【 扉の番人 】
◆667SqoiTR2
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166 名前:扉の番人 1/3  ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/10/02(月) 00:32:42.24 ID:SpkT1/Og0
 今日の死者は少ないようだ。机の上の書類が雪崩を起こしそうな様子がない。
 私はため息をつく。一人きりの部屋の空気が淀んだ気がした。
 椅子をきしませて、私は一枚目の書類を見る。丁寧とは呼べない字で、今日の仕事も疲れると教えてくれた。
 もう一度ため息をつく。希望を吐き出して、諦めを吸い込んだ。
「次の人、どうぞ」
 張りの無い声で告げると、入り口の扉が開き、女が入ってきた。
 女は部屋を落ち着きなく見回している。机と椅子しかない真っ白な部屋だと言うのに。
「名前と死んだときの状況を教えてください」
 書類に目を落としながら行った。 だが、女の返答は何も無い。
 私はしょうがなく顔を上げる。
 女は平静を失い、目を泳がせている。状況がうまく飲み込めていないようだ。
 私はため息をつく。あいつ等は渡し賃をもらってるのに、教えられなかったらしい。役立たずどもめ。
「あなたは死にました。だから、名前と死んだ原因を教えてください。
天国か現世か地獄のどれかにいけるか判断します」
 わかりやすく要点だけ簡潔に説明してやった。
 女はおずおずと頷いた。だが、女の行動はそれだけで、沈黙がやってくる。
 私は喋りだすのを待つため、書類を再び見る。暇つぶしのつもりで見たのだが、思わぬ発見をした。
「生前喋れなくても、今は喋れます」
 女は口を二三度開けてから、発音練習をした。頭が固い人間らしい。
「では、どうぞ」
「わたしの名前は土井良子です」女は少し戸惑いを見せた。「わ、わたしは自殺しました。首を吊って。
喉が絞まって。苦くって。喋れなくって。もがいて。更に絞まってきて。でも、抜け出せなくて。
助けて欲しくて。それも無理で。それで、どんどん苦しくなってきて。でも、まだ死ななくて。
死なせてくれって祈って。それで、それで――」
「はい、ありがとう」私はさえぎって言う。「もう十分です」
 先ほどの証言と書類を比べる。判子は迷いなく決まり、私は手に取った。
「あなたの行き先は、現世です」
 私は書類に判子を押し、女に手渡す。そして、三つある出口の扉のひとつを指差す。
 女は礼をして、扉をくぐっていった。

172 名前:扉の番人 1/3  ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/10/02(月) 00:33:22.55 ID:SpkT1/Og0
 ため息をついた。一人目が終わったことに対して、安堵した。
 二枚目の書類に目を通す。
「次の人、どうぞ」
 入ってきた男は強張った顔をしている。緊張しているのかもしれない。
「名前と死んだときの状況を教えてください」
「はい、名前は本田正志」
 私は書類に目を落とす。
「俺は交通事故で死にました」
 驚いた。こいつは馬鹿だ。阿呆だ。大馬鹿野郎だ。
 勝手に笑いがこみ上げてくる。必死に抑えても肩が震える。
「どうしました?」男は焦ったように尋ねてくる。
「いえ、続けてください」私は顔の筋肉を痙攣させながら、何とか答える。
「えーっと、俺と恋人が車で山道を走っていて、対向車線のトラックと正面衝突しました。
それから先は覚えていません」
「はい、ありがとう」何とか笑いを落ち着けて本心を言った。本当にありがとう、この阿呆たれ。
「それで、俺はどこに行くんですか」男は試験の結果を聞くように、すがるように私を見た。

174 名前:扉の番人 3/3  ◆667SqoiTR2 投稿日:2006/10/02(月) 00:34:15.74 ID:SpkT1/Og0
「突然ですが、あなたは自殺した人が天国にいけないと言うのを信じていますか」
「え? もちろん信じてますよ」
「あれ、嘘ですよ。自分のために嘘をついたら地獄。嘘をつかなかったら現世」
 多分私は恐ろしく楽しそうな顔をしていることだろう。
 これほどまでの嬉しいときを経験したことが無い。
 男はたじろぎ、一歩下がった。
「な、何を言い出すんですか?」
「これからのあなたの仕事ですよ」
「え?」男は呆気に取られている。私も初めはこのような顔をしていたのかもしれない。
 私は机の引き出しから自分のことが書かれた書類を取り出し、扉に向かって歩き出す。
「ちょっと待ってくだ――」
「狂っていたら天国。他人のために嘘をついたら交代。すこしでもいい人材を、と言うことです。
椅子に座れば、他人の思考が流れ込んできます。それで判断してください。
詳しいことは椅子に座ればわかります」
 振り向かずに答えた。それ以上の言葉はもう必要ない。
 私は扉に手をかける。この部屋にはもう居たくないが、少し老婆心を発揮してやろう。
「ああ、それと。あなたの恋人は今日死んで、現世に行きました」
 流れ込んでくる思考に、断末魔が含まれると教えないのは、ただの意地悪だ。
 そして、私は天国への扉をくぐった。

<終>



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