【 落下さん 】
◆uzrL9vnDLc




333 名前:落下さん 1/4 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:2006/10/07(土) 18:25:58.91 ID:YOdQvd9l0
「ねえねえタカシ、落下さんって知ってる?」
 西日の差し込む放課後の教室。そろそろ帰ろうかと鞄を背負いかけたら、里美が突然妙なことを口走った。
「落下傘?ああ、パラシュートのことか」
「違う違う、イントネーションが違う。ら、っ、か、さ、ん。知らないの?」
 あんまり里美が熱心なので詳しく聞いてみた。
「毎日深夜0時、その落下さんに向かって、『落下さん、落下さん、私の身代わりになってください』って唱えると、落下さんが身代わりになって落ちてくれるから、どんな試験でも絶対受かるんだって。大学入試でも、入社試験でも、合格率百パーセントらしいよ」
 なんのことはない。よくある都市伝説みたいなものだ。しかしまあ、ずいぶんと虫のいい都市伝説もあったものだ。
「おまえなあ、そんなんで受かるんなら、受験勉強なんかするヤツいなくなっちまうだろが」
「でも本当だもん。おねえちゃんの友達が、その落下さんで司法試験に受かったって。間違いないよ」
 思えば、里美は昔から、この手のオカルトめいた話に異常なほど食いつくタイプだった。
「で、なにに祈るんだって?」
「だから落下さん。実際は、ある『もの』を落下さんに見立ててそれに祈るの。なんでもいいんだけど、なるべく『生き物を連想させるもの』のほうが効き目が強いらしいよ」
「あっそ。じゃあ俺帰って勉強すっから」
「あー! 信じてないでしょ!」
「おまえなあ……受験まであと三ヶ月なんだぞ」
「私には関係ないもん」
「いいよな、推薦決まってるやつは」
「第一志望どこ?」
「K大」
「うっそ、私と同じ?」
「いいだろ、別に」
――お前と同じだからだよ、とは、口が裂けても言えない。
「じゃあな」

334 名前:落下さん 2/4 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:2006/10/07(土) 18:26:46.36 ID:YOdQvd9l0
 里美と俺は、まあ、世間一般で言う幼なじみというやつだろう。幼稚園から高校まで、一度も離れたことがない。
 その間、恋愛感情がまったく無かったといえば嘘になるが、今現在は、正直俺にも良くわからない。距離が近すぎたせいかも知れない。
 ただ、里美が推薦でK大に入学が決まったとき、俺の進路は自然な感じでK大に決まった。
 はっきり言って俺の学力でK大は高望みもいいとこなので、必死に勉強した。
 そして三ヵ月後。

 入試の結果はボロボロだった。
「はぁ……」
 自然とため息が漏れる。合否がわかるのはまだ先だが、このデキでは万に一つも合格はありえないだろう。
 重い足取りで家に帰り、崩れるように自分の机に突っ伏す。あんなに勉強したのになあ……
 そのとき、ふと、三ヶ月前に里美から聞いたことを思い出した。
 落下さん、か。試験が終わった後に効き目があるかはわからないが、どうせ駄目もとだ。やってみるか。
 落下さんに見立てるのは、クマのぬいぐるみにした。一時期爆発的に流行ったやつで、里美とゲーセンに行ったときUFOキャッチャーで取ったものだ。
 里美はピンクが欲しかったらしいが、俺が取ったのは水色のクマだったので、俺に押し付けられた。今まで机の中にしまって忘れていたのだが、ここで役に立つならこのクマも本望だろう。
 深夜0時を待って、呪文を唱える。
『落下さん、落下さん、私の身代わりになってください』


335 名前:落下さん 3/4 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:2006/10/07(土) 18:27:23.72 ID:YOdQvd9l0
 K大の入試が終わっても、受験が全て終わった訳ではない。俺は毎晩机に噛り付き、なんとか他の私立に引っかかるように猛勉強していた。
 そして0時になると、机の上のクマに手を合わせ、呪文を唱え続けた。我ながら馬鹿らしいとは思ったが、途中で止めるのも気が引けたので。
 ところがK大の合格発表も目前にせまったある日、いつものように勉強していると、突然、このクマが『ポテッ』と机から転げ落ちたのだ。
 俺は驚いた。窓は閉めてあるので風も無い。まさか、本当に身代わりになってくれたのか?クマを拾い上げ、つぶらな瞳を見つめる。
 まさか、な……

 そしてK大の合格発表の日。
 結果は

 合格だった。

 はじめ、自分でも何が起こったか分からなかった。何度も受験番号を確認する。間違いない。信じられない。もう完全に諦めていたのに。
 やった。やった……!
 天にも昇る心地で家まで帰った。ああ、これで春からは里美と同じキャンパスに通える。里美のやつ、タカシにはお日様が西から昇ってもゼーーッタイに無理、なんて言ってたくせに。そうだ、まずは里美に報告しないとな。
 ところが、いくら里美の携帯に掛けてもつながらない。まあいいさ、明日直接会って話そう。携帯をしまいかけたときに着信が鳴った。


336 名前:落下さん 4/4 ◆uzrL9vnDLc 投稿日:2006/10/07(土) 18:28:51.70 ID:YOdQvd9l0
「もしもし、里美か?」
「タカシ、俺だ、健二だ」
 クラスメートで悪友の健二だった。
「なんだ、何か用かよ?」
「いいか、タカシ、落ち着いて聞けよ――里美が死んだ」
「  」
「  」
「え?今お前なんて言ったんだ?」
「だから、里美が死んだんだ。あいつん家マンションだろ。そこのベランダから落ちて。ほぼ即死だったそうだ。俺、帰り道あいつのマンションの前通るから、今日通ったら救急車とパトカーがいて……おい、タカシ、聞こえてるか?」

 里美が死んだ?ばかな、そんなことあるはず無い。だって、あいつは昨日も俺と会って、話して、笑って、春からは大学生で、俺もその大学に……

――ガシャン
 突然背後で物音がした。びくっとして振り返る。俺の机から何かが落ちたらしい。あれは写真立てだ。クマの隣に置いてあった。写真立て……?
 背筋に冷たい衝撃が走った。恐る恐る写真立てを拾うと、割れたガラスの隙間で、里美が、いつもと変わらぬ笑顔で微笑んでいた。
 (終)



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