【 肛門奇譚 】
◆aDTWOZfD3M




36 名前:肛門奇譚1/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2006/10/01(日) 22:39:54.76 ID:BwbfVeqx0
 聖シリアンナ医科大学の、権太薫教授が学会で発表したその研究は、後年か
ら見れば非常に重大な物であったが、発表当初は世の人々の嘲笑を買うばかり
であった。なぜならその研究は、要約すれば『痔疾患者の肛門を機械仕掛けの
自動扉に改造する』という物だったからである。
 社会構造の変化に伴うデスクワークの増加と、食生活における刺激物の増加
によって、日本人の痔の罹患率は激増しており、痔に対する抜本的な治療法の
開発は日本医療界にとって大きな目標であった。また痔の患者の多くが、「こ
んな苦しみが続くくらいなら、いっそのこと肛門を取り替えてしまいたい」と
思っていた事は事実である。
 だがしかし、一体誰が本当に肛門を取り替える、などという事についてまじ
めに考えるであろうか。それも機械仕掛けの人工肛門に。
 しかし、権太薫教授は本気だった。彼は真剣に痔疾患者を苦しみから救う方
法を考えていたのである。そして本気だったがゆえに、学会で嘲笑を浴びた彼
が感じた屈辱と絶望は、彼の精神を歪めてしまうほどに大きいものだったので
ある。
 屈辱の学会から帰った彼は、自分の研究室で三日三晩苦悩し続けた。そして
四日目の朝、運命の決断を下すのである。
 時は、20××年八月十五日の事であった。
              
 学会から半年ほど経ったある日、日本中の肛門科の医師を驚愕させる発表が
なされた。権太教授の開発した人工肛門が、厚生労働省に正式に認可されたの
である。同時に、「今後、痔疾の治療には権太式人工肛門の使用が望ましい」
という通達が、厚労省から全国の病院に出されたのだ。
 「一体、厚労省の役人は何を考えているのだ!そもそも、権太式人工肛門を
どこで手に入れろというのだ?」
そう思った多くの医師が厚労省の担当官に問い合わせた。そしてさらに困惑す
べき返答を得ることとなる。 
 通達の出る直前、あの権太教授は大学を辞め、自分の発明した人工肛門を製
造販売する会社を設立していたのである。

37 名前:肛門奇譚2/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2006/10/01(日) 22:40:31.04 ID:BwbfVeqx0
 ここで一度、権太式人工肛門について説明しておこう。
 権太式人工肛門は、見た目はマッチ箱大の外開きの扉である。この人工肛門
は、痔疾の手術により肛門と括約筋(肛門を動かす筋肉)を切除したのち、その
替わりに埋め込まれる。排便時には遠隔操作によって開閉し、括約筋を切除し
ても快適な排便行為を行う事が可能である。
 この人工肛門の画期的な点は、これまで括約筋を切除した場合に困難になる
排便の制御が、扉の開閉という簡単なシステムによって可能となったことであ
る。その扉を開けるには、もはや国民の全員が持つようになった携帯電話から
操作できるようにする事で、利便性の向上にも成功した。そのための暗証番号
は、本人と厚生労働省以外は知ることが不可能とされた。

 さて、いやいやながらも権太式人工肛門を使用し始めた肛門科の医師達だっ
たが、使ってみると意外と使い勝手が良い事に気がついた。これまでの治療法
ではついて回った再発の可能性が無くなる上に、肛門の穴が大きくなることで
便秘にならなくなる、という効果もあったのである。
 この便秘にならない、という点が美容業界から注目された。便秘はお肌の敵
であり、さらには肥満をもたらす可能性もあるからである。厚労省も、どうい
うわけかいつもの鈍重な対応に似合わぬ俊敏さで、美容目的の人工肛門の使用
を認可した。最初に数人の職業的モデルが人工肛門を装着し、その効果が実証
されると、肛門を人工肛門に取り替えるのが、女性達の間で大流行し始めた。
 それに伴って、権太教授の設立した会社「権太医療技研」は急成長する。当
初僅か従業員三人で始めた会社は、三年後には正社員だけで二千人を数える大
企業になっていたのである。
 しかし、会社が大きくなるにつれて、どういうわけか権太教授は公の場に姿
を見せなくなった。会社の大躍進に注目した、マスコミ数社が取材を申し込ん
が、それも全て断られた。今や大金持ちの社長となった権太氏は、それまで住
んでいたマンションを引き払い、やけにセキュリティが厳重な大邸宅に移り住
んでしまったのである。


38 名前:肛門奇譚3/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2006/10/01(日) 22:41:14.62 ID:BwbfVeqx0
 さらに権太式人工肛門の普及は進んだ。それは厚労省が、新設された国民健
康増進法に基づく助成金を、権太式人工肛門の装着に認めたからである。名目
は、「排便行為の円滑化による、大腸ガン等生活習慣病及び、肥満の防止」で
あった。これにより、権太式人工肛門は男性にも受け入れられるようになり、
いつしか普及率はほぼ100パーセントとなっていた。トイレで踏ん張らなくて
も、ほんの数秒で排便行為が済む手軽さが、スピードを尊ぶサラリーマン達に
受けた。
 最後まで頑強に人工肛門の使用を拒んだのは、いわゆるホモの人々である。
彼らにとっては、肛門は単なる排泄器官ではなく、自分が性生活を営む上で重
要であり、その機能は普通の人工肛門では補う事ができなかったからである。
 しかしそれも、人工肛門にオプションとしてそれ専用の機能を付ける事が可
能となり、さらに快感を得られるようになると、あっという間に人工肛門を使
用するようになった。もともと慢性的に痔に悩まされていた彼らであり、欠点
が解消されれば、反対するどころか喜々としてそれを装着したのであった。
 こうして権太式人工肛門は、瞬く間に日本中を席巻した。権太氏は、日本有
数の大金持ちとなり、資産が増えれば増えるほど、ますます邸宅は豪華になっ
た。それに伴って、さらにセキュリティ設備が拡充され、もはや外見は要塞の
ような有様であった。
 この大躍進を見て、それを怪しむ人々もいた。そもそも、妙に権太式人工肛
門に対して有利な状況を作り上げてきた、厚労省の行為そのものが、あまりに
怪しい。しかし、誰がどう調べても、権太氏と厚労省との間に、金銭のつなが
りや過剰な接待等は見つからなかった。
 こうして、特に問題もなく、あの学会の日から十数年が経とうとしていた。
人々は皆権太式人工肛門の扉を開閉しながら日々を送り、あの学会に参加して
いた医者達も、権太氏を馬鹿にした事を忘れ去って暮らしていた。この平和な
日々が続く事を、誰もが疑いもしなかった。
 だが、陰謀は地中深くで、静かに、だが着実にその根を伸ばしていた。
 その最初の萌芽は、あの学会から十六年後、20××年十月七日の事であっ
た。

39 名前:肛門奇譚4/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2006/10/01(日) 22:41:51.55 ID:BwbfVeqx0
 その日、某野党所属の国会議員A氏が、庶民派である事をアピールするため
地下鉄で国会に向かっていた。彼は今日の委員会で、製薬業界がらみで厚労省
が行っていた不正について追究しようとしていた。
 彼を異変が襲ったのは、地下鉄に乗って僅か数分後だった。突然彼の装着し
ていた人工肛門が、何の前触れもなく全開になったのである。彼が気付いた時
には、すでに多量の大便がこぼれ落ちていた。とてつもない異臭が地下鉄の車
内に充満し、車内は大パニックに陥った。
 この一件で、哀れな一人の国会議員はその政治生命とともに、命そのものを
失った。事件を知ったマスコミが、「お漏らし国会議員異臭騒ぎを起こす」と
大々的に報道し、恥辱に耐えかねた彼はそのまま首を吊って果てた。
 突然開くはずのない肛門が開いた事について、厚労省は「ごくごくまれな誤
作動」として処理した。
 しかし、同様の事件は次々に起こり始めた。A氏を初めとして、厚労省の不
正を追究していた国会議員は、次々に人工肛門のトラブルに見舞われた。ある
者は講演中に、ある者は遊説中に、またある者は本会議中に次々に大便を漏ら
した。全て、狙いすましたかのように人前で、である。
 この事態に、さすがに人々も怪しみ始めた。被害に遭ったのは、いずれも厚 
労省に不利な動きを見せていたものたちであり、人工肛門を操作する暗証番号
を知るのは、本人以外には厚労省だけである。厚労省が事件に関与している事
は、火を見るよりも明らかだった。
 そこで検察が厚労省の捜査を開始した。家宅捜索のため、数十人の検察官が
厚労省のビルに入ろうとした。だが、彼らもビルの入り口で突然人工肛門が開
き、大便を盛大に漏らす事になった。
 ここにいたって、もはや犯人が厚労省であることはごまかしようのない事実
となった。警察は人工肛門が勝手に開かないようにプロテクトした、機動隊を
厚労省に投入し、事態の解決を図った。しかし機動隊が突入した時には、すで
に厚労省の高級官僚は人工肛門の暗証番号のデータベースとともに姿をくらま
していたのである。


40 名前:肛門奇譚5/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2006/10/01(日) 22:42:58.41 ID:BwbfVeqx0
 翌日になって、逃亡していた官僚達の居場所が明かとなった。彼らは全員、
権太氏の大邸宅にいたのである。
 彼らはそこから日本中に声明を発表した。「日本人の肛門は、全て我々の支
配下にある。排便の自由が欲しければ、我々に日本政府の全ての権力を渡すべ
し」
 この声明に対し、日本政府は警察と自衛隊の全面投入をもって答えた。これ
によって事件は早期解決すると思われた。しかし、事態は思わぬ方向へ向かう
事になる。要塞化した権太氏の大邸宅の前に、自衛隊が攻めあぐねていたので
ある。しかも立てこもった官僚達は、日本国民の肛門の全面封鎖で対抗した。
 自衛隊員達は極度の便秘により、次々と戦線を離脱していった。また国民達
も全員かつてない便秘に襲われ、病院に担ぎ込まれる者が続出した。
 こうして二週間に渡る攻防戦の末、日本政府は事実上の全面降伏を余儀なく
された。厚労省の官僚達が、日本の全権を握るようになったのである。
 さらにそれまで沈黙を守ってきた権太氏が衆目の前に現れ、なんと名誉国家
元首の座に着く事になった。
 ここにいたって、人々は権太氏と厚労省とが、共謀して人工肛門を広めてい
た事に気がついたが、全ては後の祭りだった。
 権太氏と元官僚達は、政権を握ると権太式人工肛門の装着を義務づけた。さ
らに彼らに逆らう者を弾圧するため、特肛警察(特別肛門管理警察)という一種
の秘密警察を組織した。彼らに逆らう者は、皆激しい便秘か、大便垂れ流しと
いう恐ろしい拷問を受ける事となった。

 ……こうして始まった独裁政治は、以降三十年間に渡って続く事となる。そ
の間、「痔の日曜日事件」等の大弾圧があり、国民は恐怖に震え続けたのであ
る。
 全ては、権太氏一人の復讐心からもたらされたものであったのだ。
 この状況が終わるには、第三次世界大戦の敗北により、権太政府が崩壊し、
国連で「排便権」が基本的人権の一つと承認されるのを待たねばならない。

                           〈了〉



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