【 真実はいつもひとつかもしれない 】
◆2LnoVeLzqY




432 名前:真実はいつもひとつかもしれない ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/10/16(月) 00:02:36.52 ID:HTySpkhS0

「まことに申し訳ございませんが、ご年齢を確認できるものを何かお持ちでしょうか?」
 三十代の前半に見える女性店員にそう聞かれ、青年は不器用な笑みを浮かべながらポケットを探ります。
 深夜のコンビニには彼しか客はおらず、また同時に店員は、彼女しかいません。
 スピーカーから流れる音楽だけが、店内に寂しく響き渡っています。
「はいよ、免許証。これでいいよね?」
「確認いたしました。二缶で七百円になります」
 未成年者の飲酒防止を目的に、お酒の自動販売機は近頃すっかりその姿を消してしまいました。
 そうすると、これまで自動販売機に頼っていた未成年は、コンビニにお酒を買いにくるようになったのです。
 ですがもちろん、それは違法です。
 見てみぬふりをして売ってしまうコンビニも多いのですが、ここは他とは違いました。
 お酒が大好きな店長は、同時に未成年の飲酒に厳しい人で、怪しい場合は必ず年齢確認を求めるようにと店員に言い渡しているのです。
「またお越しくださいませー」
 自動ドアが閉まる音を聞き、真面目な女性店員は条件反射のごとくそう言いました。

「いらっしゃいませー」
 自動ドアが開く音を聞き、彼女はやはり条件反射のごとくそう言いました。
 すると大きなめがねをかけた少年が、すたすたと店内に入ってきたのです。
 時刻はもう、零時を回っています。
 ……小学校低学年に見える少年が、こんな時間に一人で買い物ねえ。
 嫌な時代になったものだ、と彼女は心の中で、ひとりごちました。


433 名前:真実はいつもひとつかもしれない 2/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/10/16(月) 00:03:47.73 ID:HTySpkhS0

 やがて少年はレジへとやってきて、少し重そうに、カゴを両手でレジの台に載せました。
 そのカゴの中を見て、女性店員は顔をしかめました。
 お菓子などに混じって、お酒の瓶が入っているではありませんか。
 それはお酒好きの店長の趣味でこの前に入荷した、中国の珍しいお酒でした。
 もちろん、売ってしまえば違法です。厳しい店長にバレれば恐らくクビが飛ぶでしょうし、監視カメラはしっかり回っています。
 彼女は接客専用の笑みを浮かべると、少年の顔をちらりと見ました。
 不釣合いなぐらいに大きなめがねが特徴的ですが、その奥の瞳にはどういうわけか、計り知れない知性が宿っているようにも見えます。
 敬語にすべきかどうか迷ってから、彼女は言いました。
「申し訳ないけれど、はたちにならないとお酒は買えないのよ」
 敬語が中途半端に混じった言葉に、少年は少し上目遣いになりながら答えました。
「お、お使いで、買ってこいと頼まれたんです。……売ってもらえませんか、お姉さん?」
 お姉さんと言われ、三十代半ばに見える女性店員の心は少しだけ揺らぎました。
 それでもやはり、違法は違法ですし、なにより彼女自身の真面目さが、売ることを許しませんでした。
「……ごめんね、売っちゃいけないきまりになってるの」
 そう言うと、さすがに少年も諦めたようです。
「このビールは戻しておくから、それ以外で四百五十円になります」と言うと、少年は素直にお金を払って店を出て行きました。
 ……全く、あんな子にお使いをさせる奴の顔が見てみたいわ。
 誰もいなくなった店内で、彼女は大きくため息をつきました。


434 名前:真実はいつもひとつかもしれない 3/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/10/16(月) 00:06:34.27 ID:HTySpkhS0

「いらっしゃいませー」
 少年が店を出てから一分も経たないうちに、また客がやってきました。
 日に焼けた顔が印象的な、恐らくは二十歳前後の背の高い青年です。
 ……もう深夜だというのに、今日はやけに客が多いのね。
 彼は他の商品にわき目も振らずにアルコール売り場の前に立つと、お酒の瓶をひとつ手にとり真っ直ぐレジにやってきました。
 女性店員がレジに置かれた瓶に目をやると、それはさっきの少年が買おうとしていたのと全く同じお酒でした。
 偶然なのでしょうか。それにしては、少し出来すぎています。
 ……こいつがさっきの少年にお使いにさせたに違いない。
 目の前の青年に怒りを覚えつつも、彼女はマニュアルどおりに対応します。
「申し訳ありませんが、」
「はいはい、免許証ね。おばはん言わんでもわかっとるって」
 店員の言葉をさえぎりながら、関西弁訛りに青年は答えました。
 おばさんと言われ、三十代半ばに見える女性店員の笑顔は少し引きつりました。
 年齢は、逆算すれば二十歳になるものでした。
 ……これで年齢を証明できなかったら、意地でも売らないのに。
 彼女は心の中で、とても悔しがりました。


436 名前:真実はいつもひとつかもしれない 4/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/10/16(月) 00:08:52.54 ID:HTySpkhS0

「はいよ、これ。パイカル言うたっけ? こないな珍しい酒が、よくこんなコンビニにあるもんやなあ」
 コンビニの外では、先ほどの大きなめがねをかけた少年が待っていました。
 関西弁の青年からそれを受け取ると、少年のめがねは白く輝いたように見えました。
「ああ、俺も最初は驚いたよ。だが役にたつならそれでいいさ」
 その瓶の銘柄を確認すると、やがて二人は歩き出しました。
「……でも工藤、それいつ使うんや?」
 関西弁の青年に工藤と呼ばれた少年は、少しだけうつむきました。
「使わずに済むのが一番だよ、服部」
 服部と呼ばれた関西弁の青年は、まぁそりゃそうだわな、とだけ答えました。
「そういえば、年齢聞かれなかったのか?」
 工藤が見上げるように問い掛けます。
「ちょちょいと免許証いじったんや……普通のおばはん店員なら気付かへん。ウソも方便や」
 それは意味が違うだろ、と工藤は呆れたように明後日の方角を向きました。
「……とにもかくにも、今はこいつやな」
 それから服部は急に真面目な顔になると、ポケットから一枚の写真を取り出して、それを眺めます。
 その写真の裏には、変装後、とだけ書いてありました。
「今のキッドの変装は……若いあんちゃんやけど、顔はずいぶん違うなあ。これは探すの面倒や」
 工藤も服部も、これからのことを考えるためか、真剣な顔で下を向きました。 

 その写真の青年は、二人が来る直前まであのコンビニにいたという事など、工藤と服部には知る由もないのでした。



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