【 俺 in the sky 】
◆rEQhyhvBi2




57 名前:No.14 俺 in the sky (1/2) ◇rEQhyhvBi2 投稿日:06/10/08 17:08:17 ID:ErZeUIuu
スカイダイビングとは「もし地面に叩きつけられたら、死ぬ」というような想像に悶えるスポーツで、特に自分のような
未経験者にとなればそれは顕著となる。一般にはその恐怖心が楽しいらしいのだけど、だからといって例えば「あ、パ
ラシュートがない」などとわざわざ恐怖心を煽ろうとするインストラクターはいない。いや、居たのだけど。

「やられた、死ぬなこれは」
 確かに奴はそう言ったのだ。でも俺には冗談だろうと分かっていて、だとすればスルーするの
も哀れに思えたので親切心から付きやってやることにした。
 え、まじ。どういうこと? そう言いながらも俺は、頬を叩く空気を、全身が風と一体化するのを、
それでいて空気と自分との境界線が、いつも以上にくっきりとするのを感じとり、それを楽しむくらいの余裕があった。
もはや当初あった死ぬかもしれないという恐怖は、微塵もなかった。
「ほらこのリュック見て下さい。ミシンで何重にも縫いつけられてるし、予備もこのありさまです。これではパラシュート、開きません」

 なんで? どういうことなんだ。俺は正気を失いつつあったのだけど、奴は冷静だった。
「これは私を殺すための計画殺人で、動機は三角関係のもつれです。犯人の目星は付いてます。
ちなみにトリック・アリバイ工作は完璧で、これは間違いなく事故として処理されますね」
 OK、把握した。つまり俺は巻き添えで死亡するわけだ。じゃあ責任とってとりあえずお前は俺よりも早く死ねっ、殺してやる!
「ぶっそうなことを言いますね。そんなこと考えている暇があるなら生き延びる方法を考えてください」
 そんなこと言われても、俺には生き延びる方法なんて一つも思いつかなかった。
「……そうか、分かったぞ!」
 え、あるのか?
「いえ。セスナに乗るときには確かに細工はされていなかった、その入れ替えトリックが分かりました」
 おい、そんなこと考える暇があったら生き延びる方法を考えろよ! 
「ちなみにこのトリックを解けるのは間違いなく私だけ」
 いや、聞いてないし。
「知能指数は180です」
 だから聞いてねぇっつうの!
「探偵さ」
 俺は一発殴ってやろうと振り返ったら、逆に殴られた。背後を取られている俺に勝機はない。そして奴はどこまでも冷静だった。
「少し落ち着きましょう。まだ高度3000メートル、着地するまでにまだ1分30秒はあります」
 お父さんお母さんお元気ですか、俺も元気だけど寿命はあと1分ちょっとです。

58 名前:No.14 俺 in the sky (2/2完) ◇rEQhyhvBi2 投稿日:06/10/08 17:08:30 ID:ErZeUIuu

「しかし良かったですね」と奴が言ったので、何が? と俺は尋ねた。
「もし空気抵抗がなかったら約920km/hで地表に激突するところでした」
 ……。
「しかし私にかかれば空気抵抗を最大限に利用して、200km/h以下に抑えることが出来ます」
 って、どっちにしろ死ぬだろ! そうは言うものの、俺はもう諦めていた。死ぬ間際、走馬灯のように思い出が駆け巡るというけど
それは本当だったみたいだった。今開く、封印されし黒歴史。オープン・ザ・ブラックワールド!ちゅどーんちゅどーん。
「どうかしました?」
 人生について整理してた、死ぬ覚悟ができたよ。いや、むしろ死にたい。
「……」
 でも一つだけ心残りがあるんだよ、せっかくだから聞いてくれ。
「なんでしょう」
 今度、妹が結婚するんだ。まぁ、それだけなんだけどね。
 ここ数年一言も会話を交わしてなくて、でもせめて花嫁姿くらいは見てやろうと思ってたんだよ。
「そうですか。ちなみに、蟻はどんなに高いところから落ちても死なないそうですね」
 それは聞いたことあるけど、それがどうかしたか?
「いえ、どうもしません。じゃあ飛行機から放り出されても助かった少女の話を聞いたことありますか?」
 それはないよ。まさか、助かる方法があるのか?
「ありますよ。上昇気流を掴むのです。私は天才ですから、地形や方角からどこに強い上昇気流が
あるのかを把握できます。そうして山林に突っ込めば、うまくいけば高速道路でバイクに轢かれる
より高い確率で生存が可能です。」
 そ、そうなのか。しかし俺はっ!
「でもあなたは死ぬでしょうね。さっき死亡フラグを立てたばかりですし」
 ちくしょお、やってしまったああ!
「でも安心してください。バイクで轢かれるとき、前に誰かが立ちはだかってくれればそれがクッションと
なって生き残る確率は跳ね上がります」
 そういうと奴は身体を反転させた。俺は空を見上げていると。下から声が聞こえてきた。
「別に私は死ぬつもりはありませんよ。これは生存フラグってやつです」
しばらくして、「なあ。助かるか、二人とも」と俺は訊いた。「助かりますよ、二人とも」と奴は答えた。
奇遇だな、俺もそんな感じがしたんだ。常識的に考えれば、ありえないんだけど。



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