【 ぐるり 】
◆E1Bn2oU..Y




28 名前:『ぐるり』 ◆E1Bn2oU..Y 投稿日:2006/10/01(日) 22:23:46.43 ID:VyWtBxzl0
↑はミス。これから投下します
「ただいまー!」
優(すぐる)の父親が散歩から帰ってきた。
豪快な性格が声量を表すようにその声は家中に響いた。
「おかえり」
居間にいた優が最初に迎えた。
父親の手には優の背丈ほどある大きな箱が。
「〜〜〜ッ♪」
父親はニヤニヤと優の表情を伺いながら靴を脱ぎ散らした。
そのいやらしい顔は“これはなんでしょう?”と聞いて欲しくて
たまらない、そんな大人気ないものだった。
「お父さん」
反応を伺うためにワンテンポ空けた。
「んなぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んだッ!?」
ちょっとバカみたいに大げさな態度で返事を返してきた。
満面の笑みからして、何か良いものであるに違いない。
優も少し胸が高鳴った。
「それなに?」
「んっふっふ〜・・・」
「・・・もしかして、おみやげ?」
父親はつつまれた茶色い紙をいっきに破り捨て、それをあらわにした、
「じゃーん! お前のためにわざわざ買ってきてやったんだ!感謝しな」
それは組み立て式の鉄棒だった。
そのパッケージには“庭でもお家でもどこでも遊べる新感覚組み立て式てつぼう!”と
大きく書かれた煽り文句にちょっと興味を持った。
「優。お前ももうすぐ小学1年生だ・・・。鉄棒もロクにできねぇんじゃあ笑われちまう。
 だからコイツでたっぷり練習しな! 俺からのプレゼントだ!」


29 名前:『ぐるり』 ◆E1Bn2oU..Y 投稿日:2006/10/01(日) 22:25:07.64 ID:VyWtBxzl0
優はそれを手にとってジックリみた。
ちょうど優の視線がパッケージごしに変なピエロとピッタリあった。
その緑色の瞳に優の視界が集まった。
「作って作って!」
我慢できない興奮が大きな声と地団駄に変わって解き放った。
はやくそれで遊んでみたい! その一心だけで。
「家じゃ狭くて無理だ。庭に作ってやるよ」
優はその過程をジッと座り待ち続けた。
その目は人生で一番輝いていた。
お土産などめったに買ってこない、そんな家庭環境だからこそかもしれない。
ついにそれはできあがった。
鉄棒の両端にはピエロの顔と指が飾られている。
その指は“74”という数字を形作っていた。
「おう、どうやらそれは回るたびにカウントされるらしいけどよ
 壊れていて半回転の時点でカウントされちまうらしい。
 ま、そのおかげで安く買えたんだけどな」
滑稽な笑い声をあげながら父親は居間に戻ってごろりと寝そべった。
父親の典型的な休日の過ごし方。
母親がそれに対して口やかましく言うことに優はまだ疑問を抱かなかった。
「・・・よし」


30 名前:『ぐるり』 ◆E1Bn2oU..Y 投稿日:2006/10/01(日) 22:31:07.87 ID:VyWtBxzl0
鉄棒を握り、腕にグッと力を入れた。
そのまま前へぐるりと勢いよく重力に身をまかせた。
風がなんとも気持ちいい。
そして、その勢いを利用していっきに体を持ち上げた。
前回りは見事一発で成功した。
やった! 思わずその場で跳ね上がった。
じゃあひょっとしたら・・・。
そんな気持ちで今度は後ろ回りに挑んだ。
手を逆に持ち変え、一歩大きく下がった。
「えい!」
いっきに助走をつけて地面を蹴り上げる、
空と地面がさかさまになった。
・・・が、それは一瞬にも満たない一瞬で終わった。
「いってぇ〜・・・」
優は起き上がり、また挑んだが失敗した。
丁度その時、カウントは“77”を指していた。
「―――う〜〜・・・できない!」
何度も何度も試みたが一向に進歩の気配がない。
空と大地が何度も交錯し、気分が悪くなってきた。
優はその場に座り込んで大きなため息を吐いた。
その時ふと目に入ったのはピエロの指す数字だった。
「・・・98」
数字のカウントは二桁しかない。
すなわち次でラスト、ということになる。
もし、次のカウントがされた時、何か起こるのだろうか?
優はピエロをジッと見つめた。
「・・・」
ピエロが微妙に微笑んだ気がした。
優は思った、やはり何かあるのだ、と。


31 名前:『ぐるり』 ◆E1Bn2oU..Y 投稿日:2006/10/01(日) 22:31:49.64 ID:VyWtBxzl0
その好奇心を胸に鉄棒をつかんだ。
目を閉じ、深呼吸を一度、二度し、足に軽い勢いのリズムをつけた。
勢いよく地面を蹴り上げたその力は今までで最も強い蹴りこみだ。
体が風に逆らうのがわかる。
だが、勢いは風に勝りぐいんと勢いをあげた。
「できた!」
しかし、体は逆さまになった状態でとまってしまった。
丁度90度ピッタリ回った時点で。
ここで終わるわけにはいかない。
体をゆらし、残り半回転を成し遂げようか―――
腹に力を入れ、目をギュッとつむった。
ついに、運命のカウントが成された。
左右両端のピエロの指が“9”を指した。
その形は親指だけを立て、それを真下に向けている。
「「YEAHHHHHHHHH」」
「「GO TO HEEEEEEEEELL」」
その時、父親は相変わらずごろりとしている。
そして、次の光景は信じられないものとなった。
父親はフローリングから落ち、天井に叩きつけられた。
続いてテレビが垂直に天井に落下した。
さらには家そのものがどんどん空へ落下していった。
父親と母親の悲鳴がどんどん遠ざかっていく。
神経を集中させている優の耳に届くことなく。
優の体が持ち上がりつつあった。
近所の家々も次々と空へ落下していく。
それは町内を超え、区内を、市内を、県内を、国内を―――
地球の七割を占める海が、それを隔てたその他各国が、
全てが次々と空へ落下していった。


32 名前:『ぐるり』 ◆E1Bn2oU..Y 投稿日:2006/10/01(日) 22:32:41.02 ID:VyWtBxzl0
「ん〜〜〜〜〜・・・・・・!!」
優は懸命にきばっている。
あと少し、あと少し、体が地面と水平になった。
上半身をいっきにおこし、足は地面を踏みしめた。
「・・・できた、できたーーー!!」
その叫びは呪文のごとく空へ落ちていった“モノ”たちを
いっせいに振り落とした。
尋常でないほどの衝撃と大爆音が優を襲った。
優はその場にうずくまり、ワケがわからないままこの衝撃が止むのを
待ち続けた。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「終っ・・・た?」
優は竦んだ足でゆっくりと立ち上がり、その惨劇を目の当たりにした。
「なにこれ」
鉄棒のカウントは0を指していた。

(完)



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