【 プレリュード 】
◆1pnOI8Jyso




127 名前:品評会用「プレリュード」1/3 ◆1pnOI8Jyso 投稿日:2006/10/07(土) 01:18:58.08 ID:u7v0yFAX0
 遥か天上より、一人の少女が地上へと舞い降りようとしていた。
 世界の誰より美しい、さる王国の姫君が──


「あー、参っちゃったなぁ……」
 客観的に見ればそんな場合ではないのだが、彼女の口からは呑気な愚痴が漏れた。
「大体、管理体制に問題があるのよ。
 仮にも城の研究機関なんだから、関係者以外がこっそり忍び込める時点で問題よね」
 客観的に見れば明らかに八つ当たりなのだが、彼女の口は不平を漏らした。
 まあ確かに、彼女の言うことにも一理ある。異常発達した科学に支えられている彼女の国の、それも王城内の研究室。
当然国中からトップレベルの科学者たちが集まり、日夜、様々な研究に明け暮れている。
そんな場所だから、扱いを知らぬものが触れれば非常に危険な物だって相当な数存在するのだ。
そこに部外者が簡単に忍び込めるようでは、その危機意識はかなり低いものであると言わざるを得ない。
だが、そこに毎日のようにこっそり忍び込んでは、秘密基地か何かのように考えて遊んでいる彼女がそれを指摘したところで、
それはやはり八つ当たりにしか過ぎないのであった。

 ──城の研究室で何処かへの転移装置が開発されているらしい。
 彼女がそんな話を耳にしたのは今日の昼頃のことだった。
何処へなのかを覚えていないあたり人間性が窺い知れるが、彼女にとっては、そのようなことは気に留めるほどのことではなかった。
小さな頃より城内から出ることを許されず、外の世界というものを知らずに育ったこのお転婆姫にとって、
『城の外』であるということはそれだけで価値のあることで、それが何処かなどは最早関係ないと言っても過言ではなかったのである。
そんなわけで、その話を聞いてからの彼女の行動は早かった。夜になり、城内の皆が寝静まるのを待って研究室へと忍び込んだ彼女は、
お目当ての転移装置とやらが見るからに開発途中であるのを気にもせず、適当にスイッチを弄ってそれを起動させた──

128 名前:品評会用「プレリュード」2/3 ◆1pnOI8Jyso 投稿日:2006/10/07(土) 01:19:35.42 ID:u7v0yFAX0
 そして現在、彼女は、上空を地上に向かって急速に落下している最中である。
丁寧に梳かれ、王国一と言われる自慢の長く美しい髪は、風に煽られ、乱れ放題だ。
「困ったなぁ。このまま地面にぶつかったら、やっぱり死んじゃうよね……」
 細かいことは不明だが、どうやら装置は正常に作動しなかったらしい。いや、そもそも完成していなかったのだったら、
正常な動作など望むべくもないのであるが。
「とにかく何とかしなくちゃ」
 彼女はそう決心すると、今まで研究室から密かに持ち出して集めてきた秘密道具の数々を思い浮かべた。
普段から持ち歩いているわけではないが、転移先で困らないようにと、いくつか持ってきておいたようだ。
「取り敢えず、大本命のこれが使えないのが痛すぎるわね」
 そう言って彼女が見つめたのは、掌に握った小型の反重力装置。先程からスイッチを押しているのだが、あまり変化がない。
「何かの拍子に壊しちゃったのかな。出力が落ちてるみたいね……。他には、ええと──あ、これは」
 あれでもないこれでもない、とポケットを探っていた彼女が次に取り出したのは、小さな筒状の機械。
ついさっき研究室で見つけた、転移装置の試作品である。高さは十五cm程だろうか。こんな大きさでは何の役にも立たない。
「うん、これならいけるかも! ……まあ、これも運任せになっちゃうけど」
 だが彼女は何か思いついたようで、またポケットをごそごそとやり始めた。見た目にはさほど大きくないポケットだが、
その実、色々なものがぎっしり入っている。まるで四次元空間にでも繋がっているかのような収容力だった。
「スモ〜ルビ〜ム〜!」
 彼女は、今の状況には全くそぐわない能天気な声を発した。その右手は懐中電灯のような、筒状のライトを高く掲げている。
正確には、横倒しに落下している彼女の頭上に向かって手を伸ばしても、高く掲げたことにはならないのだが。
「この電灯の明かりを浴びた物体はたちどころに小さくなってしまうのよね。私は人間に向かって試したことはないけど、
 前に人に使っても効果があるって誰かが言ってたし。元に戻るのに結構かかるって聞いたけど、まあ背に腹は変えられないわ」
 彼女は、誰に向かって言っているのだかぶつぶつと説明口調で独り言を続けた。
「これで体を小さくすれば、この転移装置を使ってどこかへ飛ぶことが出来るはず。また何処に行くのか分かんない賭けになっちゃうけど、
 ……まあ、いまより状況が悪くなることはないでしょ、多分」
 言いながら、彼女は地上を見下ろした。夜の闇のせいというかおかげというか、地上はひたすら真っ黒で、様子を窺うことはできない。
よく分からないことで生まれる恐怖もあるが、はっきり見えるよりは幾分楽なのだろう。元来の性格も影響したにせよ、彼女があまり
慌てずにすんだのは、そのおかげだった。それでも地上は刻一刻と近づいている。迷っている時間もそろそろなくなってきたようだ。
彼女は一呼吸すると、意を決し、自分に向けて手に持ったビームのスイッチを入れた。

129 名前:品評会用「プレリュード」3/3 ◆1pnOI8Jyso 投稿日:2006/10/07(土) 01:20:18.80 ID:u7v0yFAX0
 真っ暗な夜の空、彼女の姿がみるみる小さくなっていく。着ていた召し物はブカブカになって、するすると抜けていく。
やがて、彼女はおよそ九cm程の大きさにまで縮んだ。
「ここまで小さくなれば大丈夫ね」
 彼女は器用にビームの範囲を外れると、今度はかなり苦労してスイッチを切った。
(うう……結構しんどい)
 ため息をつきながら周囲を見回した彼女は、脱げてしまった召し物にひっかかっている例の転移装置を発見した。
運良く彼女の近くに留まっていてくれたため、そこまでは何とか簡単にたどり着くことが出来た。
(じゃあ、後は神様に祈るのみね)
 何処に出るかも分からない。また危険があるかもしれない。だが、彼女は内心わくわくしていた。
見知らぬ世界で何が自分を待っているのか、どんな出会いがあるのか、彼女の頭にはそんな考えばかりが浮かんでいたのだ。
そうして、新たな世界へと続く第一歩を──落下中ではあったが──彼女は踏み出したのだった。


 飛び出た先は、今度もまた闇の中だった。だが、今回は落下しているわけではないらしく、足場は落ち着いている。
いや、落ち着いているどころか、彼女は上手く身動きをとることも出来なかった。
(何ここ? 狭いし暗いし……あっ、そうだ。救難信号……)
 それは彼女が両親から渡され、常に腕につけていたブレスレット形の発光機。
辺りが光に包まれる。だが、やはり分かったのは、自分がとても狭い空間にいるということだけだった。
(まあ、いいか。危険がすぐ迫ってきてるってわけでもなさそうだし、何より今日はもうクタクタ。後のことは、また考えよう、っと)
そうして彼女は眠りについた。新しい日々に思いを馳せて。その寝顔は、とても幸せそうに笑っていた。

光り輝く竹の中、眠る姫君を優しいお爺さんが見つけるのは、翌朝のこと──


                                         ─おわり─



BACK−落ちる女 ◆v1BzBDr2zk  |  INDEXへ  |  NEXT−末路 ◆ozOtJW9BFA