【 アルコール災害 】
◆KARRBU6hjo




445 名前:アルコール災害 1 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/10/16(月) 00:14:23.72 ID:N9HWLrtX0
 朝起きると、何故か異様に酒臭いサヤ姉が隣でぐっすりと眠っていた。
「……何やってんだこの人」
 寝起きでよく回らない頭を無理矢理フル回転させ、昨夜の状況を思い出す。
 うん。特に変なコトは何もなかったはず。何時も通りに、普通に寝ただけだ。間違っても居候中の従姉妹と一緒にベッドインした記憶は無い。
 それに、ここはちゃんと俺の部屋だ。俺が寝惚けてサヤ姉の部屋で寝てたりしたら確実に殺されるだろうが、この場合来訪者はサヤ姉の方である。
 だから、俺に過失は無い。筈だ。
 そう考えが至ったところで、サヤ姉がもそもそと動き出した。
 うわ、ヤバい。幾ら俺に過失が無いといっても、相手は常時マジメ属性全開の小野寺鞘子その人である。
 起きてすぐ隣に男が居たら、どんな行動に出るかわかったもんじゃない。
 一瞬で眠気と血の気が引いた俺を尻目に、サヤ姉は「むうぅ?」とか言いつつ夢の世界から現世へと着実に帰還を果たそうとしている。
 もう形振り構っていられない。俺は全速力でベッドの上から脱出し、自分の部屋から走り去る。
 背後でサヤ姉が起き上がるような気配を感じたが、この際全部無視して俺は階段を駆け下りて行った。

 しばらく俺は一階のリビングで呆然としていたが、サヤ姉はなかなか二階から降りて来なかった。
 さて、これはどうしたもんだろう。半年もの異性との同居生活の末、初めて起きた嬉し恥ずかしハプニング。いやそうじゃなくて。
 そういえばいい匂いしたなぁ。それ以上に酒の臭いがキツかったけど。
 サヤ姉は酔っ払って俺の部屋に来たのだろうか? でも、どうして? サヤ姉は酒は苦手だと言って、普段から避けていた筈だ。
 昨日は別に夜遅く帰って来た訳でもなく、普通にテレビを見ていたし。
 考えてもよく分からないので、取り合えず顔でも洗う事にした。
 時間的に起きるにはまだ早く、両親も寝室から出てきていないみたいだったが、今から二度寝する気にはなれない。
 俺は洗面所へと歩き出す。その時に気付くべきだった。微かに漂ってくる、その異臭に。

446 名前:アルコール災害2 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/10/16(月) 00:15:49.64 ID:N9HWLrtX0
 結果として俺は、蛇口から溢れる液体で顔を濯いだ瞬間に、激しく咽る事となった。
「な、なんだコレ!?」
 どばどばと流れる透明の液体は、明らかに水ではない。漂ってくるのは猛烈なアルコール臭。
 正直、その臭いだけで酔いそうだ。
 これは、どう見ても酒だ。蛇口から酒が出ている。
 俺は慌てて蛇口を止めて、今度は台所に向かった。その次はトイレ、風呂場と回ってみたが、結果は同じ。
 流れてくる水が、全て酒に変わっている。
 サヤ姉はこれで酔っ払ったのか。多分、朝か夜に水でも飲もうとして、よく確認せずにこの酒に口をつけたのだろう。
 いや、待て、一体どうなってるんだ? 何で酒が水道から出てくるんだよ?
 思い立って、俺はテレビを点けてみた。この時間ニュースがやっているチャンネルに回す。
 そこでは案の定というか意外というか、既に緊急特番が組まれてこの異変を知らせていた。
 画面の中で話すニュースキャスターによれば、何でも東京都一帯の水道の水が、全て謎の液体に変化してしまっているらしい。
 この液体はアルコール成分を多分に含んでおり、一見酒のように思えるが、実際は人体にどんな影響が出るか分かっていない。
 故に、それがどんなに美味しそうに見えても決して迂闊は飲んではいけない。
 もし調子に乗ってがぶ飲みしても、その後の健康の保障はいたしません、だそうだ。
 尚、この謎の酒、結構美味いというか、飲み易いらしい。
 俺も興味に惹かれてちょっとだけ舐めてみたが、確かに未成年の俺でも普通に飲める味だった。
「うー、あたま痛い……」
 と、ようやくサヤ姉が二階から降りてきた。
「あ、竜彦。どうして私あんたの部屋で――」
 サヤ姉が言い終わる前に、俺は同じ事を繰り返し続けるテレビを指で示した。

447 名前:アルコール災害 3 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/10/16(月) 00:16:27.37 ID:N9HWLrtX0
 蛇口から酒でも出ないかなぁ、なんて妄想は結構ポピュラーだけれど、実際に実現してみると、それは確実に一つの災害だった。
 朝から飲酒運転が爆発的に増加し、都心では大規模な交通事故が多発。
 何も知らずに液体を飲んだ人々が急性アルコール中毒で病院に運ばれ、公園ではホームレスたちが競うように水道に口を付ける。
 街は猛烈なアルコール臭と嘔吐の異臭で包まれ、正に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
 水道局は急遽全面的な断水を行ったが、それも既に後の祭。
 酒を飲んで酔っ払った人々と、妄想が現実となった夢に酔っ払った人々によって、都心は大混乱の様子を呈していた。

 取り合えず学校に行ってみたものの、クラスの三分の一と、その上教師の約半数が欠席し、ほとんど休校状態だった。
 来てる奴も、何か皆微妙に酔っ払っている。俺もだ。この濃厚なアルコール臭の中で素面で居ろという方が無理な相談である。
 正直全く授業にならず、結局、三時間目で早々に解散となった。

 家に帰ってくると、家にはサヤ姉が一人で寝ていた。
「大学は?」
「休んだ。二日酔いってキツいね」
「ま、マジメ過ぎるサヤ姉にはいいかもしれないよ」
「うるさい、このバカ」

 その後、水道管の内部から新種の菌類が発見されたと報じられた。
 何でもこの菌は大量のアルコール成分を作り出す働きを持っているらしい。詳しい事は分からないが、兎に角コイツが原因だった訳だ。
 が、現在その駆除法はまだ見つかっていない。
 水道局も何時までも断水をしている訳にもいかず、今でも水道からは酒が溢れてくる。
 東京都からアルコール臭が消える日は、まだまだ遠いだろう。

 終。



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