【 幽霊の出る家 】
◆xZX.1KPwQU




134 名前:幽霊の出る家(1/5) ◆xZX.1KPwQU 投稿日:2006/10/02(月) 00:06:06.55 ID:Of+TvtMB0
「あなた、わたしのことが見えるの?」
 そう問い掛けてきた彼女に、しかし僕はすぐには返事ができなかった。
 どうして? 理由はいくつもあるんだけど、とりあえず彼女の体が半透明だからっていうのが大きい。
 他にも、よく見たら足が地面に浮いてないからとか、体の周りにうすぼんやりとした白いもやが
纏わりついているからとか。
「ねえ、見えてるんでしょ?」
 ぶっちゃけ怖い。今すぐにでも逃げ出したい。でも何故か僕の口は勝手に――
「……う、うん」
 返事をしていた。

 僕の家から五分ほど歩いたところには空家があった。元々この一帯は農家が多くて家はまばらに建っている。
だけど、中でもその空家は一際離れたところにあって、地元の人たちも寄り付こうとはしなかった。当然
手入れなんかしてないから、家はボロボロ。
 その家にどうして人が住んでいないのか、その理由はよくわからない。
 曰く、前に住んでいた人が引っ越してから買い手がいなくてそのまま。
 曰く、ある日突然住んでいた人達が蒸発した。
 曰く、誰かの別荘である。
 いくつかの推測を耳にすることはあったけど、どれも噂の域を出るものじゃなかった。少なくとも最後の
別荘説だけはありえないとは思ったけど……。
 それはそうと、この辺も地方農村のご多分に漏れず過疎化が、もしやジェットエンジンでも積んでいるのでは?
ってぐらいのスピードで進んでいて、僕の通っていた学校も同じ五年生は全部で五人という有り様だった。
 で、その五人が皆仲良しならよかったんだけど、僕は生来人付き合いが苦手で他の子とは遊びにくかった。
 そのうち、皆は僕を除いたグループとして固まってしまって、僕は独りでいることがますます多くなった。
 最初は室内でおとなしく遊んだり、庭で虫を眺めたりしていたんだけど、そのうち段々と飽きてきた。その頃は、
パソコンやゲーム機は田舎では珍しい存在で、当然ながら僕が手にする機会なんてなかった。
 そうこうしてるうちに僕が閃いた遊びが、例の空家の探検だった。
 善は急げとばかりに、すぐさま懐中電灯と板チョコ(これは保存食代わりだ)を用意して、僕は空家へと走った。
 元々歩いて五分の距離、走ればほとんど時間はかからない。あっという間に目的地についた僕は、古びたドアに
手をかけた。
 ドアは軋み音を立てながらゆっくりと開いていき……そこに彼女がいた。

135 名前:幽霊の出る家(2/5) ◆xZX.1KPwQU 投稿日:2006/10/02(月) 00:06:47.30 ID:Of+TvtMB0
 というわけで、僕は今彼女と向かい合っている。実際は僕の腰が抜けちゃったから、僕は見上げる形に、彼女は
見下ろす形になってるんだけど。
 見た感じ、年齢は僕より上……中学生ぐらいだと思う。学校指定っぽいブレザーを着て、黒い髪を頭の後ろで高
く束ねていた。その髪形をポニーテールって呼ぶことは、後から知った。
「ねえ」
 言葉と同時に大きな音がした。慌てて首を捻ると、さっきまで開いていたはずのドアが閉まっているのが見えた。
「どうしてここに来たの?」
「えっと、ちょっとどんなところか気になって、それに僕友達いないし、だから探検しに来たんだ」
 彼女の冷たい視線に射抜かれて汗だくになりながら、しどろもどろな答えを返す。
「誰かに頼まれたの?」
「え? ううん、頼まれてないよ」
「そう……」
 またしても僕を睨みつける彼女。と、不意に彼女の表情が変わった。そこには先ほどまでの険しい顔ではなく、
柔らかい微笑みが浮かんでいた。
「どうやら本当みたいね。ごめんね、脅かしちゃって。立てる?」
 僕は彼女の助けを借りてなんとか立ち上がった。掴んだ彼女の手は、細くて、白くて、綺麗だった。


 それから、僕と彼女は色々と話をした。そのおかげでわかったんだけど、やっぱりと言うかなんと言うか。
 彼女は幽霊、一般的には地縛霊と言われるタイプの霊だった。
 その頃の僕は地縛霊という単語を知らなかったので「それってなに?」って聞いたら「今いる場所から離れられ
ない霊のことよ」と教えてくれた。
「あれ? 幽霊って触れないものなんじゃなかったっけ? 僕、手を握ってたけど……」
「普通なら、見えることもないみたい。でも、たまにキミみたいに幽霊と『触れ合える』人がいるの」
「それじゃあ、僕って変わってるのかな?」
「変わっていると言うよりは、特別かな」
 特別。今まで自分のことを「友達もいない、つまらない人間」だと思っていた僕にとって、その言葉は新鮮で、
その響きが嬉しかった。

136 名前:幽霊の出る家(3/5) ◆xZX.1KPwQU 投稿日:2006/10/02(月) 00:07:32.22 ID:Of+TvtMB0
 僕はこの一件以後、時々こっそりと空家に行くようになった。インターホンなんてなかったから、古ぼけたドア
をノックするのが来訪を知らせる合図だった。ドアを開けるとそこは、非常識な存在である「彼女」がいる非日常
的なセカイ。
 僕と彼女は現実から切り取られた空間の中で、色々な話をした。最初の数回は自己紹介みたいなもので、僕が友
達がいないとか、トンボを捕るのが得意だとか、そんな他愛もないことを喋った。
 彼女のことも少しずつ知っていった。
 中学三年生の時に亡くなったらしいこと、気がついたらなぜかこの家で地縛霊になっていたこと、時々この家を
壊そうとする人たちが来るので、その度に脅かして追い払ってきたこと……
「どうしてこの家を守ろうとするの?」
「んー、よくわかんないけど、ここしか自分の居場所がないからじゃないかな。私はこの家しか居られないみたい
だから、ここが無くなったら私も消えちゃうかもしれないから、だから守ろうとするんだと思う」
 ほとんど無意識のうちにやってることなんだけどね、と笑いながら付け加えた。その時の僕には「無意識」って
言葉はわからなかったけれど、この家がなくなったら彼女がいなくなってしまうということは理解できた。だから
「なら、僕もこの場所を守るよ!」
「本当? ありがと、キミは私のヒーローだね」
「も、もうヒーローって年じゃないよ」
「ふふふ……」

 お互いのことがわかったあとは、何となく世間話が続いた。といっても、彼女が僕に提供できる話題は生前の記
憶に限られるから、自然と僕が話をして、彼女が聞き役に回るという分担ができていった。
 僕は彼女に面白い話をしてあげようと、家や学校で起きた出来事をできるだけ覚えて、そしてできるだけ彼女に
話した。彼女は、うんうんと頷いたり、質問をしたり、たまに辛辣なツッコミをいれたりしながら僕の話を聞いて
くれた。
 たまに、彼女が言っていた「この家を壊そうとする人」が来た。僕も居合わせたときには彼女と協力して、悪人
達を追い出した。そんな時はなんとなくヒーローになった気分だったりして。見事作戦が成功すると彼女はキャア
キャアと喜びながら、僕を抱きしめた。生身の人間と違って暖かくはなかったけど、それでも僕はドキドキした。
 僕が中学生になって彼女の身長を追い抜いても、生前の年齢と並んでも、この不思議な密会は続いていた。
 だけど――

137 名前:幽霊の出る家(4/5) ◆xZX.1KPwQU 投稿日:2006/10/02(月) 00:08:56.53 ID:Of+TvtMB0
「もう、会えない……?」
「うん。少なくとも今までみたいには無理になるんだ。夏休みとか正月とか、そういう時じゃないと……」
 ついに僕が恐れていた時が来た。すなわち、高校進学。
 家の近所には高校なんてものがない。最短でも通学に一時間ぐらいかかる。しかもウチの親は「大学受験に有利
だから」という理由で、遠くの全寮制の高校に入るよう言ってきたのだ。僕は必死に抵抗を試みたけど、親の意見
を覆すことはできず、結局は親が勧めたそこに入らざるを得なかった。
「ごめん……」
「そんな、謝るようなことじゃないわよ。キミの将来がかかってるんだから、最良の選択をしなくっちゃ。私なん
かに憑かれてちゃだめよ」
「ごめんな、必ず休みになったら戻ってくるから」
 もうそろそろ帰らないと。明日の朝一番で寮に向かわなければいけない。
「じゃあ、またな!」
「またねっ!」
 非現実への入り口をゆっくりと閉めていく。その時に見た彼女は泣いているように見えた……のは自惚れかな。

 高校では勉強にも部活にもそれなりに力を入れた。昔と違って友達もできたし、傍目から見れば順調な滑り出し
と言えるかもしれない。
 でも僕は、はやくあっちに戻りたくて仕方がなかった。早く休みにならないか――毎日そればっかりを考えてい
た。冷静に思い出してみると、これほど不真面目な気持ちでいる高校生も珍しかったかもしれないと思う。
 そして入学してから四ヵ月後……僕は特急に乗って実家へと、いや、あの古い家へと向かっていた。
 もうすぐ彼女に会えるってだけで、僕の胸は音が漏れてやしないかと不安になるほど高鳴っていた。もしかした
ら顔も赤いかもしれない。おまけにこの数日は遠足前日の小学生みたいにワクワクしっぱなしで、ろくに寝てなか
ったからヒドイ顔になっているかも。
 でも、そんなことはどうでもいいことだった。ただひたすらに、あの空家に戻ることだけを考えてた。
 実家の最寄駅に着いてからがまた長かった。バスを乗り継いで四十分っていうのは交通の便が悪すぎだろう、と
思いつつ、しかしそれしか交通手段はないので、バスを乗り継いで実家へと向かった。そして、実家に着くと挨拶
ももどかしく荷物を放り投げ、母親の抗議の声を聞き流しながら自転車に飛び乗った。
 あと少し! あと少しで僕は――

 そうして、数十秒の後に僕が見たものは、山となった空家の残骸だった。

138 名前:幽霊の出る家(5/5) ◆xZX.1KPwQU 投稿日:2006/10/02(月) 00:09:45.89 ID:Of+TvtMB0
「…………なんだよこれ……」
 彼女が守るといったこの場所は、ただの瓦礫と化していた。
 ――ここが無くなったら私も消えちゃうかもしれないから――
 あの会話が昨日のことのように思い出される。
「じゃあ。やっぱり、あの子は……」
「ちゃんといるわよ」
声のした方をバッと振り向く。そこに、彼女は、いた。
「………………」
「……ほら、なにか言うことあるんじゃない?」
「…………………ただいま」
「うん、おかえりなさい」


それから僕は休みのうちに高校を中退した。
もちろん両親は反対したけど、強引に押し切り、今は町の方でフリーターをしながら仕事探しの日々。
先の見通せない毎日ではあるけれど、僕には全く不安はない。
だって、一番大事な存在は、いつでも僕の隣にいるから……

――なあ、どうしてあの時消えなかったんだ
――んー、よくわかんないけど……きっと、あの家よりも守りたいものができたから、かな……


<<了>>



BACK−鏡扉 ◆KARRBU6hjo  |  INDEXへ  |  NEXT−赤 ◆Awb6SrK3w6