【 幸せ螺旋 】
◆U8ECTUBqMk




82 名前:No.20 幸せ螺旋 (1/5) ◇U8ECTUBqMk 投稿日:06/10/08 23:45:57 ID:ErZeUIuu
 草木が眠りにつく頃。  
 ドブ臭い路地裏。ごみ溜めで、ネズミやゴキブリと共に生存を確保している浮浪者が、羨ましげな目をやる。  
 真夜中の人が居ない表通りの路地裏は、人外魔境の様であった。  
 細長い人外魔境を一人の男が歩いている。  
 表通りとは、一線を隔す路地裏の出口付近で、男の足がピタ、と止まる。
 男の正面には『優しさの共有』と書かれ、白いテントに覆われた簡素な露店があった。  
 その奥には、蝋人形の様に乾いた肌の老婆が佇んでいる。
「『優しさの共有』? 婆さん、何これ?」 男は好奇心を抱き、老婆に疑問を問いかけた。
「この世の『理』でございます。世界は『理』で成り立っております」
「へぇ〜。ところで、ここは何してる所? 見た感じ占い屋さんみたいだけど」
「『理の伝承』と言った所でしょうか。占いではありません。わたくしはこの場所で待っている のです。貴方の様な仔羊を」
「仔羊? ハハ……仔羊か。あながち間違ってもないかな。その『コトワリ』って何なんだい?」
 老婆はシワだらけの目を男に向けた。
「この世界には、幸せになる人と不幸せになる人がございます。その実、表裏一体であるのです。
これを『正負の法則』と言います。この世界の『理』でございます。そして、人々は常に幸せでありたいと考えます。
しかし、現実には不幸せな人も存在するです。幸せがあれば不幸せもある。ただ一つ幸せであり続ける方法を除けば」
「ほぉ〜。どんな方法?」
 男は腕を組み、老婆の返答を待っていた。
「これ以上は、それなりの代価と、覚悟が必要となります」
「代価? もしかして、料金だったり?」
「はい。五百円になります」
 男はハァ〜とため息をつき、ポケットの中から無造作に小銭を取り出した。
「大体五百円くらいはあるだろ。おつりはいらないからね」
 老婆は小銭を慎重に数え、七五〇円を回収し、口を開いた。
「覚悟はあるようですね。幸せであり続けるためには、不幸せな人を救うのです。ただそれだけであります」
「たったそれだけ? 良い事すれば幸せになれる、か。面白いな。婆さん、もしかして俺がお客さん第一号?」
「いいえ。貴方を含め、この『理』を知る者は三名になります」
「そうか。叶うかは別として、この心掛けは忘れないでおくよ。じゃあ、その金は、婆さんを幸せにするためだと思って渡しとくよ」
 男はそう言うと、露店を離れ、真夜中の表通りへと姿を消した。

83 名前:No.20 幸せ螺旋 (2/5) ◇U8ECTUBqMk 投稿日:06/10/08 23:46:14 ID:ErZeUIuu
 焼き付けるような熱を帯びる太陽が、男の肌に汗をかかせた。
 職場へ向かう途中、男は表通りに立ち並ぶ赤い自販機を見つけ、冷たい飲料水を購入した。
 男の隣で同様に購入していた若い女性が、釣りを落とし、声を上げる。
「あっ、もー! サイアク〜。下に入っちゃったら、五十円取れないじゃん」
「あ〜あ。災難だね。お姉さん、ちょっと待ってね」
 男は女性に声をかけ、財布の中から五十円玉を取り出し、女性に渡した。
 女性はしばらく考え込んだ挙句、男に五十円玉を返し、礼を言い足早に走り去った。
 その時、道路から何かを投げつけられ、男の足に当たった。
 颯爽と通りすぎる白い軽自動車の窓からは、親指をピンっと上に立てた細い腕がのぞいていた。男の足元に五十円玉が転がり落ちる。
  
 駅の改札口。切符売り場に切符の購入に苦戦する少年がいた。
 男は運悪くその子の後ろに並んでいた。男は居ても経っても居られず、少年に声をかけ、切符の購入方法を教えた。
「お兄さん、ありがとうございます。助かりました」
 列の流れが滞った所為で改札口は混雑し、思うように前に進めなかった。
 男は時計を気にしながら、必死でホームへと向かう。
 ホームに電車が到着した。男はなんとか階段を上り終えると、目の前の車両へ飛びこんだ。
 通勤ラッシュでギュウギュウ詰めの車両。しかし、男の車両だけ、五人しか乗っていなかった。
 空調の効いた車両の中、男は悠々と大きく腕を広げ、座席に座り、目的駅まで眠りに落ちた。

 数多の人が交錯する巨大交差点。スタートを告げると一斉に流れ出す人の群れ。
 そんな中、男は倒れこむ男性の姿を目撃した。
 男は男性の腕を取り、肩に乗せた。そして、歩みを合わせゆっくりと渡りきった。
「申し訳ない。こんな手間を……」
 男は恐縮しながらも、苦笑いを浮かべた。
「何かお礼をしたいのですが、生憎、見知らぬ女性から貰ったこんな物しか……」
 男性が取り出したのは一枚のクシャクシャな紙切れだった。
 男は呆然と佇み、人ごみに消えていく男性を眺めていた。一枚の宝くじを手に――
 
 ――職場で男は、新聞紙を片手に悲鳴を上げた。
 男性から貰った宝くじが一等で当選していたのである。


84 名前:No.20 幸せ螺旋 (3/5) ◇U8ECTUBqMk 投稿日:06/10/08 23:48:11 ID:ErZeUIuu
 突如として三億円を手にした男は、仕事を辞め、住んでいたボロアパートを解約し、大きなマンションへと住居を移した。
 度重なる幸運が続き、男は老婆の言っていた『理』を確信した。
 男は自らの幸せのため、町へ繰り出し、次々と困っている人に救いの手を差し伸べるようになった。
 男は幸運に恵まれ、なに不自由無く暮らしていた。
 ある日男は、思い出した様に『優しさの共有』がある路地裏へと向かった。

 肌寒い秋の黄昏時、薄暗い路地裏に男の声が響いていた。
「婆さん。『世界の理』ってのが俺にもわかったよ! 今の俺は幸せの絶頂だ」
「左様でございますか。喜んで頂き光栄です。しかし、貴方はまだ真の幸せを知りません」
「え? どういうこと? もっと幸せになれるの?」
 男は身を乗り出して老婆に尋ねる。
「はい。それはお金では決して買う事ができぬ、真の幸せであります」
「何? 幸せに『マコト』がついちゃうの? 教えてよぉ〜。婆さんそれ知ってるんでしょ?」
「はい。わたくしは『理』に習い真の幸せを手に入れることが出来ました。しかし、それが何であったかは言えません。
無論、お金では決して買えないものでありましたが。では、わたくしはこれで……」
 老婆はゆっくりと腰を起こし、男に軽く会釈をして表通りへと歩んでいった。
「婆さん! 危ないっ!」
 男の声が響き渡る。
 耳をつんざく悲鳴の様な音と共に、老婆の身体が宙へ舞った。
 表通りは騒然となり、老婆を轢いたと思われる白い軽自動車のフロント部分は、醜くひん曲がっていた。
 皆が足を止め、一様にただ眺めている。黒いアスファルト一面に老婆の体液が広まっていた。
 変形して窓ガラスの割れた白い軽自動車の中から、女の声が漏れてきた。
「な、なんでっ! お婆さんが……。 いやっ! わ、私のせいじゃない、私のせいじゃない! ハンドルが利かなくなっただけ。
なんで、なんで? 次は私が幸せになる番でしょ? そうよ、きっとそうなのよ!」
 「え?」
 男は無意識のうちに声を出していた。
 白い軽自動車は再び呻きをあげ、ゴキ、ゴリ、と倒れる老婆を押し潰し走り去った。
 
 緊急を報せるランプが、辺りの闇を赤く照らしていた。



85 名前:No.20 幸せ螺旋 (4/5) ◇U8ECTUBqMk 投稿日:06/10/08 23:51:01 ID:ErZeUIuu
 寒空の下、男は現場から遠ざかるようにして、自宅のある巨大マンションへと駆け出していた。
「おかしいだろ。婆さんは『真の幸せ』を手に入れたんだよな? なのに、なんで? それに、あの女……」
 マンションの玄関先で暗証番号を入力し、セキュリティーを解除して玄関の扉を開ける。
 男はマンションの中へと入った。それに続き紺色のコートを着た男性も入る。
 エレベーターを利用し、自室のある十二回のボタンを押し、閉ボタンに指を伸ばそうとした。
 その時、コートの男性が乗り込んできた。
「……。何階ですか?」
 男が聞いても返答がない。
 自動的に扉は閉じ、エレベーターが上昇し始めた。
 重い沈黙の中、男は回数表示をするモニターを眺めながら、疑問を巡らせていた。
(『理』を知っているのは、俺の他に二人。一人は婆さん、もう一人はあの女?)
 上昇が止まり、目の前の扉がゆっくりと開き、廊下へと出た。
 奥から三番目の自室の鍵を開けた。そして中に入り、扉を閉める、ことが出来なかった。
 閉めようとした僅かな隙間、何ものかの足が外界から室内へと滑り込んだのだ。
 予想外の事に男の思考は停止し、一瞬の虚が生まれ、硬直した。
 扉を強く押され、男の身体は大きく撥ね退けられ、腰を床に強打する。
「だ、だれだ!」
 男は精一杯声を荒げた。
 扉の前に、紺色のコートを羽織った男性がいた。
 右手には、鈍く輝く文化包丁。
 男は状況も理解できぬまま、千鳥足で部屋の奥へと逃げ出した。
「有り金全てをよこせ! お前のせいでおれの人生が狂ったんだ! 責任をとれ!」
 コートの男性は騒ぎ立て男に切りつける。
 男はそれを紙一重でかわし、奥の窓ガラスを開け、バルコニーへと逃げ込んだ。
 細長いバルコニーに、これ以上逃げ場はなかった。
 手すりの向こうは、足を踏み締めることの出来ない上空。地上を見渡せば、小さな車達が赤く点滅をなし停滞している。
 地上からは、耳をつく様に重なるサイレンの音が鳴り響いていた。
 コートの男性が男目掛けて突っ込んで来る。男は横身になり、男性の刃先を逃がした。
 男性は勢い余り、手すりに突っ込み、そのまま身体が外へ投げ出されていく。
 刹那、男性は男の腕をグッと掴み、男も共に落下した。



86 名前:No.20 幸せ螺旋 (5/5完) ◇U8ECTUBqMk 投稿日:06/10/08 23:51:16 ID:ErZeUIuu
 声も出ぬ程の恐怖が男に襲い掛かる。しかし、そう長くは怯えずにに済んだ。
 聞いたことも無い轟音と共に、脊髄から腹を突き破るかの衝撃が男に走る。
 赤いランプの点滅が男の目に映りこんだ。
 男は、車の上に落下をしていた。
(俺は、生きている? あぁ、そうか……。これが……)
 男の意識は、そこで遠くなった――

 この事件は翌日の新聞、各メディアに大きく報道された。
 某新聞社は、こう記している。
 ――話題の超高層マンションで昨日二十六日午後九時頃、男性二人の飛び降り事件が発生。
 身元から斉藤 敬吾(さいとう けいご)さん(25)、佐伯 健一(さえき けんいち)さん(34)と判明。
 佐伯 健一さんは全身を強く打ち、ほぼ即死だったという。
 斉藤 敬吾さんは車がクッションとなり、奇跡的に無傷だった。
 しかし、その車に乗っていた鈴木 沙耶(すずき さや)さん(21)が下敷きとなり、病院に運ばれた後、間もなく死亡が確認された。
 鈴木さんは同日午後6時頃に起きた、ひき逃げ事件の疑いがかけられ、警察車両から逃走していたという。
 警察車両に取り囲まれ、鈴木さんが投降した直後に起こった悲劇であった。
 斉藤さんと佐伯さんとの関係は不明。以後、警察の原因究明が続く。
 警察側は、鈴木さんに対して追跡は適正であったと主張している――

 男は怯えていた。『真の幸せ』を手に入れてしまったことを。
 この世の『理』は螺旋の如く繋がりを持って、世界を作り上げているのだろう。
 いつか男が誰かを救うとき、それは
 
                 

                  完



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