【 ツメタイトビラ 】
◆WGnaka/o0o




50 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:2006/10/01(日) 22:53:23.28 ID:a4R475rN0
 南京錠の掛けられた鋼鉄製の扉が、僕の行く手を阻むように立ち塞がる。
 赤く錆びた取っ手に触れれば、痛いほどの冷たさが指先から伝う。
 冬の凍て付いた大気と粉雪に、僕の手はすでに悴んでしまっているというのに。

 ただ言い付けを守れなかったというだけで、幼い妹はこの蔵に閉じ込められてしまった。
 暗く寒い中、今も妹は独り泣き続けているのだろうか。
 扉を固く閉ざす南京錠を外そうと、がむしゃらになって叩き揺すった。
 鍵穴を壊そうとしていた指の爪が剥がれて、鮮血がじわりと指の腹を伝う。
 襲いくる痛みよりも、麻痺したような感覚だけが神経を支配していた。
 銀色の南京錠から放たれる鈍い輝きが、扉を開けようとする僕を嘲笑っている。
 無力な僕は何も出来ない。鍵の在り処も知らない僕は、何も出来なかった。
 蔵の中に閉ざされた妹は、抗うこともできずにいるのだろう。

 夕闇が包み始める頃、僕は蔵の扉にもたれ掛りながら空を見ていた。
 苦しくなった呼吸の先には、白い雲のような吐息がふわりと浮かぶ。
 両親はまだ仕事から帰ってこない。
 こんな目に遭わせておいて、心配すらしていないのだろうか。
 そう考えると腹が立ってくる。だんだんと酷い憎しみが湧き上がってきた。
「クソっ!」
 怒りに任せて拳を力一杯に扉へと打ち付けた。
 僅かな鈍い音がその場に響き、扉の振動と共に僕の拳に反動が返ってくる。
 痺れだした腕に構わず、もう一度拳を叩き付けた。
 この扉を壊せれば妹は助かると思い込みながら、血の滲んできた手を握り続ける。
 例えこの拳が壊れてしまおうとも、妹だけは助けたかった。
 まるで扉をノックするように、僕はリズムを奏で続ける。
 痛みも衝撃も、不思議と感じなかった。


51 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:2006/10/01(日) 22:56:36.20 ID:a4R475rN0
  【 第27回週末品評会「扉」/ツメタイトビラ 】

 ――コンコン。壁の向こうから小さなノック。
 コンコンッ。少し強めに僕はノックを返す。
「なつかしいね」
 もたれ掛った壁越しに、妹のくぐもった声が聞こえる。
 背中の壁に伝えるように、僕も言葉を吐き出す。
「ああ、そうだな……」
「ありがとうお兄ちゃん、いつも助けてくれて」
 そう言ってくれる妹は、壁の向こうで笑ってくれているだろうか。
 僕は右手の甲に出来た古傷を左手で擦りながら、ゆっくりと目を閉じた。
 背中合わせの格好で座り込む、僕と妹の姿が見える。
 僕たち二人を遮っているはずの、壁の厚みは感じられなかった。
 その代わりに、妹の温もりが背中を通して伝わってくるような、そんな気がした。
 ――コンコン。
 僕の存在を確かめるように、ノックの音が背中から響いた。
 それを受けてから僕は立ち上がり、静かに移動して部屋を出る。
 すぐ隣の木製のドアに辿り着く。僕はそのドアに向かって、拳を小さく振った。
 ドアが開くと目を赤く腫らした妹が、無理に笑いながら僕を迎えてくれる。

 幼い頃に蔵へ閉じ込められた妹は、時折そのときを思い出して泣き出す。
 そんなときの僕は、あの日と同じように何も出来なかった。
 ただ傍に居てやれることしか出来ない。慰めることしか出来ない。
 それでも僕は、辛い過去に囚われている妹を助けてやれているだろうか。
 あの固く閉ざされた扉が無いだけ、今は良いのかもしれない。
 冷たい思いをさせないように、妹の華奢な体を抱き締める。
 落ち着くまでずっといつまでも、僕は僕の出来ることをしよう。
 妹の心に繋がれた南京錠は、いつか壊せると信じている。

   了



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