【 ファースト・キス 】
◆qygXFPFdvk




59 名前:No.15 ファースト・キス (1/5) ◇qygXFPFdvk 投稿日:06/10/08 17:30:11 ID:ErZeUIuu
「今回の作戦は?」
「西側海岸において戦闘予定です」
「エースは?」
「もちろん出撃させます」
「彼には今回、英雄になってもらわんといかんからな。で、装備は?」
「例の特別艤装で」
「うむ。成功を祈る」

60 名前:No.15 ファースト・キス (2/5) ◇qygXFPFdvk 投稿日:06/10/08 17:30:22 ID:ErZeUIuu
 朝の五時。叩き起こされた僕は寝癖がついたままブリーフィングへ向かった。指揮官から作戦が知ら
せられる。
「作戦を発令する。本日〇四:三〇、我が軍のレーダが海洋上を航行中の航空機編隊を捕らえた。機体
信号から敵対する軍の航空機であることを確認。その数およそ五十。増援が追加される可能性もある。
これより各隊は指定空域へ急行。敵機を確認次第迎撃、殲滅せよ。以上」

 冷える朝だった。凍りついた空気がコクピットの風防を突き抜けてくるかのよう。雪こそ降ってはい
ないが上空には真綿のような厚い雲が浮かんでいる。こんな日は、早く雲の上に出てしまうのが一番だ。
「ねぇ、もう飛んでいい?」僕はコクピットの中から整備士に声をかける。
「待ってください。整備にもう少し時間がかかります」整備士はこっちを見ることもなく答えた。
「整備って何? そんなの必要ないから早く飛ばせてよ」
「命令ですので」
「ヒータなんかいらないよ。どうせ戦ってるときは寒さなんて感じている暇なんてないんだから」
「命令ですので」整備士はまったく取り合ってくれない。
「命令、命令……。成果を挙げてるんだからこっちの言い分も聞いて欲しいよ」聞き入れられることが
ないと分かった僕は、準備ができるまで仮眠をとることにした。

 十分程で整備士に起こされた。準備ができたということだった。
 飛び立ちたくてウズウズしていた僕は、すぐに滑走路から飛び出す。続いて僕の部隊が上がってくる。
整備直後の機体は加速は充分。しかし、旋回に若干の違和感を覚えた。僕の感覚だと、機体がだるい。
スピードは出るのだが、旋回がのんびりしている。空気の粘度が上がって、機体にまとわりついてくる
ようだった。僕はその原因を増設したヒータのせいだということにした。三キロも重くなれば旋回も遅
くなって当然、そう思ってこのことは忘れる。それに、戦闘が始まるまで凍えなくて済むのはちょっと
嬉しかった。


61 名前:No.15 ファースト・キス (3/5) ◇qygXFPFdvk 投稿日:06/10/08 17:30:34 ID:ErZeUIuu
 命令された空域に入ると、既に交戦中だった。海岸線沿いに黒煙がいくつか昇っている。海面に落ち
ている機体も見えた。両軍ともに被害が出ている。
 僚機に戦闘開始の命を告げると、僕も戦闘空域に飛び込む。数十機の機体が入り乱れ、数千発の弾丸
が飛び交っていた。蜂の羽音のようなプロペラ音が近づいてくると、小さな雷が鳴り響いて真っ赤な銃
弾が僕の機体にキスしようと迫ってくる。僕は操縦桿をバタバタと動かしてそのキスから逃れた。
 いつまでも相手にばかり求愛させておくわけにはいかない。僕は目に入った敵機に次々と銃弾を打ち
込んでいった。

 数十分も飛ぶとプロペラの音が大分少なくなった。旋回に不安があり、落とした数は普段より少なか
ったが、一人で十数機も落とせば活躍したと言えるだろう。僕の部隊の機体も何機か見当たらない。海
面を探すが、僕と同じカラーリングの機体は見つからなかった。

 余所見をしているといつの間にか黒い機体の敵機が後ろに張り付いていた。間髪入れずに発砲してく
る。急速落下で銃弾を避ける。操縦桿を引っ張って上を向――こうとするが機体は上を向かなかった。
やはりおかしい。急上昇を諦めて、海面すれすれで水平飛行へ戻す。海面が目の前まで迫ってきたとき
は、真後ろで銃弾を放たれたときより背中が冷えた。無傷のまま落ちるなんて想像したくもない。
 上空を見ると黒い機体がくるくると旋回している。上昇に手こずった僕を見下して笑っているように
見えた。なめられたままではいられない。フルスロットルで追いつくと今度は僕が攻める。
 黒い機体は僕の機体よりもずっと遅かった。それなのにいくら追い詰めても打ち込む前にかわされて
しまう。旋回能力に差がありすぎた。向こうの旋回能も確かに凄いが、何より僕の機体が変なのだ。
「くそ! あの整備士め」唇を噛んで毒づく。きっと、油圧の調整を緩くしすぎたのだ。だから余計な
ことはしなくていいと言ったんだ。帰ったらぶっ飛ばしてやる。
 旋回能で劣る僕は、あっという間に後ろを取られた。その度に急落下、急加速で逃げ回る。相手の動
きも見事だった。きっと向こうのエースだろう。このままではじり貧でいつか落とされる。僕は一か八
かの賭けに出た。

62 名前:No.15 ファースト・キス (4/5) ◇qygXFPFdvk 投稿日:06/10/08 17:30:45 ID:ErZeUIuu
 わざと速度を落とし、相手に後ろを取らせる。そこから急加速。相手が食いついてくるのを視界の端
で確認する。今だ! 操縦桿を急激に引きエンジンを切った。推進力を失った機体はバランスを崩し、
空中回転を始めた。ちょうどバック宙をする形で機体が反転する。黒い機体のパイロットと目が合った。
驚くパイロットの顔を見ながらトリガを引く。二発命中。一発はプロペラを砕き、もう一発はコクピッ
トを割った。
 割れたプロペラから機体と同じ色の煙を吐き出すと、黒い機体はやはり黒い海へと吸い込まれていっ
た。僕はエンジンに再び火を入れ、背面飛行から抜け出した。
 周りを見ると残っているのは僕だけだった。僕の部隊の機体は一機もいない。無事で帰投していると
いいが。何機かの敵機が低空を飛んでいたが、主翼かプロペラに損傷を受けて、戦える状態ではないよ
うだ。
 しかし、それは僕の機体も同じだった。黒い機体の銃弾は僕の機体にしっかり食い込んでいた。おか
しかった油圧はその力を完全に失い、機体を制御することができなくなっている。
「あーぁ。これはもう戻れないね」人事のように呟くと僕は落ちることを覚悟した。だが、あの黒い海
に落ちることを考えると寒気がする。せめて陸地に落ちよう。最早、操縦桿とはいえない棒を必死に倒
し、自らも体重移動を行うことで陸地を目指す。

 目の前に白い砂浜、ごつごつとした岩石が迫ってくる。空を飛ぶようになってから、大地はずっと僕
を誘惑してきた。僕はその誘惑に初めて負けようとしている。
「断り続けるつもりだったんだけどなぁ」最後の言葉となった。

 次の瞬間、僕の機体は母なる大地とファースト・キスをした。


63 名前:No.15 ファースト・キス (5/5完) ◇qygXFPFdvk 投稿日:06/10/08 17:30:58 ID:ErZeUIuu
「戦果は?」
「上々かと」
「エースは?」
「もちろん英雄となりました」
「そうか。すばらしい働きだった」
「帰航したときには迎撃する準備もありましたが、ここまで持たなかったようです」
「そうか。戦力の偏りは戦争を終結させてしまう。この戦争は終わらせてはいかんのだ」
「おっしゃるとおりです」
「また過ぎたる力を持つパイロットが現れたら報告しなさい。両軍で対処を決定することになるだろう」
「はっ」 


<了>



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