【 何でも解決魔法屋さん! 】
◆InwGZIAUcs




77 名前:No.19 何でも解決魔法屋さん!(1/5) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/08 23:40:32 ID:ErZeUIuu
 レースカーテンの隙間を縫うように朝日が差し込んでいる。しかし、その部屋で今、圧倒的な存在感を
放っているのはコツコツと机の上をペンで叩く音。決して書類などの必要事項を淡々と埋めていくような音ではない。
例えるなら、超難問に挑む受験生が、無意識にペン先で机を小突く様な迷惑音。しかし、受験生の何倍もの力が
込められているようで、音は狭めの部屋に死角なく広がっていた。
「う〜〜〜〜なんで仕事の依頼が来ないのよ!」
 そう叫びペンを放り投げて長机に平手を喰らわしたのは、青みの帯びた黒髪を腰まで伸ばした美少女、セレネである。
その衝撃で、机上に飾られている『何でも解決魔法屋さん!』という、丸文字で書かれた札が虚しく倒れる。
「姉さん……机壊れても知らないよ?」
 ペンを拾い札を立て直した少年、姉であるセレネと同じ黒髪のライトは溜息をついた。
「う〜〜〜じゃあライトがお客さんの一人や二人、連れてきてよね!」
「……姉さんが行った方が良いんじゃない? その年齢に似つかわしくない容姿がこうじて、
たくさんの特殊な趣味をお持ちの方々が訪れてくれるかもよ?」
 因みにセレネは二十歳、ライトが十八歳である。彼の言うとおり、どちらが年上か分らない程彼女は幼く見えた。
「言うわね……ライト?」
「じょ、冗談だよ……姉さん? いや、お姉様?」
 目の据わったセレネは胸前で手を組み合わせ、歌うように声を紡いだ。普段なら美しい筈の歌声は、
怒気が込められているせいか震えており、いびつな旋律を奏でている。
「汝、星引の力から逃れよ。汝、我が意志に従え――フロート!」
 セレネの周囲に置いてあった筆記用具が浮かび上がり、彼女の周りを衛星のように漂う。物体浮遊魔法である。
そして彼女は、組んだ手を離し右手を前に水平に上げる……ライトの方へと。
 セレネの周りを衛星の様に浮かんでいた筆記用具は、一斉にライトめがけて飛び進んだ。その速さ弾丸の如く。彼は
持ち前の反射神経と動体視力を駆使して、避けれる物は避け、無理な物は常に腰に下げている刀剣ではたき落とした。
 そして、あっという間に筆記用具の襲撃は終了した。
「いきなり魔法なんて危ないじゃないか! ……って、どうしたの?」
 水平に上げた右手も戻さず、口も開いたままのセレネは目をパチクリさせていた。ライトも釣られてその視線先を追う。
 その視線のさき。玄関では、流れ弾の消しゴムが当たって、伸びていると思わしき
スーツを着込んだおじさんが倒れている。その後ろには、同じくスーツを着込んだ青年が立っていた。

「すみません! 申し訳ありませんでした!」
 幸い数分で意識を取り戻したおじさんは、ライトの熱心な謝罪に快く許しを出した。


78 名前:No.19 何でも解決魔法屋さん!(2/5) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/08 23:40:44 ID:ErZeUIuu
「いやいや。私の方も不注意だった、気にしないでくれたまえ」
 セレネはライトが避けるのが悪いなどとぶつぶつ言っていたが、おじさんは全く気にせずに、
ここに来た目的である仕事の話を切り出してきた。
「私は魔法箒ショップのオーナーをしているレイモン、後ろに立っているのは部下である息子のセガーレだ」
 椅子に腰掛けているレイモンの後ろに立っている青年、セガーレは一礼し、元の直立姿勢に戻った。
彼は笑顔を絶やすことのない、人当たりの良さそうな人格の持ち主だった。というのも、父親が倒れた時、セレネ達に
小言一つ言わず冷静に応急処置を施したのだ。また、それとは別に一際目セレネの目を引くものがあった。
それは彼の指に輝く指輪。その業界がどの程度儲かるのか知らないが、相当羽振りは良いだろうと、適当な見当をつける。
(でもあの指輪どこかでみたような……)
 目を細めるセレネをよそに、レイモンは依頼内容を説明した。
「ここ最近、飛翔する魔法箒を、何らかの魔法で打ち落とすという事件が相次いでてね。
無料修理期間三年を売りとしている私の店は商売上がったりで困っているのだ」
 やれやれと困った仕草を見せ、レイモンは出されたハーブティーを口にした。
 その話を聞いた瞬間、セレネ達の表情が強張った。
「つまり、その犯人を捕まえて欲しいというわけですね?」
 先程よりいくぶん真顔な向かいに座るライトは、レイモンの依頼内容を把握し確認をとる。
「うむ。警察も手をこまねいている。心して取りかかって頂きたい」
 その依頼を引き受けたライト達に、レイモンは気前よく前金を払い彼らの店を後にした。

 夕日が落下する町は、綺麗なオレンジ色に染まっていた。春先の日はまだ短い。
「さっさと集めた情報教えなさい」
 情報収集から帰ってきたライトに、セレネの理不尽とも言える態度が襲いかかった。恐らく朝のことを今だ根に
持っているのだろう。そんな態度にも慣れたライトは、構わずに町中走り回り得た情報を口述した。
「町を飛翔する魔法箒が打ち落とされている事件に関して。箒の傷跡から、原因は炎属性の魔法と断定。
犯人の目撃者は無し。あと、ここに事件の発生した現場と時間を印つけた地図も用意したよ」
 セレネは、真剣な表情で机上に広げられた地図に目を落とした。
「……ここを中心に事件が起きてるわね。ここには何があるの?」
 地図に印された事件現場は、ある地点から円を描くようなに行われていた。
「うん……俺も気になって調べたんだけど、そこは依頼人、レイモンさんのお店があっただけだよ。


79 名前:No.19 何でも解決魔法屋さん!(3/5) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/08 23:41:29 ID:ErZeUIuu
しかも、事件発生時刻はそのお店の営業時間と一緒なんだよね。警察もそこまで調べ上げてはいるんだけど、
レイモンさんのお店に容疑者と言える人間はいないみたい」
「……それは何故?」
「今回使われている炎の魔法はかなり高度な魔法と予測されてて、射程距離と
魔法の詠唱時間の最短距離を計算すると、従業員全員アリバイが成立するんだよ」
 しばらく何かを考え込むようにセレネは目を閉じたかと思えば、急に書庫を漁りだし、何かを調べ始めた。
「……ライト、あんたレイモンさんの息子がしていた指輪覚えてる?」
「ああ、なんかしてたね……それがどうかしたの?」
「これを見なさい」
 そう言って、セレネは調べ上げた頁を広げて見せた。そこには、光り輝く指輪が描かれており、
『灼閃の指輪』と書かれていた。ライトはそれをしげしげと見つめ読み上げる。
「えーと、炎の閃光を放つ魔法具。無限射程を誇る炎の閃光を僅かな魔力と詠唱で発動させる為、
極めて危険な魔法具といえる……だって」
「だってじゃない! この指輪をセガーレさんがしていたとしたら容疑者に外れるのか教えなさい!」
「まあこの指輪をしていたとしたら外れるね……しかしまあ良くこんな魔法具辞典の片隅に載っているような物を
覚えてたね……いつもながら感心するよ」
 ふふんと鼻を高くさせたセレネはニヤりと笑う。
「私はここの書庫にある情報は大抵覚えているわよ? だから剣士であるあんたは肉体労働。
魔法使いの私は頭脳労働なんでしょう」
「……まあね。じゃあセガーレさんを尾行する?」
「そうね、現行犯でお縄といきましょうか!」

 その機会はあっという間、二人が目星をつけた翌日に訪れた。多くの労働者が一時の休息と減りに減った胃の中身を
補充する為、町中に繰り出す昼時。レイモンのお店から出たセガーレは、人混みに紛れ仄暗い裏路地へと入っていった。
「さあ、灼閃の指輪よ――」
 指輪を頭上に掲げたセガーレは人の気配、いや足音を聞き、言葉を詰まらせる。
「あなただったのね? 浮遊箒を落としている張本人、セガーレさん?」
 建物の影から姿を現わしたのは、紅紺色のマントと青黒髪を揺らしたセレネであった。
 予想しない人物の登場に舌打ちをしたセガーレは、セレネの反対側へと逃げよう駆け出す。しかしまさに予定通り、
その反対側に待ちかまえていたライトは、狼狽しおぼつかない足取りの彼を難なく取り押さえた。


80 名前:No.19 何でも解決魔法屋さん!(4/5) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/08 23:42:11 ID:ErZeUIuu
「セガーレさん……どうしてこんな事を?」
 ライトは切実な面持ちでセガーレに尋ねる。が、セガーレの表情は前にセレネ達のお店に訪れた時ほどの
余裕はなく、当然笑顔もそこにはなかった。
「……僕はね、父親のお店の後など継ぎたくないのですよ。こうして箒を打ち落としていれば、無料修理に追われ
いつかは潰れると思いましてね……ここはお礼を差し上げるということで見逃しては貰えませんか?」
 セガーレのの出した案は買収。ライトは、怒りを顕わにした。
「馬鹿な! そんな理由で……そんな理由で沢山の人を打ち落としたのか!」
 ライトはセガーレを押しつける手を強め叫んだ。すると、神妙な顔つきでセレネは彼らに近づき、ライトに合図を送った。
「え? 放せって? 逃げたらどうするんだよ!」
「どうもこうもしないわよ。またあんたが捕まえなさい」
 その言葉と共に送られたセレネの目線に気圧されたライトは、おずおずとセガーレを解放する。
「セガーレさん? お礼とはいかほど頂けるのかしら?」
 フンっと一息ついたセガーレは、懐から財布を取り出すと、今回仕事内容における相場の二倍ほどの料金を差し出した。
「では、失礼するよ……」
 そう言ってそそくさと裏路地から抜けようと歩き出す。
「な、姉さん! このまま逃がす気か……よ……?」
 ライトが文句を言い終わらないうちに、セガーレの動きが止まった。よく見ると、彼の足下には淡い光を放つ
魔法陣が描かれている。恐らくこの上に立った者の動きを停止させる働きを持つ魔法陣だろうとライトは推測した。
ひょっとして姉さん……すごい怒ってるんじゃ……?)
そんなライトの考えを肯定するかのように、摂氏零度を下回るセレネの声が、セガーレに投げかけられた。
「セガーレさん、あなた空中で箒の舵がとれなくなるということはどれほど恐ろしいか知らないようですね?
……私が身を持って教えてあげるわ」
 
「汝、星引の力から逃れよ。汝、我が意志に従え――超超超超ちょーうフロート!」
 セレネは、胸に組んだ手を水平にかざしセガーレへと向ける。すると、セガーレの体が宙に浮き、まるで重力が
逆転したかのように空へと真っ逆様。「助けてくれーーー!」という断末魔の様な声をお供に落ちていった……。
「姉さん……どこまで上昇させたの?」
「さあね……お月様までいけたら上出来よね?」
 とうの昔に視界から消え失せたセガーレを哀れに思いながら、ライトは今だ空を見上げている。
「ライト、あなたしばらくそこで立ってなさい。身を持って落下する怖さを知ったセガーレさんが降って来るだろうから」


81 名前:No.19 何でも解決魔法屋さん!(5/5完) ◇InwGZIAUcs 投稿日:06/10/08 23:43:10 ID:ErZeUIuu
「俺が受け止めるの?」
「その為の運動神経でしょ? ああ、私からレイモンさんには報告しておくわ」
 それだけ言い残し去るセレネを、ライトは恨めしそうに見送った。
「っとに何がその為の運動神経だ……鬱憤晴らしに使った魔法の尻ぬぐいじゃんかよ……まあ今回は無理もないか」
 嘆息し、ぼやくライトは空を見上げて落ちてくるだろうセガーレを待ち続けた。

「そうか……」
 セレネが一通り説明を終えると、重々しく呟いたレイモンはまさかの犯人に落ち込み俯いた。
「ええ、あと彼が買収しようとした時のお金は返しておきます」
 懐から取り出したお金をレイモンの座る机に置く。彼はそれを机の中にしまうと、一つの封筒をセレネに差し出した。
「うちの馬鹿息子が迷惑をかけた……これは約束の報酬だ」
 セレネはそれを受け取ると、一礼し、踵を返した。が、部屋を出る一歩手前で立ち止まり、振り返る。
「レイモンさん。息子様をちゃんと警察に出頭させて、落とし前はつけてくださいね?」
 少し語調の強い言葉に、レイモンは「ああ」とだけ返事を返した。

「犯人も俺らで捕まえられたし……十分だよね?」
 そう言ってライトは、セレネの言葉を待つ。
 彼らの部屋の中心に置かれた箒は焼けこげ、二度と飛べないくらいに損傷していた。そう、それは数日前まで、
セレネがお気に入りとして使っていた魔法箒、母親の形見であった。
「うん。お母さん達の形見はこれだけじゃないしね……」
 セレネは少し寂しそうに呟くと、部屋の隅に箒を立てかけた。そんな涙目な彼女の頭を、ライトは優しく撫でた。
「こ、子供扱いするな!」
「泣いてるじゃん?」
「泣いてない! ただ、ただ少しゴミが入っただけなの!」
「姉さん……たまには素直になりなよ。嫁の貰い手が現れないよ?」
「大きなお世話よ!」
 文句を喚き散らすセレネ。それでも、彼女はライトの手を振り解かず、しばらく目にはゴミが入り続けた……。

終わり



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