【 彼女が薬と笑ったら 】
◆uzrL9vnDLc




11 名前:彼女が薬と笑ったら 1/5 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/23(佐賀県民) 22:37:47.64 ID:6WzY5U4Z0
 恋の秘薬を手に入れた。どんな恋でも叶う魔法の薬。
 どうやって手に入れたのかって?今時のことだからネットで……と思うかも知れないが、
実は三丁目裏通りの婆さんからもらったんだ。全部の歯が金歯の怪しい婆さんからさ。嘘
みたいだけど、本当の話なんだから仕方無い。
 もちろん、そんな怪しい薬をすぐに信じた訳じゃないぜ。ちゃんと試したさ。手始めに、
うちで飼ってるメス猫のナナに飲ませてみた。そしたらナナのやつ、四六時中ゴロゴロと
俺の足に擦り寄ってきて離れやしない。前は俺が餌をやっても見向きもしなかったくせに。
俺は確信した。この薬は本物だ。
 問題は、どうやってこれを彼女に飲ませるかだ。軽音系のサークルで一つ年上の彼女。
普段はそっけない彼女とは、まだ一緒に食事に行ったことさえない。薬は粉末状なので、
何かに溶かして飲ませることは可能だが、チャンスがなければ意味が無い。
 部室のスプリングの効かなくなったソファーに身を埋めて思案していたら、喉が渇いて
来た。ちょうど机の上に、誰かの飲みかけのウーロン茶が置いてあった。かまうもんか、
飲んでやれ。
 十分くらい後、ガチャリと戸が開いて彼女が入ってきた。
「あー疲れた。ヒロ、悪いけどコーヒー買ってきて」
ピィンと投げられた五百円玉を受け取り、俺は内心ほくそ笑んだ。またとないチャンス。
どうやら神様も、今回は俺を味方してくれるつもりらしい。
 カップ式の自販機でコーヒーを買い、薬を溶かす。何食わぬ顔で戻り、ちょっと不機嫌
そうな顔をつくって彼女に渡した。
「はいよ」
「サンキュ」
 彼女は美味そうにそれを飲んだ。

12 名前:彼女が薬と笑ったら 2/5 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/23(佐賀県民) 22:38:26.36 ID:6WzY5U4Z0
 そこからは面白い様に事が運んだ。久しぶりに皆で飲みに行くかとやってきた居酒屋で、
彼女は俺の隣の席でなんだかいいムードに。終電で帰る奴らが出てくる頃、俺は成り行き
で、酔ってしまった彼女を送ることになった。帰り道、どうしても休みたいとせがむ彼女
に逆らえず、結局このホテルの一室まで来てしまった訳だ。
 彼女は今俺の横で寝ている。少し苦しそうな表情。上気した頬。少し乱れた長い髪。そ
して濡れた唇。そのどれもに俺は興奮した。俺の理性は、もはや決壊寸前だった。
 彼女がゆっくり目を開けた。
「起きた?」
「……」
 彼女は答えない。ただ、じっと俺の顔を見た。
「何?」
「……私に全部言わせる気?」
「え?」
 俺は彼女をの目を見た。その真剣な瞳には、酔いの色など微塵も浮かんでいなかった。
「もうわかってるんでしょう?」

 その夜、俺たちは一線を越えた。


13 名前:彼女が薬と笑ったら 3/5 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/23(佐賀県民) 22:39:04.23 ID:6WzY5U4Z0
 翌朝目覚めると、彼女はすでに起きてベッドの傍らに座っていた。
「起きた?」
「ああ……」
 彼女から渡された寝覚めの水を飲み干すと、幾分意識がはっきりしてきた。どうやら俺
の方は多少酔っていたらしい。まったく、情けない。
「ごめんね」
 突然彼女が言った。感情の篭らない、透明な声だった。
「昨日、実は見ちゃったの。あなたがコーヒーに薬を入れるところ」
 心臓が、ばくん、と音を立てたのが聞こえた。
「あのコーヒー、飲んだ振りして後で全部吐いちゃったの。気がつかなかったでしょう?」
 拍動がずきんずきんと胸に響くたび、激痛が走る。おかしい。これは……毒?まさかさっ
きの水の中に……
「ずっと前から気づいてたのよ。あなたが私に異常な視線を向けていることに」
 違う!それは俺が……本当に、君の事を……
「殺られる前に殺れ。悪く思わないでね」
 彼女がクスリと笑った。目が、かすんできた……
「本当はあなたのこと、ちょっとだけ好きだったわ」
 そう彼女が言った気がした。そこで、俺の意識は途切れた。


14 名前:彼女が薬と笑ったら 4/5 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/23(佐賀県民) 22:39:37.88 ID:6WzY5U4Z0
「……ヒロ……ヒロ!」
 彼女の叫び声で、今度こそ本当に目が覚めた。目の前に、心配そうな彼女の顔。
「ヒロ、どうしたの?随分うなされてたけど」
「……怖い夢を見ていたんだ。君に殺される夢」
「あら」
 彼女が笑った。
「そんなはず無いでしょう?こんなにあなたを愛しているのに」
俺は彼女にそっと口付けると、もう離さないよと誓うように、きつく抱きしめた。

「(……うまくいったみたいね)」
 微笑む彼女の右手には、実は茶色の小瓶が握られていた。それにはこう書かれていた。
『Love Potion No.9』

(終)



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