11 名前:NO.3 砂漠でのできごと (1/4) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/29 21:11:25 ID:6Wo42FwO
むかし、むかし。
或る砂漠の真ん中で、一人の男が歩いて居りました。
防砂の為のコートを厳重に身に纏い、肌を晒しているのは、瞳とその周辺位しか有りません。
彼は足場の悪い、何処までも続いていく砂と砂利の大地を、よろよろとよろけながら、それでも懸命に進み続けています。
ちゃらり、ちゃらり、と、その胸では、一つのペンダントが音を立てて揺れていました。
さて。
そんな彼を、天高い空から見詰める二つの視線が有りました。
太陽と、北風です。
「なぁ、太陽。アレは、一体如何してあんな所に居るのだろうな?」
と、北風が太陽に問いました。
アレ、とは勿論男の事です。
「さあ、如何してでしょうね。伝令でも届ける為か、罪人として追放されたか、或いは只の旅人か」
太陽は飄々として、歌うように答えます。
「何れにせよ、此のままでは、砂漠を渡り切る事は不可能でしょう」
「……ああ。そうだな」
北風は黙って、その男を見詰めます。
どさり、と男が砂に足を取られて転びます。
しかし、男は直ぐに起き上がり、再び前に向かって歩き出しました。
「……なぁ、太陽」
「何ですか?」
「一つ、賭けをしてみないか?」
唐突な事を言い出した北風に、太陽が怪訝そうな顔を向けます。
「賭け、ですか?」
「ああ。賭けだ。あの男が着ているコートを脱がせられた方が勝ちだ」
12 名前:NO.3 砂漠でのできごと (2/4) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/29 21:11:52 ID:6Wo42FwO
「珍しいですね。貴方がそういう事を言い出すのは」
「ふん。別に良いだろう。其れよりもやるのかやらないのか、答えろよ」
太陽は少しの間思案していましたが、特に他にやる事も無かったので、その賭けに乗る事にしました。
「では、順番は――私が先でも構いませんか?」
「……ああ」
太陽の、ともすれば勝手とも取れる提案を、北風は特に反論もせずに了承しました。
太陽はそんな北風に小さな不信感を抱きましたが、深くは気にしないで、遥か下界の男の方に向き直ります。
「それでは、行きますよ」
太陽はそう言うと、じりじりと、男に向かって光を一層強く照り付け始めました。
みるみるうちに砂漠の気温が上昇して行きます。
気温がもっと高くなれば、男は暑くて堪らずにコートを脱ぐだろう、と太陽は考えたのです。
男の足取りが、ふらふらと重くなり始めました。天を仰ぐと、心成しか陽射しが強くなっているように感じられます。
男はそれを確認すると、少しだけ肌蹴始めていたコートに手を掛けました。
太陽は勝利を確信しました。
が、男はコートを脱ぐ事はなく、より一層強く、身体にコートを巻き付けたのです。
砂漠を行く者ならば誰でも知っている筈です。砂漠で地肌を晒すという行為が、どれ程までに危険な行為なのかを。
男も、勿論それを知っていました。故に、どんなに暑くても、コートを脱ぐ訳には行かなかったのです。
しかし、其処まで深く人間の事を知らない太陽は、暫くの間、ずっと男に陽射しを照り付け続けていました。
そこへ、
「おい、もう良いだろう」
と、北風が声を掛けました。
「……分かりました」
太陽は素直に引き下がりました。何故か自分には出来なかったが、北風も男のコートを脱がす事は不可能だろう、と思ったからです。
北風に出来るのは、強く風を吹かすだけ。
あれだけ厳重に巻きつけられたコートを吹き飛ばすのは、どう考えても不可能でした。
13 名前:NO.3 砂漠でのできごと (3/4) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/29 21:12:09 ID:6Wo42FwO
北風が、強い風を起こし始めます。
しかし、其れは太陽の予想とは違い、全く別の方向に向かってでした。
「何をやっているんです?」
太陽は北風に聞きましたが、
「まぁ見ていろ」
とだけ北風は答えて、その後も長い間、何処かの空へと風を送り続けました。
太陽が北風に問答を繰り返し、もういいでしょう、結局貴方も出来ないのではないのですか? と言い出した頃、漸く北風は風を止めました。
「ほうら、矢張り貴方にも出来なかったんじゃありませんか」
太陽が勝ち誇ったような表情で言います。しかし、
「いいや、見ていろ」
そう北風が言うと、急激に、男の頭上が暗く成り始めました。
ぽつぽつ、と乾いた砂に、小さな水滴が落ちて行きます。それは直ぐに量を増し、大雨となって、砂漠に降り注ぎ始めました。
そう。北風は風を使って、遠くから雨雲を連れて来たのです。
男は暫くの間、呆然と頭上を見上げ、立ち尽くしていました。
そして、弾かれたように近場の大岩の影まで走って行き、コートを脱いで、その水滴を掃ったのでした。
「俺の勝ちだな」
北風は太陽に向かって、勝ち誇ったように言いました。
太陽は憮然として、男の行動を見下ろしていましたが、突然、そういう事ですか、とにやにやと笑い始めました。
ぎくり、と北風が身体を震わせます。
「最初から言ってくれれば良かったのに」
「……う、うるさい!」
太陽の言葉に、北風は勢い良く顔を逸らしました。
14 名前:NO.3 砂漠でのできごと (4/4完) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/29 21:12:29 ID:6Wo42FwO
「……これは、奇跡か」
雨が降り続ける目の前の光景に、男は思わずそんな言葉を漏らした。
ありったけの水筒を空に掲げ、その中身を満たして行く。
それらの中身は全て、随分と前に飲み干してしまっていた。
「リフィール――私はまだ、進めるよ」
跪き、病に倒れた妻の名前を呼ぶ。御守りに、と渡されたペンダントを握り締め、彼は神に感謝した。
荷物の中には、やっとの思いで手に入れた、一瓶の魔法薬。
そして彼は立ち上がり、コートを再び身に纏う。
その胸元で、風の神を象った一つのペンダントが、ちゃりりと綺麗な音を立てた。
終。