【 天使の秘薬 】
◆QfHq1EEpoQ




14 名前:品評会用『天使の秘薬』 1/6 ◆f1qkxNbpL. 投稿日:06/10/23 20:36:01 ID:Mu1ilWNs
 本当に好きなら手段を選ぶな。何としてでも手に入れろ。もしもお前が本気なら、力を貸してやってもいい。
 きっと、天使の言いたいことは、そういうことなんだろう。だから、ずるくなんかない。これは、天使公認の恋なのだから。


 俺には好きな人がいる。今現在、窓際の席でせっせと板書をノートに写している小柄な眼鏡っ子、沢井遥ちゃんだ。
(ああ、相変わらず今日も可愛いなぁ)
 相変わらず今日も溜息をつく俺。あっ、今、髪かきあげた。肩にかかる綺麗なストレートヘアも、授業中は邪魔物でしかないようだ。
片思い。いつ終わるとも知れない地獄の苦行。いや、本人に直接確認したわけじゃないから、もしかしたら両思いということもあるの
かもしれないのだが。ああ、そうだったらいいな。彼女が俺の方を見て微笑んで、俺も応えて微笑んで、彼女が恥ずかしそうに俺の手を
握って、俺も彼女の手をギュッと強く握り返して、照れて真っ赤になった彼女の顔が徐々に俺の顔へと近づいていって──
「おい、鈴原。授業中ににやけるな。気持ち悪いぞ」
「ッハ!」
 黒板の前に立っていた先生の一言で我に返った。が、時既に遅し。クラス中の視線は一様に俺へと集まり、やがて教室は笑の渦へと
巻き込まれた。先生は、騒ぐんじゃない、などと適当に言っているが、どう考えてもあなたのせいです。本当に責任取ってくれ。
くっそ、あの野郎……などと思いつつ、チラッと遥ちゃんの方を見ると、彼女もクラスの雰囲気に呑まれ、一緒になって笑っていた。

「あ〜、遥ちゃんに笑われた……。すまん、友よ。俺は死ぬかもしれん」
「また沢井の話か。お前も本当、物好きだよな」
 昼休み。俺は友人と教室で昼飯を食べながら話していた。もちろん、同じく教室で昼食を取っている遥ちゃんには聞こえないように。
「お前は遥ちゃんの良さを知らんのだ。いや、むしろ知らんでいい。遺憾ではあるが、ライバルは少ないほうがいいしな」
 言って、俺は思いを馳せる。そう、あれは忘れもしない、去年の学祭後の打ち上げの場でのことだった。

 二クラス合同で行った打ち上げには、うちのクラスからはおよそ五分の四くらいの人数が参加した。二度目の学祭は一年の時よりも
大いに盛り上がり、それに比例するように、打ち上げの規模も前年に比べて大きなものになった。高校生の俺達は当然まだ未成年では
あったのだが、ああいう場でそんなことを気に止める者はいない。クラスでも割と盛り上げ役になることの多い俺は、色んな奴に
飲まされた。予想以上の自分の酒の強さに驚いたものだが、周りがあらかた酔って寝静まる頃には、さすがに少し気分が悪くなっていて。
それで、夜風に当たろうと思ってちょっと外に出た。酔っていたせいもあるのかもしれないが、外は星がとても綺麗だったのを覚えている。
そして、夜の空気を吸うと気分が良くなるってのは本当だったんだな、なんて考えながらぼんやりしていた時、唐突に後ろから声がした。
「な〜に、してるのかな?」
 声のした方に振り向いたら、そこに、彼女が立っていた。

15 名前:品評会用『天使の秘薬』 2/6 ◆QfHq1EEpoQ 投稿日:06/10/23 20:37:35 ID:Mu1ilWNs
 正直、一瞬、誰だか分からなかった。酔っていたせいもあるだろうし、普段は内気な彼女が、この場にいるとは思っていなかったのも
あるだろう。まあ、何より、彼女が眼鏡をかけていなかったのが一番の理由ではあるのだが。
「……沢井?」
「はい、お酒ですよ〜」
「あ、さんきゅ」
 普段とはあまりにイメージの違う彼女に戸惑いを覚えつつ、俺は何の気なしに、手渡された缶チューハイを一息に飲み干した。
とは言っても、飲みかけだったらしく元々大した量は入っていなかったのだが。そして俺が「あれ、飲みかけ?」と疑問に思うのと同時。
「えへへ、間接キスだ」
 と、彼女がのたまった。瞬間、全身が火がついたように熱くなった。慌てて謝ったり言い訳したりと俺はいっぱいいっぱいになっていた
のだが、彼女は気にした様子もなく、俺の隣に腰を下ろした。彼女もやはり酔っていたのだろう。妙に火照った顔を俺のほうに向けて。
「星が綺麗だね」
 そう、笑顔で言った。俺は彼女のことよく知らなくて。話したことだってほとんどなくて。
だから、彼女の笑顔があんなに可愛いかったんだってことも、あの時初めて知ったんだ。

「その時……なんていうかその……下品なんですが……フフ……勃起……しちゃいましてね」
「何言ってんのお前」
「ッハ!」
 我に返った俺を、友人の怪訝そうな表情が迎えた。と言うより、まるで変質者でも見るような顔だ。
「お前、いい加減直した方がいいぞ、その考えが顔に……というか今は口までいってたが、その、表に出る癖」
「ほっとけ。直そうとして直るもんなら俺だって苦労してないんだよっ。これのせいで今日も遥ちゃんに……」
 思い出したらまた悲しくなってきた。机に突っ伏して嘆く俺の隣で、コイツは呆れた顔をしている。悩みのない奴はいいな。
「まあ、別にいいけどな。それよりお前、今年はどうするんだ? 星涙祭。当然行くんだろ? お前は──」
 ああ、もう何か、物を考えるのも億劫だ。俺は机に突っ伏したまま、顔だけ動かして遥ちゃんの方を見た。やっぱり可愛いなぁ。
彼女と一緒に昼食を食べながら、会話をしている女子たち。でも彼女は、基本的には聞いているだけ。お淑やかな感じが実にいい。
食事中だもんな。ぺちゃくちゃ喋るなんて品がない証拠だ。あっ、話振られてる。何だ、何の話をしてるんだ。俺は密かに聞き耳を立てた。
「ねえ、沢井さんは今年は星涙祭行くの? 天気予報だと何か快晴だって言ってたみたいだよ」
「うん、行くつもり。私は毎年行ってるから。浴衣を着れる機会なんて、この街じゃ星涙祭くらいだし」
 俺はガバッと体を起こし、隣で何やらぶつぶつ独り言を言っている友人の方へ、勢いよくと顔を向けた。
「おい、健介。突然で驚くだろうが、明日は星涙祭行くぞ」
「……いや、だから今その話をしてたんだろうがよ……」

16 名前:品評会用『天使の秘薬』 3/6 ◆QfHq1EEpoQ 投稿日:06/10/23 20:38:56 ID:Mu1ilWNs
 天使の女が、人間の男に恋をした。男もそれを受け入れ、二人は天使と人間という壁を越え、深く愛し合った。
だがそんな二人の関係を、天の国が許すことはなく。やがて二人は再び天と地に引き離され、会うことは叶わなくなった。
女は男を想い、涙を流し続け。天に溜まった涙が、いつしか一滴の煌く星粒となり、地上へと零れ落ちるようになった。
一年に一度、雲一つない夏の夜に天より降るその天使の涙を人々は尊きものとし、雫の降る日を星涙祭として、祭るようになった。
曰く、男を想う天使の恋慕の情に満たされたその雫は極上の媚薬であり、願いを込めて意中の相手に飲ませれば、
たちまちその心は自分のものになるという──

 それが、俺たちの街で毎年夏に開かれる星涙祭の発祥だそうだ。まあ、俺自身その天使の涙とやらを拝んだこともなければ、
周りに実物を見たことのある奴がいるわけでもない。心から信じている奴も中にはいるんだろうが、まあ眉唾だな。
「よし、準備オッケー。夜空には雲一つなし。あとは……笑顔笑顔、これが大事だよな」
 鏡に向かって笑顔を作る。女の子か俺は、などと疑問もあるが、全ては遥ちゃんのため。妥協は許されない。
時計を確認する。待ち合わせの時間は八時だから、今から出れば充分間に合う。健介は時間にうるさいから遅刻は避けないとな。

 待ち合わせ場所に着くと、当然のように先に着いていた健介が、やや怒ったような顔で待っていた。
「遅いぞ、浩平」
「時計をよく見ろ、お前が早いだけだ」
 いつものやり取りを交わし、俺たちは目的地である丘の麓へと向かう。星涙祭は、街外れにある小高い丘の麓で開かれる。
元々は、そこがこの街で一番星が綺麗に見えるというのが理由だったらしい。だが、大量に出た屋台の灯りで星なんてほとんど
見えず、あげく花火まで打ち上げるようになった今では、空を見上げて天使の涙を探すような奇特な人間なんていやしないのだが。
「おお、やってるやってる。見ろ、浩平。人がゴミのようだな」
「そういうのは高みに立って言うもんだ」
 適当に話をしながら歩いていると、程なくして屋台の灯りが見えてきた。既に結構な人数で場は賑わっている。
「んじゃ、ここで解散だな。上手くやれよ? 浩平。最低でも、愛しの遥ちゃんの浴衣姿だけは拝んでおくように!」
「ま、まあな。まずは会えなきゃ話にならんからな。じゃ、また学校でなー!」
 おう、と返事をして健介は人混みに紛れて行った。一人のほうが何かと都合がいいだろう、と気を利かせてくれて、ここから先は
別行動することになっていたのだ。なら最初から別々で行けよと言われそうだが、それはそれ、これはこれ。さて、遥ちゃんを探そ──
「あ、あの、……鈴原、くん……?」
「──へ? ……って、ひ、ひかっ、あ、じゃなくて……さ、沢井、か」
 バックアタック。完全に不意を衝かれた俺は、更に遥ちゃんの浴衣姿に目も意識も奪われ、まともな受け答えが出来なかった。

17 名前:& ◆0015NkUIJE 投稿日:06/10/23 20:39:42 ID:Mu1ilWNs
「す、鈴原くんも来てたんだ。……あ、毎年、来るの? ……星涙祭」
「あ、ああ、まあ、せっかくだからな」
 何か言え。何か言え、俺。何だってあるだろ。黙ってたって気まずくなるだけだぞ。あわよくば、このまま一緒に回ろうって誘っちまえ!
「あー、……と、その、沢井。浴衣似合っ──」
「ほらー! 遥、置いてっちゃうよー!」
「あ、うん、ごめん、すぐ行くー! ……ごっ、ごめんね、鈴原くん」
 俺が返事をする前に、彼女は一緒に来ていたのだろう友達の方へと去っていってしまった。

「はぁ……何やってんだ、俺は」
 俺は祭りの場を離れ、一人、丘の上に来て座っていた。立ち並ぶ屋台や、賑わう人々の姿が見渡せる場所だ。
あの何処かに遥ちゃんがいるのかな、なんて考えてまた落ち込んだ俺を、夏の夜気が優しく包む。やべ、泣きそう。
と、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、夜空に大輪の花火が咲いた。様々な花火が夜空を彩る度、歓声が上がるのが聞こえる。
でも、鮮やかな花火の色彩も、轟く炸裂音も、今の俺の心には届かない。不貞腐れた俺は、空を眺めながら仰向けに寝そべった。
「……ん? 何だ、あれ」
 暫く寝転がっていると、視界の先で何かが光った。煌くそれは、空からゆっくりと落ちてきて。俺は体を起こし、それを手に取った。
「何だ、……小瓶?」
 落ちてきたのは、親指よりも小さな小瓶。中には、虹色に輝く雫が入っていて、それがまるで星粒のように煌いていたのだ。
「……っておい、まさかこれって」
 脳裏に浮かぶのは、例の伝承。天使の涙。作り話だとは思っていたが、絶対に嘘だと断言できるわけではない。現に今、
これは空から落ちてきて、なら、話が本当だったと信じる方が自然なんじゃないだろうか。それに、そう信じてもいいと素直に
思えるくらい、それは綺麗だった。
 この雫に願いを込めて相手に飲ませれば意中の相手と両思いになれる、か。遥ちゃんと両思い……。遥ちゃんと両思い?
「うわあああああ! マジかよ!」
 俺は思わず吼えた。そして小瓶を握りしめ、百万回祈る勢いで願いを込める。
(遥ちゃんが俺のこと好きになってくれますように! 遥ちゃんが俺のこと好きになってくれますように! 遥ちゃんが──)
 その時、人影がこちらに近づいてくるのが見えた。誰だろ、まだ祭りは終わってないんだけどな。何でこんなとこに……って、
「沢井?」
「えっ?」
 丘を登って来たのは、遥ちゃんだった。

18 名前:品評会用『天使の秘薬』 5/6 ◆QfHq1EEpoQ 投稿日:06/10/23 20:40:53 ID:Mu1ilWNs
 どうやら彼女は、人混みの中ではぐれてしまった友達を探して歩き回っている内に疲れてしまい、休憩するために
ここに来た、ということらしい。何でわざわざ丘の上に、と疑問に思ったが、そもそも人混みは苦手なんだそうだ。
「まあ、それでも毎年参加しちゃうんだけどね。あーぁ、せっかく二つ買ったのに、ジュース無駄になっちゃった」
 疲れているからなのか、それが彼女の自然体なのか。いや、単に喋るのに夢中になっているだけなのかもしれないな。
でも、彼女が自然に話してくれるから、俺も何となく、緊張せずに話をする事が出来た。
「友達の分か?」
「うん。……あ、鈴原くん、飲む? あの子はどうせもう自分で買ってるだろうし」
「ん、そうか? 悪い、じゃあ貰おうかな」
 そんな感じで、何となくいい雰囲気のまま暫く話していると、途中から彼女が返事をしなくなった。不思議に思って彼女の方を
見ようとした時、トン、と彼女の頭が俺の肩に乗った。相当疲れていたのだろう、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
何となく悪い気もしたが起こすのも勿体ないので、俺は、天使に祈った御利益でも出たのだろうと思うことに──
「って、すっかり忘れてた……今ってすごいチャンスなんじゃないのか? この天使の涙を遥ちゃんのジュースに入れれば」
 ポケットから取り出した小瓶を眺めて考える。そうすれば、目を覚ました彼女がジュースを飲んだ瞬間、俺に惚れる。はず。
でも、本当にそれでいいのか俺。こんな惚れ薬なんかに頼っていいのか俺。それで彼女の心を手に入れて満足か俺。どうなんだ!
「それ、天使の涙?」
「ああ、これを遥ちゃんが飲めば、俺のことを好きになってくれるんだよ、遥ちゃん。……ってうわあああ!」
 我ながら驚くのが遅い。っていうかそんなこと考えてる場合じゃねえ! どうしよう、これは絶体絶命という奴なのでは。
「あ、ああああ、あの、まだ入れるつもりはなかったというかいやなかったわけでもないんだけど俺は──」
 必死で言い訳をする俺の口を、遥ちゃんの唇がふさいだ。手から、小瓶が零れ落ちる。えと、これは、一体……?
「あの……わ、私……。私、その、最初から……鈴原くんのこと……」
 彼女はそこまで言うと、口を噤んで、真っ赤な顔を俯けた。
 ああ、バカだ。俺は。こんなものに頼って、遥ちゃんにここまで言わせて。
「ごめん」
 抱きしめて、囁いた。こんなに小さな体のどこに、こんなに勇気が詰まっているというのだろう。──でも、今度は俺の番。
「俺は、君が好きだ。……俺と、付き合ってください」
 今更ではあるけど。でも、やっと伝えられたという気持ちのほうが大きい。俺の腕の中、小さな彼女が、僅かに頷く。

 恋の成就を祝福するように、大きな花火が打ち上がり、重なる二人の影を映し出した。

19 名前:品評会用『天使の秘薬』 6/6 ◆QfHq1EEpoQ 投稿日:06/10/23 20:41:37 ID:Mu1ilWNs
 薬指に光るリングを見つめ、遥はため息を一つついた。
星涙祭からの帰り、出ていた露店で浩平が彼女にプレゼントした、ガラスの指輪。浩平は、少し申し訳なさそうに、
少し照れたように、「今はこんな物しか買えないけど」と言ったが。遥には、それは掛け替えのない物だった。
 自分でも、大胆な行動に出たものだと彼女は思う。遥は未だ、胸の動悸を抑えられずにいた。
(天使がきっかけをくれたから、かな)
 中身は零れて無くなってしまっていたが、遥は浩平の落とした小瓶を大切にポケットにしまって持ち帰っていた。
浩平はもう必要ないと言ったのだが、自分を後押ししてくれたそれを、彼女は記念にとっておきたいと思ったのだ。
机の上に置いて、また一つ、ため息をつく。
「結局最後まで、天使に頼りっきりになっちゃった。ありがとう、天使様」
 机の上に二つ並んだ小瓶を見つめ、遥はクスリと、微笑んだ。


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