと同時に、しばらくプティに独占されっぱなしだった為、
久しぶりに少しウルルに甘えたいという気持が沸き上がってきた。
「……なあ、今日そっちで寝てもいいか?」
 小声でイッチが呟く。そんなイッチの照れている様子に、ウルルはクスッと笑った。
「しょうがないわねー、おいで」
 そんなイッチは、嬉しそうに駆け回ると、ウルルの布団へと潜り込んでいく。
「きゃ! ちょっと、あははは。だめー」
 イッチは調子に乗ってウルルをくすぐって遊んだ。ウルルも「このー」と反撃をする。
その夜は、幼い頃のはしゃいでいた、どこか懐かしさを感じる一時だった。
「え? どこ触ってるのイッチ! そこは――」

 そして朝。てるてる坊主が窓に吊されていた。イタチ製のウルルオリジナルである。
(ちょ、調子に乗りすぎた……)
 イッチは海よりも深く反省した頃、やっとのことで降ろして貰えたという……。



BACK−プリン ◆VXDElOORQI  |  INDEXへ  |  NEXT−海沿いのカーブ ◆D8MoDpzBRE