【 剣道少女と果たし状 】
◆tGCLvTU/yA




61 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (1/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:38:06 ID:JOPAXJ7C
 目を疑いたくなる光景だった。校庭で竹刀を持ったゴリラと竹刀を持った女の子が戦ってる。
 事実、俺は目を一度擦ってみた。でも、窓の向こうの校庭では相変わらずゴリラと女の子が戦っていた。
「……あ、ゴリラじゃねえや」
 そう、女の子の相手はゴリラではなかった。どうみてもゴリラだが、ゴリラじゃない。
 厳つい顔。手にはいつも竹刀。趣味は体罰で、悪臭まみれのジャージをこよなく愛する。我が校きっての鬼生活指導
鬼怒川正義先生こそ、俺が見間違えたゴリラの正体だった。
「おい、なんだあれ。ゴリラと女の子が戦ってる」
 俺の後ろの席に座っていた早川が言う。
 周りも気づき始めたようだ。続々と窓側にクラスのやつらが集まりだす。
「早川……。あれはゴリラじゃなくてオランウータンだろ」
 今度は早川の隣にいた皆本が言う。ゴリラでもオランウータンでもないが、みんなも間違えているようなので、この
際あいつはゴリラでいい。
 俺は窓に向き直り、再び戦局を見守る。やはり女の子が劣勢で、防戦一方だった。
 ゴリラが竹刀をがむしゃらに振り回し、それを女の子が避けるだけ。ずっとそればかりだ。少なくとも、武道に精通
してない俺には、そうとしか見えなかった。しかし、次の瞬間だった――
「あ! 女の子が転んだ!」
 誰が声を上げたか知らないが、心の中では誰もがシンクロしただろう。ゴリラの足払いで、女の子が転んだ。
 よく見えなくてもわかる。今ゴリラは気持ち悪い顔を、さらに気持ち悪く歪めていることだろう。
 ようやく誰かが職員室から飛び出してきた。だが遅い。少女はもうゴリラの一撃を受け――あれ。
「うわっ……あれってなんていうの? 金的? 痛そー……」


62 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (2/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:38:47 ID:JOPAXJ7C
 他人事のような女子の声に軽い憤りを覚えながらも、その場にいた男は誰もが股間を押さえたことだろう。ゴリラの
一撃は容赦のない女の子の金的蹴りによって阻止された。ついで、持っていた竹刀で思い切り脳天を打つ。ゴリラは完
全に沈黙。ばたりと倒れて、駆け出してきた先生に運ばれていった。誰もが唖然とする教室で、ガラガラと扉が開くと、
能天気な声が響いた。
「ホームルーム始めるぞー……どうした?」
 状況を全く把握していない担任の声。窓際に集まっていたやつらは、徐々に自分の席に戻っていく。
 そのホームルームで、さきほどの女の子――白河葵がウチのクラスに転入してくることを知った。

「というわけだ。よろしく頼むぞー。仲良くしてやってくれ」
 軽そうな声が、重々しい雰囲気の教室に響いた。もちろん視線は例の剣道少女、白河葵に集まっている。
 あのゴリラ同様、厳つい体の女かと思えば、そうでもない。
 小柄な体。整った顔立ちに、背中の半分くらいまである艶やかな長い黒髪。ゴリラを倒した竹刀を入れてるであろう
竹刀袋を背負って俺たちを見下ろすように立っていた。
「それじゃあ、席はどうするか……白河、前がいいか? それとも後ろか?」
 教室にさらに異様な雰囲気が漂う。好奇心と、怖いという気持ちが同居しているのだろうか。皆それぞれ複雑な面持
ちでことの成り行きを見守っていた。やれやれと思いつつ、俺は手を上げる。
「先生、白河はあんまり背がないんで、前の方がいいんじゃないですか?」
「お、それもそうだな。じゃあ言いだしっぺのお前の隣でいいな。みんなも悪いが、一つずつ後ろに下がってくれ」
 めんどくせー、などの愚痴が聞こえるが皆それぞれに顔が妙に晴れやかだった。どうも皆、白河とは関わり合いにな
りたくないようだ。まあ、ゴリラに目をつけられるようなもんだしな。
 席の移動が終わると、白河がゆっくりとした動作で俺の隣の席に座る。
「よう、見てたぞさっきの。勝因はやっぱあの金的蹴りか?」
 様子見の意味も含めて、軽い気持ちで俺は白河に声をかけてみた。さて、どんな返答が来ることやら――
「……どういう意味でしょうか?」
 ――絶対零度の視線が俺に突き刺さる。正直ちょっと鳥肌が立った。


63 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (3/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:39:09 ID:JOPAXJ7C
 凍った。凍りついた。俺を除くクラスの面々の表情が完全に凍りついた。そして同時に、クラス内での白河の立場が
決定したと言っていい。
「いや、特に何も」
 俺は白河の視線を避けるように窓の方を向いた。ホームルーム終了のチャイムが鳴ると同時に、一限目の先生が現れ
ると白河の視線も、自然と先生の方へと向かった。

 見事なまでにクラスから浮き上がった白河は、俺以外のやつらに話かけられることもなく昼休みを迎えた。
「昼飯どうするんだ? 一緒に食わないか」
 懲りずに俺は白河に話しかける。ここまで来るとなんだか意地でもこいつと会話がしたくなってきた。
「あの、これを」
 食事の返答かどうかわからないが、白河は一枚の封筒を俺に差し出してきた。俺がそれを受け取ると、白河はさっさ
と教室から出て行った。今日は食堂で食べるのだろうか。どちらにしても、答えはノーということなのだろう。
「それにしても、なんだこれは」
 封筒を破いて中身を出す。すると中から出来てきたのは、
「果たし状?」
 果たし状。要は相手と一対一で決闘がしたいという意思表示をする手紙のようなもんだ。
 内容は至ってシンプル。授業終了後、学校屋上まで来られたし。とだけ、綺麗な文字で書いてある。
「え……なんで俺?」
 白河葵。つくづく謎な女である。


64 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (4/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:39:35 ID:JOPAXJ7C
「そりゃお前、嫌われてんじゃねえの?」
 容赦のない早川の言葉が俺に突き刺さる。思わず弁当を食べる手を止めて、ジロリと早川を睨んだ。
「そう睨むなって。鬱陶しがられてたじゃんないのか? 甲斐甲斐しく話しかけてたじゃねえか。今日一日」
「でも、果たし状だぞ? 鬱陶しいだけならその場がボコボコにしちまえばいいじゃないか」
「それは白河さんなりの礼儀なんじゃねえの? あの人なんか古風っぽそうだし。すっぽかした方がいいって。病院
送りなのが目に見えてるよ」
 ポンと肩を叩く早川の手を思いっきり払って、俺は再び弁当に手をつける。さて、どうしたものだろうか。この手
紙。俺はその果たし状をポケットに忍ばせて、早川との雑談に戻った。

 約束の時間に屋上へ向かう。外はすっかり夕暮れで、オレンジ色の空が目に染みる。
 結局来てしまった。早川の言う通り、もしかしたら病院送りかもしれないが、でもこのチャンスを逃せば白河とは
二度と話せないような気がしたから。
 軽く深呼吸して、息を整える。それに白河は多分悪いやつなんかじゃない。話せばわかってくれるだろう。
 うん、と一人頷き、意を決して扉を開く。
 一歩屋上に出ると、白河はすぐそこにいた。トレードマークの竹刀を持って。
「もう、来ないかと思いました」
 その声に、俺は何故か背筋を凍らせた。違う。これは白河じゃない。そう思った。
 ただひたすら相手を威圧する目、寡黙ながらも、どこか暖かみのあった声は、今はひたすらに冷たい。
 蛇に睨まれたカエル。いや、ライオンに睨まれたカエルという表現でもいいくらい、白河の体が大きく見えた。
 声が出なかった。いや、出せなかった。これが、本当の白河葵なのか。
 本当に、やる気なのか。今更ながら、丸腰で来たことに少しだけ後悔を覚えた。
 一歩一歩確実に、俺と白河の距離が詰まっていく。白河は俺だけを見て、俺は白河だけしか見ることが出来ない。
 その整った顔立ちが、心なし赤く見えるのは、恐らく夕日のせいだろうと思った。
 とにかく、早く気絶してしまおう。それだけ考えよう。


65 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (5/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:39:54 ID:JOPAXJ7C
 白河の歩みが止まる。俺は覚悟を決めて目を瞑った。
 ――あれ。まだ来ないのか。少しだけ目を開くと、彼女は頭を下げて手を俺に差し出していた。
「友達に、なっていただけないでしょうか」
 正直言って、軽い眩暈を覚えた。何がなんだかわからなかった。友達。なぜ。
「え、じゃあこの果たし状ってのは一体……?」
 俺はポケットから白河が書いたであろうはずの果たし状を出す。文面を見る限り、とてもそんなことが目的だとは
思えない。むしろ、果たし状という時点でそんなことは思えない。
「その……私はそういう手紙しか書いたことありませんでしたから。書き慣れてる書き方の方が相手に意志が伝わり
やすいかと思ったのですが」
 残念ながら全然伝わってない。むしろ悪い方向に伝わっている。
「いや、そういう手紙って……」
 果たし状を書いたことがある女ってどんな女なんだと思ったが、白河なら確かに書いたことはありそうだとも思う。
「不躾な女だと、自分でも思います。私の人生はこれまでずっと剣のことばかりでしたから……勉強はさせてもらえ
たものの、それ以外のことはどうしても知識が不足がちになってしまって……」
 白河が何を言ってるのか俺にはよく理解できないが、嘘をついている顔には見えない。今時そんな家庭があること
はやはり信じがたいが、あの腕前は剣ばかりの人生という言葉に説得力を持たせるには充分だった。
 それでも疑問は多々ある。
「あの、なんで俺なんだ? 友達なら、男の俺よりは女の方がいいんじゃ……」
「決めていたんです。一番最初に話しかけてくれた人と友達になろうって」
 そう言われると、俺は何も言い返せない。だけど気になることはもうひとつだけある。
「その割には俺が話しかけた時、ものすごく怖い顔してなかったか?」
「あれは……その、話かけられて嬉しかったんですが、そのなんて言ったらいいかわからなくなって。つい……試合
用の顔になってしまったと言うか。緊張すると、いつもあんな顔になってしまうんです」


66 名前:No.12 剣道少女と果たし状 (6/6) ◇tGCLvTU/yA 投稿日:06/10/30 00:40:15 ID:JOPAXJ7C
 もじもじと俯き加減に言う白河。
 俺は言葉を失った。なんていうか、誤解されやすすぎだ。この子。
「やっぱり、ダメでしょうか?」
 不安そうな表情をしている白河は、今まで見たことのない白河だった。
 まいったな。これは予想以上に面白い奴みたいだ。こんな面白そうな奴、放っておけるわけないじゃないか。
「――そうだな。いや、ダメって意味じゃない。そんな顔しないでくれ。友達な、もちろんいいよ。オーケーだ。で
も、友達ってどんなことをすればいいんだ?」
「え? そうですね……まずは、一緒に帰ったり、とかでしょうか」
 遠慮がちに言う白河。俺は無理矢理白河の手を取って歩き出す。
「え、あの……」
 何がなんだかわからない顔をする白河。俺も恥ずかしいが、今なら夕日が赤面してる顔を隠してくれる気がした。
「宮本。宮本祐一だ。よろしくな」
 まだ意図がわからないという顔をする白河。でも、段々とその顔が明るくなっていく。宮本、宮本と何度か呟いて、
「はい、よろしくお願いしますね。祐一」
 そっちで呼ぶのかよ。やっぱり面白い奴だ。
 本当は、俺も気に入っていたんだろう。あのゴリラに一発食らわせた時から、白河葵を。
 聞きたいことは色々ある。なんであのゴリラと戦ってたのかとか。どうして果たし状を書いたことがあるのか。剣
道を始めたきっかけとか。家族のこととか。でも、あせることはない。これから嫌でも、色々知っていくことになる
んだから。そのための時間はまだたくさんある。
 そのためにもまずは、誤解を解いて友達を増やさないとな。ともあれ、これからしばらくは楽しくなりそうだ、と
ニコニコ隣で笑う白河を見て、そう思った。

――おわり――



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