【 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん 】
◆wDZmDiBnbU




47 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (1/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:29:35 ID:JOPAXJ7C
 とりあえず一つわかったのは、うちの猫のみるくが雄だったということだった。

 秋というにはまだ早い季節だが、それでも夜の空気は若干肌寒く感じられる。それが誰
もいない夜の学校ともなれば尚更のこと。ミズハは制服の前襟をあわせると、そっとため
息をついた。
 そもそも夏休みの課題を一日で終わらせようとしたのが間違いだった。だいたいこの学
校は何を考えているのか。いくら国内随一の歴史を持つ魔法科とはいえ、学生は所詮学生、
まだ初等魔女ですらない。それに使い魔を生成させようだなんて、無茶もいいところだ。
ましてや万年尾席のミズハにとっては、文字どおりの無理難題。というより、もうほとん
ど嫌がらせに近い。
 いや、もう何も考えまい。いまはまずその厄介な『夏休みの課題』をどうにかしなけれ
ば――ミズハは決心したように前へと向き直った。重厚なオークの扉。その向こうには、
膨大な蔵書を誇る母校の図書館がある。ここになら、使い魔を元の姿に戻す方法もあるは
ずだ。扉の取っ手に手をかけると、ゆっくりと押し開く。
 むせ返るような、古いインクと紙の匂い。嫌いではないが、さすがに不気味だ。床から
天井の高さまで、その身にびっしりと本を詰め込んだ本棚が、どこまでも並んでいる様子
がうかがえる。この中から目的の一冊を探し出すのは骨が折れそうだ。再びため息をつく
と、ミズハはその部屋へと足を踏み入れた。その後ろから、ひたひたとついて迫る一つの
影。足音の割にはあまりに巨大な気配。
「な、何も見えませんぜ、あにき」
 怯えきった様子でその影が声をかける。低くくぐもった渋い声。しかし花も恥じらう十
七の乙女に向かって『あにき』はどうなのか。
「あんた猫のくせに、なんで鳥目なのよ」


48 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (2/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:31:08 ID:JOPAXJ7C
「あにき、そいつは無茶な注文ってもんですぜ。この姿じゃあどうにもならねえ」
 ミズハは右手のリングに念を込め、知っている唯一の呪文を詠唱した。ブライト。手の
ひらの上に小さく光が灯る。ぼんやりとしたその灯りが、背後の巨大な影を照らし出す。
 ミズハより一回りも二回りも大きなその背丈。筋骨隆々とした太い腕。厚くたくましい
胸板。鍛え抜かれた腹筋。丸太のように太い足。ほぼ裸だが、なぜかパンツだけは履いて
いる。古い神殿で見た古代の彫刻のようなプロポーション。極限まで鍛え上げられたその
肉体が、魔法の灯りを受けて鈍く輝いている。
「でもこの肉体美は嫌いじゃありませんぜ、あにき」
 白い歯とスキンヘッドを輝かせ、脂ぎったくどい笑顔で彼が答えた。
 そう――でも残念、私は大嫌い。
 一人恍惚とした表情ででポージングを続ける彼を残し、ミズハは歩き出した。なんでこ
んなことになってしまったのだろう。目を閉じれば、いまでもありありと思い浮かぶ。つ
ややかな毛並みに、しゃんと伸びた背筋。ピンとはねた長いひげと、ふわふわのしっぽ。
ごろごろと喉を鳴らして甘える、愛猫みるくのその姿。それが、どうしてこんなひどい格
好に。ミズハは思わず目頭を熱くした。
 ごめんなさい、みるく。いますぐ元の姿に戻してあげるから。というか、戻す。何とし
てでも。
 明日は夏休み開け初日の登校日。課題の使い魔生成に失敗しただけならまだしも、こん
な気色悪いマッチョマンを連れて学校になど行けるわけがない。幸い、使い魔使役の最終
段階『契約』までは済んでいない。なんとしても今夜中に全てなかったことにしなければ。
ミズハはその歩みを早めた。確か、使い魔に関する文献の書棚はこっちだったような――。


49 名前:No.11 ?超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (3/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:31:46 ID:JOPAXJ7C
「いやあああああああっ!」
 突如、響き渡る悲鳴。何が起こったの――そう考えるより早く、ミズハは駆け出してい
た。おそらく声の聞こえたであろうあたり、一番奥の書棚にたどり着く。暗闇の向こうか
ら、野太いダミ声が聞こえてきた。みるくだ。
「何じゃ貴様! ここは女子供の来るところでないわっ!」
 手のひらの灯りを奥に向けると、みるくの大きな背中が見える。その影に、何やら人影
が見えた。よくわからないが、多分少女だろう。なんで彼女は女子供で私はあにきなの
か――そんな考えが脳裏をよぎったものの、そんなことを言っている場合ではない。暗闇
の中、一人の少女が謎のムキムキマンに追いつめられている。どう見ても緊急事態だ。
 ミズハの決断は早かった。突然の悲鳴にみるくも興奮している、まずはこれを収めるの
が先決。一足飛びにみるくの背後まで駆け寄ると、その足を思い切り振り上げた。その感
触は想像よりも柔らかかったが――手応え、あり、だ。
 音もなくその場にくずおれるみるく。両手で股間を抑えたまま、かすれた声で「あに
きぃ」と呟く。ミズハを見上げるその顔には、なぜか満足そうな笑顔をたたえていた。気
持ち悪いので、見なかったことにする。ミズハは少女の方に向き直った。そこにはミズハ
のものと同じ制服、そして、見覚えのある顔。
「……アルテミシア?」
 この学校で彼女を知らない者はいないだろう。腰まで伸びた銀色の髪。蒼く輝く大きな
双眼。背は低く、その姿は子供のようでさえあるが、確かに噂通りの可愛らしさ。しかも
大金持ちのお嬢様で、この学校始まって以来の天才少女ときた。悔しいけれど、これでモ
テない筈もない。それが彼女、氷の魔女、アルテミシア。


50 名前:No.11 ?超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (4/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:32:09 ID:JOPAXJ7C
「なんですの、今のは……?」
 まだショックが抜けない様子で彼女、アルテミシアは呟いた。まあ、それはそうだろう。
夜の学校で全裸の大男に詰め寄られれば、誰だってトラウマになる。問題は、この面倒な
事態をどうやって収拾するか――そこまで考えたミズハの目に、思わぬものが飛び込んで
きた。アルテミシアの手にした一冊の本。『サルでもわかる! やさしい使い魔講座 決
定版』――まさにミズハの探していた本、そのものだ。
「……あなたもこの本がご入用?」
 それもこんな日、こんな時間に――そういうと、アルテミシアはゆっくりと身を起こし
た。傍らでうずくまるみるくに目を向ける。が、すぐに逸らす。みるくはまだ笑顔だった。
さすがに直視はできないのだろう。しかし、大方の状況は掴めたらしい。さすが天才。
「まさか人間の使い魔を使役できるなんて、随分高等な術を使うのね」
 いやこれ猫です、とは言えなかった。猫の要素もまるでない。そもそもこれを人といっ
ていいのかどうかさえ怪しい。仕方ないのでとりあえず「まあね」と胸を張るミズハ。そ
れを見て、アルテミシアが微笑む。
「やはりあなたは侮れませんわ、ミズハさん」
 なぜ私の名前を――喉の奥から飛び出かけたその言葉を、ミズハはぐっと飲み込んだ。
どこか冷たい、まるで氷のような、彼女の微笑。突如周囲に魔力が満ちたかと思うと、音
もなく隣の窓が開いた。アルテミシアの手にはどこから取り出したのか、一本のほうき。
「お恥ずかしながら、私、使い魔は苦手ですの。この本、あなたにお渡しするわけにはい
きませんわ。ごきげんよう」


51 名前:No.11 ?超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (5/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:32:30 ID:JOPAXJ7C
 言うが早いか、アルテミシアは身を翻し、そして空の彼方へと飛び去った。鮮やかな手
際。あの詠唱の早さ、本当に天才としか言いようが――ミズハは頭を振った。
 感心してる場合じゃない。追わなければ。
「みるく、ほうき!」
「合点!」
 勇ましい答えが響く。みるくは立ち上がると、力強くその身を捻った。両の腕を持ち上
げ、鍵のように曲げる。みるみると隆起する力こぶ。顔には満面の笑み。
「ぬぅん! これが男のほうき、メンズ・ブルームじゃああ!」
 よく解らないが、自分自身がほうきのつもりらしい。いずれにせよ、考えている暇はな
かった。ミズハは逞しくポージングを決めるみるくを全力で蹴倒すと、その背中の上にま
たがった。ぬるりとしたオイルの感触が気持ち悪い。絞め殺したくなる気持ちを抑えなが
ら、その首に捕まる。すぐさま詠唱。
「あ、あにき! みなぎってきましたぜ! 男のエナジーが!」
 魔力がみなぎり、その場に浮かび上がる。使い魔の効果か、すごい力だ。ミズハの胸が
高鳴る。今までまともなほうきでも真っ直ぐ飛べた試しはないけど、これなら行けるかも
しれない。
「行くよ、みるく」
 元より承知――みるくの返事とともに、さらにその背筋が盛り上がる。気持ち悪い。
「男子刮目ッ! ビルドアップ・ブラストォォォ!」
 聞いたことのない魔法の名前を叫ぶみるく。同時に、周囲に轟音が鳴り響いた。


52 名前:No.11 ?超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (6/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:32:54 ID:JOPAXJ7C
 真っ直ぐ空を飛べたのは生まれて初めてのことだった。まるで曲がらない、というより、
曲がれない。そして、この圧倒的なスピード。風を切る轟音が耳に鳴り響く。俯いていな
ければ呼吸も出来ない。目を開けているのがやっとだ。
 あんなに小さく見えていたアルテミシアの背中が、ぐんぐんと大きくなる。不穏な気配
を察したのか、振り返る彼女。その顔が恐怖に凍り付くのが見て取れる。アルテミシアの
目には一体、どんな光景が映っているのだろうか。夜空の中、驚異的な速度で背後に迫る
笑顔の筋肉男。想像もしたくない。
 ミズハはみるくに捕まる手に力を込めた。今は一刻も早く、あの本を――。
「アイス・ウォール」
 突然の声にミズハが身構えたときには、もう遅かった。目の前に立ちふさがる氷の壁。
そこに豪快に突き刺さるみるく。衝撃――そして、落下。迫る校庭の地面。ミズハはした
たかに全身を打ち付けた。
「いっ、たぁ……」
 跪き腰を抑えるミズハ。その頭上から声が響く。
「まさかあんなスピードでの飛翔ができるだなんて。少しあなたを見くびっていたようで
すわ」
 アルテミシア。上空でほうきに腰掛けたまま、ミズハを見下ろしている。
「普段は落ちこぼれのダメ人間で通っているようだけど、私の目はごまかせなくてよ。あ
なたは、まさに天才」
 ミズハは首をひねった。天才? 何を言っているんだろうか。それに、落ちこぼれのダ
メ人間って。うすうす自覚はしていたとはいえ、やはりはっきり言われるとそれなりに
ショックだ。


53 名前:No.11 ?超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (7/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:33:18 ID:JOPAXJ7C
 落ち込むミズハをよそに、アルテミシアはポケットから何かを取り出した。小さな棒。
タクトだ。
「こういうのをライバルって言うのかしら。どうやらお互い雌雄を決するときたようね」
 さあ遠慮なく、全力を見せてごらんなさい――その言葉と同時に、手にしたタクトが輝
きだす。周囲の空気が張りつめ、肌を指すような冷気が場を支配する。寒い。ミズハは思
わずその身をかき抱いた。吐く息が、白い。
 なにか、重大な勘違いをされているような気がする。
「ちょ、待って! 私はただ、その本が欲しいだけで」
「大層な余裕ね。でも、そう簡単には奪わせなくてよ」
 駄目だ、こいつ、全然聞いちゃいない。早くなんとかしないと――ミズハは右手のリン
グに念を込める。だが、よくよく考えれば、ミズハに使える魔法は光の魔法『ブライト』
だけだ。これでどうやってこの場を凌げというのか。かつてない逆境に、彼女の闘志は燃
え上がった。防御も攻撃も不可能、となれば、残る選択肢は、一つ。
 逃げよう。地の果てまでも。
 ミズハは身を起こすと、一目散に走り出した。魔女というものは体が資本、こう見えて
も脚力には自信がある。まして逃げ足となればなおのことだ。バイバイベイビー。ほら、
あっという間に奴の視界から消え失せて――。
「あぐぇ」
 突如腰に走る鈍い痛み。そういえばさっき、地面に落ちたときに腰を打っていた。もん
どりうって地面に倒れ込むミズハ。もう土ぼこりにまみれた制服を払う気力すらない。こ
の歳で腰痛持ちだなんて、冗談じゃない。いやそれ以前に、生死が危うい。ミズハは上空
を振り返った。


54 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (8/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:34:15 ID:JOPAXJ7C
 雲間に覗く満月を背に、薄く笑う魔女の姿。氷の微笑――現実は甘くない。乙女のピン
チ、そしてジ・エンド。ああ神様、せめて今度生まれてくるときはもっと可愛くしてくだ
さい。あと性格も良くして欲しい。ついでにもうちょっと胸があれば完璧。もうこんな平
たい胸は嫌です。お願い神様、どうか私におっぱいを――。
 神に最期の祈りを捧げるミズハ。観念し、空を見上げると、そこにはタクトを振りかざ
すアルテミシアの姿があった。ああ、グッバイ・マイ人生。そう呟きかけた彼女の視界に、
とんでもないものがよぎった。
 アルテミシアの後ろに迫る巨大な影。鳥? いやそれにしては大きい――いや、でかす
ぎる。
「ちょっと何アレっ!」
 ミズハが叫んだのと、アルテミシアがその影に気づいたのはほぼ同時だった。聞いたこ
ともないような、奇妙な鳴き声が響き渡る。振り返ろうとしたアルテミシアが、中空でバ
ランスを失うのが見えた。
「アルテミシアっ!」
 落下。あの高さから落ちたのでは、運が良くても一生腰痛持ちだ。ミズハは思わず目を
つぶる。そして、鈍い落下音――だが予想したその音の代わりに、聞こえてきたのは意外
なものだった。
「ぬぅん!」
 無駄に男らしい渋い声。正直思い出したくもなかったこの声は。
「マッスル・キャッチング。怪我はないかね、ひ弱な娘よ」
「みるく! あんた、でかした!」


55 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (9/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:34:38 ID:JOPAXJ7C
「あ、あにき! そんなところにいたんですかい?」
 アルテミシアをその腕に抱えて駆け寄るみるく。それより、どこにいるか見えてすらい
なかったのか。なんて使えない使い魔。
「アルテミシア、あんた大丈夫?」
 ミズハはみるくの腕の中を覗き込んだ。そこにはみるくのボディオイルでべとべとになっ
たアルテミシアの姿。どうやらあまり大丈夫でもないらしい。自失呆然としたまま、彼女
が呟く。
「なんてこと……あの氷の檻を抜け出してくるなんて」
 アルテミシアは夜空を見上げた。飛び回る巨大な影。ミズハの二倍程度はあるだろうか。
「抜け出すって、あの鳥こと?」
「ブラック・ワイバーン。鳥に見えるけど、竜属よ」
 私が呼び出したの。使い魔として――小さく震えたまま、アルテミシアは続けた。
「でも駄目だった。言うことを聞かないのよ。だから元に帰そうとして、それでこの本が
必要だったの」
 なるほどね――ミズハは頷いた。竜族。人間以外で唯一魔力を持つ動物。魔女の一人や
二人に何とかなるような代物ではない。ミズハは再び上空の影に目を凝らした。
「じゃあとにかくアレ、なんとかしないと駄目ね」
「無理よ、できっこない」
 アルテミシアは半ば叫ぶようにして言った。
「上級魔法の氷の封印を破ってきたのよ! どうするっていうのよ! あんなのもう私た
ちじゃどうにもならないじゃない!」
 ぱん、と乾いた音が校庭にこだました。
「あ、あにき……」


56 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (10/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:35:03 ID:JOPAXJ7C
 ミズハが振り抜いたばかりの平手を握りしめる。
「いい加減にして。このままじゃあんた、無事じゃ済まないのよ。落ち着きなさい」
 その言葉に、アルテミシアはぼろぼろと泣き出した。
「だって、どうしようもないじゃない……」
 さっきまでの気丈さはどこへ行ってしまったのだろうか。いくら天才といえども、やは
り女の子には変わりないのだ。それを言うならミズハも同じことなのだが、先に泣かれて
しまった以上、一緒に泣いてもいられない。なんとかしなくては。
「あにき、いくらなんでも泣かすのは可哀相ですぜ」
 困ったような顔でうろたえるみるくをよそに、ミズハは考え込んでいた。どうしたらい
い。どうすれば、あのでかい鳥野郎をおとなしくできるのか。
「……あんた、さっき氷の檻って言ったわよね」
 氷の檻。うまくいくかどうかわからないけど、何もしないよりはマシだろう。
「さっき私を撃ち落とした氷の壁で、あの鳥を包むことってできる?」
 そんなの無駄よ、すぐ破られる――アルテミシアは相変わらず泣きっぱなしだ。ミズハ
はみるくに命じて、彼女を地面に立たせてやる。
「それでも少しくらいは持つでしょ。あとは私がなんとかするから」
 ミズハはそう言うと、アルテイシアを抱きすくめた。
「しっかりして。あなた氷の魔女でしょ。あなただけが頼りなの」
 耳元で囁いてやると、彼女は少し落ち着きを取り戻したようだった。
「言われなくったって、わかってるわよ」
 すすり上げながらも、アルテイシアはミズハの手を振りほどいた。泣きはらした目を袖
で拭いながら、夜空を見上げる。巨大な竜と対峙するその顔に、もう怯えの色はない。あ
とはこの策が上手くいくかどうか。


57 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (11/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:35:23 ID:JOPAXJ7C
 アルテイシアはゆっくりと、タクトを振り上げた。
「アイス・ケイジ!」
 ほとばしる蒼い閃光。彼女の小さな体に込められた魔力が解き放たれる。突如として校
庭は吹雪に包まれた。空が氷に包まれてゆく。圧倒的な、冷気の結界。上空のワイバーン
が、みるみる氷の壁に閉じ込められてゆく。
 悔しいけれどこの子、本当に天才かもしれない。
 ミズハは口元が緩むのを感じた。感心している場合じゃない。まだ仕上げが待っている。
「みるく、ほうきっ!」
「男の青春、メンズ・ブル――」
 言い終わる前にミズハはその背中に飛びついた。飛ぶ、全力で。目標は、上空の氷塊。
右手のリングがほのかに輝く。
「ぬぉお! 行くぞ男の――」
 爆音。遥か上空を目指して筋肉の塊が飛翔する。ミズハはすぐにその背中から振り落と
されたが、それでいい。見上げると、みるくが尻から炎を吹き上げて飛んでいる。野郎、
あんなことになってたのか。再び意識をリングに集中する。
 破壊音。氷でできた満月にみるくが突っ込んだ。その肉体を空にぶら下げて、頭だけを
中に突っ込んでいる。今だ――ミズハは自分の持ちうる全ての魔力を解放した。
「ブライトっ!」
 みるくのオイリーな笑顔が、太陽のように輝きだす。その猛烈な閃光は、繰り返し氷の
檻に反射して――。
 大空に咲く巨大な花火。二人はしばらく、その幻想的な風景に見とれていた。


58 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (12/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:35:50 ID:JOPAXJ7C
 校庭の上に横たわる巨大な竜。ぐったりとしたその体に、アルテミシアは手を添えた。
「本当に気絶してる……」
 信じられない、といった様子で呟く。
「一体、何をしたの?」
 アルテミシアは傍らに突っ伏したままのミズハに声をかけた。魔力を全て使い果たした
のか、肩で息をしている。
「べつに、ただ光らせただけよ。思いっきりね」
 腰を抑えながらミズハが答えた。氷の反射を使って光を増幅させる。それだけで上手い
こと気絶してくれるんじゃないか。ただそれだけの策だった。
「鳥目だろうし、きっとうまくいくと思って」
「……呆れた」
 ミズハの言葉に、アルテミシアが目を丸くする。
「鳥じゃなくて竜属だって言ったでしょう?」
「でもこんなのどう見たって鳥よ。まあいいじゃない、うまくいったんだし」
 そういって大の字になるミズハに、アルテミシアは溜息を漏らした。負けたわ、私の完
敗ね――そう言って、彼女は微笑んだ。暖かみのある、真っ直ぐな笑顔。なるほど、これ
でモテないはずがない。ミズハも思わず笑顔を返していた。
「ねえアルテミシア。ちょっと思ったんだけど」
 仰向けのまま、ミズハが呟く。
「この子、言うことを聞かないって本当?」
 きょとんとするアルテイシアに対し、ミズハは続けた。
「氷の封印を破ったのに、暴れるでもなくあなたのところに真っ直ぐ飛んできたんでしょ。
よくよく考えたら、随分となついてるように見えるんだけど」


59 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (13/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:36:14 ID:JOPAXJ7C
「確かに暴れはしないけど……でも、使い魔って魔女の言うことを全て聞くものでしょ」
 戸惑うアルテミシア。ミズハの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。地に落ちた本を拾い上
げる。『サルでもわかる! やさしい使い魔講座 決定版』。もどかしくそのページをめ
くる。
「アルテミシア、あなた『契約』は済ませたの?」
 開かれたのは『契約』のページ。そこには、使い魔と口づけを交わす魔女の挿絵。
「……知らなかった」
 本当に知らなかったらしい。みるみる赤くなるアルテミシアの様子に、ミズハは思わず
吹き出した。
「ちょっと、何赤くなってるのよ! こんなのただの契約なんだから、そんなに気にしな
くたって」
 その言葉に、アルテミシアは首を振った。
「ううん、私はいいんだけど、ミズハ、あなたの場合は……」
 ミズハははっとした。あの筋肉団子と、私が?
「ち、違うの! 私もまだ契約してなくて、あの子の体を元に戻すために――」
「あにきぃ!」
 野太い声。ワイバーンと一緒に気絶していた例の使い魔が、目を覚ましたか。
「とにかくこの本はもらって行くからね。あなたにはもう必要ないでしょ?」
 しばらくの逡巡の後、アルテミシアは頷いた。満足げな笑顔で起き上がるミズハ。すぐ
に腰を抑えて倒れ込む彼女を、その使い魔が支える。その様子を見て、アルテミシアは微
笑んだ。


60 名前:No.11 超魔法兄貴 みるく☆ぷろていん (14/14) ◇wDZmDiBnbU 投稿日:06/10/30 00:36:36 ID:JOPAXJ7C
 ――あなたにもその本、必要ないんじゃないかしら。
 心の中で呟きながら、二人の姿を見つめる。痛そうに腰をさすりながら、使い魔におぶ
われて去って行く魔女。なんだかんだ言って、結構お似合いだと思うわよ――アルテミシ
アは、傍らの竜へと振り返った。
「あなたも、頼りがいのある使い魔になってくれるのかしら」
 誰へともなくそう呟くと、彼女は、竜の鼻先へと口づけた。

「いやその、まあ確かに腰は痛いんだけどさ」
 ベッドの上に寝込んだまま、気まずそうに言い訳をするミズハ。新学期の初日から学校
を休むくらいだ、余程腰の具合が悪いに違いない――責任を感じたアルテミシアが彼女の
元を見舞うのは、当然と言えば当然だった。
「それよりも昨日、全部魔力使い果たしちゃったじゃない」
 また失敗しちゃったのよね――そう呟く彼女の後ろから、例の野太い声が聞こえてきた。
「あにきぃ! おかゆできましたぜ!」
 小さな扉を蹴破るように飛び込んでくる使い魔。その姿は、昨日とほとんど変わらない
ように見えた。わずかな点を除いては。
「なんかね、部分的には元に戻ったんだけど」
 均整のとれた巨躯に、可愛らしい猫の耳としっぽ。アルテミシアは思わず吹き出した。
ある意味これも、彼女らしいのかもしれない。
「ちょっとあんた、なんでおかゆにプロテイン入れてんのよー!」
 容赦なく蹴り上げるミズハ。笑顔のまま悶える使い魔みるく。こういうのを見ていると、
魔女も悪くないと思える。
 奇妙なライバルの誕生に、アルテミシアは心からの笑顔を浮かべた。



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