15 名前:No.04 絆を治した薬 (1/6) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:57:04 ID:0nOf6Gkn
(初めてあいつと喧嘩したな……)
谷川優也は帰り道で一人、佇んでいた。
事の発端は、昼休み。優也は机に足を引っ掛けて、バランスを崩した。幸い、手をついたお陰で転ばなかったが、
左手をついた先は、女子生徒の背中。不運なことに、背中をついた相手は、夏海だった。
「何してんの!? なっちゃんに謝んなさいよ!!」
夏海とおしゃべりをしていた女子生徒が、急に血相を変えて優也に怒鳴ってきた。優也はつい、
「何で!? 俺だってワザとじゃないんだよ!!」
と怒鳴り返してしまった。それを聞いた夏海が怒って、優也に
「謝らなくていいよ! もうあっち行って!!」
その言葉を聞いた瞬間、優也はひどいショックで、何も言わずにその場を後にした。
(どうしてあんなキツい言い方したんだろう……)
優也は後悔していた。冷静になって考えてみた、どうしてあの時謝らなかったんだろう。
(あいつ、相当怒ってんだろうな……)
16 名前:No.04 絆を治した薬 (2/6) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:57:16 ID:0nOf6Gkn
(優君と喧嘩したの、初めて……)
外岡夏海は帰り道で一人、佇んでいた。
事の発端は、昼休み。夏海は友達とおしゃべりをしていた。すると突然、背中を叩かれたような衝撃を受けた。背
中をついたのは、他でもない、優也だった。
「何してんの!? なっちゃんに謝んなさいよ!!」
おしゃべりをしていた女子生徒が、急に血相を変えて優也に怒鳴った。
「何で!? 俺だってワザとじゃないんだよ!!」
それを聞いた優也は怒鳴り返した。夏海はつい、
「謝らなくていいよ! もうあっち行って!!」
と言ってしまった。それを聞いた優也が、何も言わずに出て行ったのを見て、夏海はひどいショックを受けた。
(本当は、優君も悪くないんだよね……)
夏海は後悔していた。冷静になって考えてみれば、どうして「あっち行って」なんて言ってしまったんだろう。
(優君、やっぱり怒ってるかな……)
17 名前:No.04 絆を治した薬 (3/6) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:57:34 ID:0nOf6Gkn
翌日。
「おい谷川! 数学教えてくれ!」
クラスの友達が、自分の数学の教科書とシャープペンシルを持って、優也に話し掛けてきた。
「いいよ。で、どの問題?」
「これ。何で長方形は対角線の長さが同じなんだ?」
「ん? ああ、これか。まず長方形に対角線を二本ひくだろ?そしたら、ABCとDCBの二つの直角三角形が合同
だって事を証明する。それで終わり」
「あ、そうか。サンキュー、谷川!」
数学には自信のある優也。実際成績も良いので、こうやって質問されることも少なくない。
「ねぇ、なっちゃん! 昨日アレ見た?」
夏海は、一人の女子生徒とおしゃべりをしていた。
「アレって?」
「アレよ! 『Mチャン』!」
『Mチャン』とは、今年4月から始まった、巷では大人気の音楽番組のことである。
「ごめん、私昨日見てないんだ」
夏海は昨日、家族で外食していたので、録画しておいて、今日帰ったら見る予定だった。
「えー、見てないの? 昨日面白かったのにー。」
二人は普段どおりの日常を過ごしていた。
18 名前:No.04 絆を治した薬 (4/6) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:57:44 ID:0nOf6Gkn
たった一つ、普段の日常とは違っていた。
優也と夏海は、お互い会話しなかった。
廊下ですれちがっても、目を合わせるだけで、何も会話しない。
教室にいるときも、お互い声を掛けない。
普段よく話している二人が、今日、一度も会話をしなかった。
気分的にキツい。
そう感じた夏海は、一人の女子生徒に相談してみた。
「ねぇ、優君と仲直りしたいんだけど、どうすればいい?」
夏海が相談した相手は、昨日、優也に怒鳴った女子生徒である。
「あぁ、昨日のことでしょ? あたしも言い過ぎたと思うし、一緒に谷川のところに行こ!」
その頃優也は、男子生徒と一緒にサッカーの話をし終えて、教室に戻る時だった。
しかし、突然、
「……コホッ…!」
急に倒れこんでしまった。
19 名前:No.04 絆を治した薬 (5/6) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:57:57 ID:0nOf6Gkn
優也の様子に気づいた生徒たちは、数人が保健室に保健の先生を呼びに行き、数人が職員室に先生を呼びに行き、
数人は優也に声を掛け、あたりは騒がしくなった。
優也を探していた夏海は、その様子に気づくと、すぐに優也の方に走っていき、優也に話し掛けた。
「大丈夫、優君!?」
「……ゴホゴホッ!!」
その様子を見た夏海は、喘息用の薬を優也の口にあてがい、吸入した。
「……ゴホッ! サンキュー、夏海」
先生が呼んだ救急車が到着して、優也は先生に付き添われ救急車に乗っていった。
優也は生まれつき小児喘息を患っていた。今回のように、急に喘息を発症することも、過去に何度かあった。その
ため、普段から、急に喘息が出たときのために、喘息の薬を持ち歩いていた。
優也と夏海は、幼稚園時代からの幼馴染み。夏海も、優也の喘息のことを知っていたので、優也の喘息の薬を持ち
歩いていた。
今回に限って、優也はそれを持っていなかった。ここニ、三年発症していなかったからである。
20 名前:No.04 絆を治した薬 (6/6完) ◇ba5YrE1pk6 投稿日:06/10/22 21:58:17 ID:0nOf6Gkn
優也は病院の一室で目覚めた。どうやら一命を取り留めたようだ。
「気づきましたか」
病院の医師が、優也のベッドの横に立っていた。医師は、優也の意識が戻ったのを確認して、こう言った。
「君は今までに喘息を起こしたことが何度かあるけど、今回の喘息が一番ひどかった。あの娘が薬を持ってなければ、
もしかしたら君は生きてなかったかもしれない」
覚えている。夏海が薬を吸入してくれたんだ。
「あと二日くらい休めば退院できる。退院したら、あの娘にはお礼を言っておくんだぞ」
そういって、医師は病室を後にした。
それから二日で、優也は退院し、次の日から学校に復帰することになった。学校に行こうと家の扉を開くと、
「おはよう、優君!」
夏海が迎えに来てくれていた。
少し前まで喧嘩していた夏海が、家まで迎えに来てくれている。それだけのことに複雑な気持ちな優也だったが、
「ほら、早く学校行こうよ!」
優也は、おう、とだけ言って、二人で登校した。
優也は、喘息用の薬を必ず持ち歩くようにした。それは、いつ再発しても構わないように、という理由ではない。
夏海には迷惑をかけたくない。二人の絆が、この薬にはある。優也はそう思うようになっていた。
学校に復帰する優也は、少しだけ、ひと回りだけ、大人になっていた。
<了>