【 閉じ込められたまま 】
◆dx10HbTEQg




95 名前:閉じ込められたまま(1/3) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/10/01(日) 23:46:15.46 ID:wEwb2h9N0
「何これ?」
 いきなり肩に負担がかかり、同時にぐえ、とおかしな音が俺の喉から漏れた。圧し掛かるのはいいが、いやよくないが、首を絞めるな馬鹿!
 わざとではなかったのだろう、美里はすぐに苦しそうな俺に気付いて離れてくれた。
 ついさっきまで俺の漫画を物色していたと思っていたのに、いつのまに背後に。全然気が付かなかった。
「あー、ごめん。でもあんた丈夫だから平気でしょ?」
 何が平気なのかさっぱりぱーのぱっぱりぱーだっつの。喉鍛えろってか? あー、何かまだ違和感があるような。冷めたコーヒーに手を伸ばし、
一気に流し込む。ちょっとはマシになったか。気のせいかもしれないが、そう思い込んでおくことにする。
 俺の彼女はたまに、とてつもなく薄情だ。確か先日、俺が風邪をひいたときにも看病はおろか心配さえしてくれなかったように思う。
 今日もやはり反省なんてほとんどしてくれず、俺の肩に手を置き、屈みこんでパソコンの画面を指差していた。お、貧しい乳が襟元から見えてますよー。
「で、何? これ」
 簡素な部屋が映し出されており、丁度ベッドに当たる位置にカーソルが当てられていた。先刻からずっと、俺はこれと向き合っている。
 まあ、うん。分かってはいたけれど、やっぱり好奇心満たす方優先するよな、こいつは。はは。……なんで俺、こいつと付き合い始めたんだっけかなあ。
 目下俺は、どうやって別れるべきかの方法を模索中だ。嫌いになったわけじゃないんだけれど、限界を感じ始めたのだ。
 四年も付き合えば十分だろうと思う。新たな発見をすることも最早ないし、愛おしさもかなり薄れている。中学生の時からの恋なんてそんなもんだろ。
 その上好みが違いすぎるし、物の考え方もほぼ正反対。今も俺の部屋でぐだぐだしているのだが、アポなしに家に遊びに来るとか非常識極まりない。
「正紀ー? 無視すんな馬鹿」
 素直に別れてくれと言うか、それとも……。
 思わず思考に没頭していたらしく、美里に頭を叩かれた。痛え。
「脱出ゲーム。知らねえの?」
「へー? 私パソコンやらんし」
 全くもって分からない、という顔をしている美里に一応説明してやる。

96 名前:閉じ込められたまま(2/3) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/10/01(日) 23:46:47.34 ID:wEwb2h9N0
 ――主人公は、見知らぬ部屋にいる。見知った部屋の場合もあるが、大抵は未知の部屋だ。気が付いたらそこにいた、というパターンが多い。
「んで、出られないんだ」
「……ドアから出れば?」
「いや、開かないんだって。そこでアイテムとか使って脱出出来れば成功、万歳おめでとうクリアです、って感じだな」
 カチ、とベッドと壁の隙間をクリックする。ロープを手に入れた。今のところ何に使うのかは分からない。ついでにどうしてそんな場所にロープ
があるのかも分からない。
 細かい事は気にせず、視点を変えてクリックを連打する。アイテムはよく見つけにくいところに隠れている。それを逐一真面目に探すのは面倒だ
から、数打ちゃ当たる戦法で勝負だ。
「…………何のためのドアなわけ?」
 至極真面目、といった風体で美里が尋ねる。普段俺のする事になんて興味を示さないのに、珍しい。よほど暇なのか……。先ほどまで美里が寝転
がっていた場所を振り返ってみる。散乱する俺の漫画。なるほど、つまらなかったわけね。だったら帰れよ。
俺に言われても困るのだが、とりあえずフォローしておく。暇つぶしの友を庇うのは俺の役目だ、と今決めた。
「いやでもほら、最後には鍵を見つけたり、暗証番号手に入れてそこから出るわけだから、ドアは必要なんだよ」
「余計訳分からなくなったよ。何で閉じ込められてるのに鍵とか部屋にあるのさ。そもそも中にいるわけでしょ? 中から開けられないドアって何。
どういう意図で作られたんだっつの」
「そういう細かいところは……」
 気にしてはいけない。したら多分負けだ。これは色々な行為を積み重ね、脱出するゲーム。ストーリー性など誰も期待しちゃいない。
 兎にも角にも、このゲームにおいてドアとは、まず閉じ込められているとの認知をし、最後に脱出するために存在している。それ以
上でも以下でもない。
「ていうかドアぐらいぶち破れよなー」
「……乱暴女め」
 うご、だから首を絞めるな苦しい、ぐほ。脳裏に死んだおばあちゃんが見えた。うわあ、楽しそうだなあそっち側!
 もういっそ、お前なんて好きじゃねえんだよバーカ、とか言って別れるという考えを唐突に思いついた。ああでもそうすると反対に俺がぶち破られそうだ。
 ようやく開放された時には、視界が霞んでいた。殺す気か。
 しかしそんな俺の様子にも美里は頓着してくれない。酷い。

97 名前:閉じ込められたまま(3/3) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/10/01(日) 23:47:18.56 ID:wEwb2h9N0
「じゃあヘアピンでかちゃかちゃっと」
「そういうアイテムがあって、且つそういう使い方が出来ればな」
 ふむ、卑劣な技を使って振る、か……。俺に器用な真似が出来るわけがないよなあ。絶対に見破られる。
 何か便利な道具があればいいよなあ。ないよなあ。別れるための道具なんて聞いたこともないしなあ。
「うー。助けを呼ぶわけにもいかないんだよねえ」
「それは考えなかったな……。でも無理だろ」
 友人達は、俺と美里の仲を応援してくれている奴ばかりだ。親公認でもあるため、別れたいなんて相談をしたら問い詰められる。怖い。
 脱出ゲームの方では、何故かブラジャーを手に入れていた。何でこんなものが……。美里の視線がやけに冷えている。いや、これ、別にエロゲーじゃ
ないですから。
 ああでも、浮気をしてそれが原因で別れる、って方法も。……完全に俺が悪者だな、これも。
 どっかに俺も美里も傷つかないで別れる方法、ないかものかなあ。
「……中々クリアできないねー」
「どうにかクリアしようとは思ってるんだけどな」
 だがそうそう仲を抹消するわけにもいかない。出来たら苦労しない。
 ドラえもんとか欲しいなあ。駄目駄目な俺に呆れて未来からやって来てくれないだろうか。そうすれば、どこでもドアとかでとんずら出来るだろうに。
 悩みつつ、それでもマウスを動かすが解決策は見つからない。
 二進も三進も行かない状況に、美里も飽きたのだろう。やんわりと俺の首に腕を回してきた。締められる! と思ったら、そうではなかった。
「それよりさあ」
「何?」
「しよ、セックス」
 お前……。乙女の恥じらいとかその辺りのもの、どこへ置いてきた。初々しさよカムバック!
 呆れ果てていると、美里に椅子から引っ張られ、押し倒された。いい加減こういう行為も止めてケジメつけなきゃな……と一瞬思ったが、美里か
らの濃厚なキスで思考は停止した。
 まあ、とりあえず。
 今は俺自身の鍵をぶち込むことだけ考えよう。難しい事は後回しだ。
 背後のパソコンの画面では、未だ閉じ込められたままの哀れな誰かが固まっていた。







BACK−封印 ◆XUywXrYWA.  |  INDEXへ  |  NEXT−傘 ◆oxQ.jXqnMY