【 落ちる女 】
◆v1BzBDr2zk




102 名前:「落ちる女」1/3 ◆v1BzBDr2zk 投稿日:2006/10/07(土) 00:18:45.84 ID:CS8p8RXQ0
時は真夜中。下を見下ろせば綺麗なイルミネーション。
 落ちることばかり経験している私は今、ビル十階のフェンス越しに立っている。
 大学にも落ちて、就職の面接試験にも落ちて、落ちることに関してはスペシャリストの私。
 なら、最後にビルから飛び降りて自殺してしまおう、なんて。
 そうすれば、落ちることに関しては全てを成し遂げられたのかな。
 けれど昇ることもしたいなぁ。昇給試験に合格、とかさ。
 私とは反対に、昇ることばかり経験している人もいるのかな。
 もしそいつと会ったら殴ってやる。
 
 ……あぁ、そういや私には変な能力がある。
 物語、小説のオチを作ることと完璧に当てること。
 作ることなら良い。
 けれど、小説の読み始め十ページでオチを当てることが出来てしまう、そんな能力を持っていては小説が素直に楽しめないのだ。
 それは一般人が最初と最後だけを読むようなもので、プロセスというものが無い。
 物語は始めと終わりだけではなく、過程があってこそ面白いのだ。
 それこそ、私の人生に於ける過程というものは落ちることばかり。
 この世に産まれ落ちて、階段から落ちて、大学に落ちて、ビルから落ちて死ぬっていうオチでこの人生の幕は下りる。
 別に小説家になってもいいと思ったのだが、オチしか考えられないからなぁ。
 頭の中ではオチが出来ているのに、いざとなって文章を書いてみたら、自らの文才の無さにうなだれるのだ。
 そうして結局は、その変な能力も役に立った試しは無いのである。

103 名前:「落ちる女」2/3 ◆v1BzBDr2zk 投稿日:2006/10/07(土) 00:19:23.38 ID:CS8p8RXQ0
 遺書を残さなければ、後悔も残さない。
 けれど、やはり私はこの世に未練を残している。
 その未練というのは、ひとつ。贅沢を言えば、ふたつかな。
 ひとつ目は、一度でいいから昇るということの幸せを経験してみたい。
 ふたつ目は――。
「何をしているんだ!」
 後ろから男の声が聞こえてきた。
「あ」
 私は幽かな声を上げて、後ろに振り返る。
 弱々しい月の光だけでは、よくわからない。
 けれど、顔の輪郭や服の外形は何となくわかる。
 近くまで寄れば、きっとあの人の顔を見ることができるだろう。
 ほほ、なら近う寄れ。最後に会う人なのだから、顔くらい見てみたくなったわ。
「こっちに来い! 自殺なんて考えちゃだめだ!」
 彼は自殺を止めようと、だめだだめだ、と何度も叫ぶ。
「あなたがこっちに来て、それに、そんな大声を出さなくても聞こえるわ」
「あ、あぁ、すまない」
 ふふ、よく私を見つけたものだ。
 月の光しか頼れない、このビルの屋上で、よく――。
 
 ……ありがとう。
 
 そして、さようなら、かな。

104 名前:「落ちる女」3/3 ◆v1BzBDr2zk 投稿日:2006/10/07(土) 00:20:04.15 ID:CS8p8RXQ0
 急に涙が誘われてきた。
 私を助けようとする人がいるなんて、けれど、このオチを私は知っている。
 彼では私を助けることができない。なぜなら――あ。
「自殺は、だめだよ」
 彼の顔がはっきりと見えるようになる。
 それは私好みで、そして、ふたつ目の願いが叶ったのだ。
 それは普通の人なら誰しも経験できることで、落ちてばかりで悲観的な私には機会が無かった。
 そう、私は、恋に落ちたのだ。
 それと同時に、私自身の物語のオチを外してしまった。
「あ」
 頬が赤くなってゆくのがわかる。一目惚れだなんて初めてのこと。
「手を貸すよ。ほら、こっちに来て、気をつけてフェンスを登って」
 なんてこと、もう自殺なんて考えられない。
 目の前にいる彼を好きになってしまったのだから。
 私は手を貸してもらって、フェンスを乗り越える。
 よーし、思いっきり彼の胸に飛び込んでやろう。
 けれど一瞬、強い風が吹いて、私は驚いて目をつぶり、足を滑らせる。
「あ」
 気付いた時には遅かった。
 私は綺麗なイルミネーションの中へ、吸い込まれるように落ちてしまったのだ。
 あぁ、やっぱり私の人生は、落ちてばっかり。
 もう諦めよ。
 この世界に、アウフ、ウィーダアゼーエン。
 了



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