【 扉と魔女っ子物語 】
◆InwGZIAUcs




945 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:2006/10/01(日) 21:00:51.34 ID:2PqDqhWB0
 遙か地平に霞む山々に、オレンジ色の太陽が落ちていく。
 乗り合い馬車から降りたウルルは箒に浮遊の魔法を掛け、ちょこんと柄の部分に座る。箒は薄暗い街道を、
ゆっくりと揺れながら進んでいった。夜風はひんやりと頬を擽り、髪を撫で、ウルル愛用の蒼いスカートを揺らした。
彼女は、耳にかかる透き通るような水色の髪を手でときながら、同じく愛用している黒の三角帽子を被りす。
そして誰もが振り返るような可憐な顔は今、嬉しさと悲しさを混ぜ合わせたような、寂しい笑顔をたずさえていた。
 ほどなくして、明かりの点々とした町が坂下に広がった。昔と少しも変わらないその風景がウルルの心を震わせ、
視界を滲ませる。そこは王都から馬で三日ほど離れた町、ウルルにとっては生まれ故郷である。六年前親元を離れ、
王都の大学で魔法の腕を磨き、見事卒業試験に合格した彼女は、ようやく自分の故郷に帰ってきたのだ。
「ここがウルルの生まれた町かい?」
 ウルルの肩に掛けていた鞄からヒョッコリ顔を出したのはイタチ。彼女の使い魔、イタチのイッチであった。
 イッチは器用にウルルの体を一回りすると、箒に降り立った。そして前足を前方へ向け、キリッとした表情で叫んだ。
「だったらもっと箒を飛ばそう!」
 どうやらノロノロろした箒の動きに、イライラが貯まっていたらしい。
 溜息一つ。ウルルはイッチを掴むと鞄へ戻し、諭すように頭を撫でた。
「そうね。でもちょっと懐かしさを噛みしめて行きたい気分なの」
 ふーん、というイッチをなだめながらウルルは大きく眼前の町を見つめた。
(それだけじゃ……ないんだけどね)
 その後も、箒は変わらずユラリと進んだ。

 懐かしい匂いと、カーテンから漏れる眩しい光で目が覚めたウルルは、
まだ横で丸まって寝ているイッチを起こさないようにベットから身を起こした。
昨夜寝る間際だった両親は、帰宅したウルルを歓喜と涙と抱擁で迎えた後、今日はもう遅いから部屋で
お休みなさいと促した。彼女は、懐かしの自室でその晩を過ごしたのだ。
 二階から階下のリビングへと降りたウルルは、朝ご飯を食べ終えた父と、洗い物をしている母に、
少し照れながら挨拶をした。「ウルル、昨日は思ったより早い帰郷に驚いたよ」と父が言えば、
「あなた、お喋りはお仕事から帰った後ゆっくりとなさって下さい」と母が弁当らしき小包を父に手渡す。
 父は母に促されるまま、名残惜しそうに仕事へ発っていった。

 手紙ではない、母との会話と用意された朝ご飯を噛みしめながら、ウルルは暖かく安心できる場所へと帰ってきた
実感に満たされていた。しかし、それだけでは帰ってきた意味がないと、彼女は自分に言い聞かせる。

946 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/01(日) 21:01:33.31 ID:2PqDqhWB0
「お母さん、話は変わるんだけど……扉は?」
 その言葉だけで全て伝わった母の表情は、今までとは打って変わり悲哀の色を帯びる。
「……相変わらずよ。年に二、三人くらいのペースで、人を呑んでいるわ」
「そっか……」
「それって何のこと?」
 いつの間にか目を覚まし隣で蹲っていたイッチは、会話に混じろうとウルルの肩によじ登り前足をピッと上げた。
「イッチにはまだ話してなかったね」
 そう言ってウルルは事の次第を説明した。
 ある日、町はずれにある岩山に貼り付けたように佇む扉から、魔物が沸いて出てきた。その扉には「年に一度、人を
捧げよ」と書いてあり、その要求に応えると、扉から魔物が出てくることはなくっなった。
「ふーん。その扉壊しちゃえば?」
 イッチのごもっともな意見にも、ウルルは説明に補足をいれる。
 壊そうとすれば魔物が飛び出て、扉に近づくこともできない。ただ一度隙をついて扉に一撃を放った傭兵の言葉は、
鉄のような固さであると漏らしていたそうだ。さらに、三流魔法使いでは歯が立たず、一流の魔法使いを雇う
ようなお金はこの町には存在していないという有様で、まさに八方塞がりと言える状態である。
「じゃあどうするのさ?」
「私が壊すわ」
 イッチが短い前足を組み疑問符を浮かべた質問に、ウルルは即答した。
 唐突なその言葉に母が動揺し、ウルルの肩を掴んで揺らす。
「あなたまだあの時のこと気にしているの? 忘れなさい! そんな危ないことはしなくていいの。
町の牢屋にいる罪人が捧げられれば害はないのだから……」
 母は顔面蒼白でウルルの行為を止めさせようとしたが、彼女の意志は固かった。
「羊、羊、羊さん。埋もれてしまえば夢世界――スリープ」
 奇妙な呪文を唱え、眠りの魔法を母に掛けたウルルは、唐突に眠りに落ちた母をベットの上へと連れて行き、
そっと毛布を掛けた。
「ごめんなさい、お母さん」

「ああ? 扉を壊しにいくだって?」
 酒場のあちらこちらから嘲笑う声が響き渡る。ウルルはある程度予想していたが、
扉が現れた頃に比べて住民達はだいぶ保守的な考えになっていたようだ。

947 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/01(日) 21:02:03.97 ID:2PqDqhWB0
「お前さん魔法使いか? やめとけやめとけ、六年位前に王都から来た一流魔法使いが殺されている」
「それよりおじさん達といいことしねえか?」
 ウルルはそのヤジに怯えた表情を浮かべ、逃げるようにしてその場を後にした。その様を見て、
ウルルらしくないイッチは不思議そうに声をあげる。
「いきなりどうしたのさ? こんなヤジくらいは平気だろ?」
 そんなイッチを見つめるウルルの瞳は、揺れる水面の様に潤んでいた。
「……イッチ聞いてくれる?」
「そりゃオイラはウルルの使い魔だからね。ご主人様の話はなんでも聞くさ」
 後ろ足で立ち上がり肩の上で胸を張るイッチに、ウルルはクスッと笑い口を開いた。
「私ね、六年前、好奇心でその扉を見に行った事があるの……その時、一流の魔法使いが、
扉を壊そうとしていたんだけど、魔物に見つかってしまった私を庇って殺されたの……」
 それだけ言うと、俯いてしまったウルルに何て言えば良いのか解らないイッチは、とにかく威勢を荒げた。
「な、ならオイラ達で仇を討つしかないぜぃ! オイラがついてるよ、頑張ろうぜ!」
「そうね。私はその為に魔法を死に物狂いで勉強してきたんだから!」
 無理して笑い、気合いを入れるウルルをイッチは励ましながら、町はずれへと歩く。
 そう、ウルル達は二人で、扉のある岩山へと向かったのだ。

 それはウルルがこの町を後にした頃。
「なあ、さっきの魔法使いの女の子は、本当に扉に行ったのかな?」
 一人の男の呟きが、小うるさい酒場に水をうったような静けさをもたらす。
「俺ちょっと見てくる!」
 その男は椅子から立ち上がると酒場を飛び出した。

 ウルル達が町はずれの林を抜けた草原に佇む岩山にたどり着いたのは、天から下り始めた太陽が、
赤く染まろうとしていた頃。岩山にはやはり扉が存在し、彼女たちを待っていたかのように、扉から武装した
魔物、鬼人が現れた。鬼人は、豚のような顔に角を生やし、人間の倍はある体を揺らしながら目を血走らせていた。
イッチはウルルの魔法により、太陽の様な紅い鳥、フェニックスへと変身を遂げ、戦いの火蓋は切られたのだ。

(ウルル、気付いてる?)
 ウルルより一回りも大きな、赤光を帯びる鳥のイッチは、鬼人を焼き捨てながらウルルの心に直接語りかけた。

948 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/01(日) 21:02:38.58 ID:2PqDqhWB0
(うん……少しだけど扉が小さくなってる)
 ウルルが、得意魔法『セイントアロー』を唱えると、箒の先から閃光が迸り鬼人を貫いた。太陽はとうに沈み、イッチの
赤く照らす灯りを頼りにウルルは魔法を解きはなっている。しかし、出てくる鬼人の勢いは、尚も衰えた気配はない。
(このまま魔物を倒し続ければ勝てるかな?)
 ウルルの疑問にイッチが答える。
(恐らく扉も魔物の一種だ。この鬼人を出せば出すほど消耗していくとみたぜ! つまりその通り)
 イッチの答えに答える代わりに、ウルルは更に魔法を唱え鬼人を蹴散らした、
イッチも負けじと閃熱をまき散らし、彼女に鬼人を近づけないよう舞い続ける。

 その時、草むらに動く影に一早く気付いたのは鬼人だった。
 鬼人に見つかったのは男。彼は酒場から飛び出した男だったが、ウルルには知る由もない。そして錆びた剣を
振り上げる鬼人に何もできず、彼は叫んだ。戦場と化した焼けた草原に木霊する。
(魔法は間に合わない!)
 瞬間的にそう判断したウルルは、彼に向かって駆け出した。
 風を切る高い音がウルルの耳に響いたが、間一髪の所で男とウルルは、鬼人の荒ぶる一撃から逃れた。
次に来る攻撃に備えようとした時、ウルルの足に痛みが走る。足に先程の一撃が掠めていたようだ。
「逃げて! お願い! 逃げて!」
 地面に座り込んだウルルは男に向かって叫んだ。そしてウルルの背後に紅蓮が舞った瞬間、後ろからとどめを
刺そうとしていた鬼人が燃え上がり炭化する。それを見た男は、爽と林の闇へと消え去っていった。
(何やってんだよ!)
 ウルルの危機を救ったイッチが彼女に怒鳴り叱った。
(ごめん……)
 叱りながらも、イッチは動けないウルルを守りながら舞った。その間に彼女は、癒しの魔法「キュア」を唱える。
が、彼女の傷は思ったよりも深く、立ち上がるので精一杯だった。

 ウルル達に傾いていた戦局は、先程の出来事で一気に逆転してしまっていた。イッチはウルルを守ることに専念
しすぎて、敵が中々減らない。ウルルも魔法で応戦するが、攻撃魔法とは違い、著しく魔力を消費する『キュア』で
多くの魔力を減らしてしまった今、彼女の放つ『セイントアロー』に最初ほどの威力もなく、敵は数を増やす一方であった。
(……ウルル)

949 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/01(日) 21:03:21.07 ID:2PqDqhWB0
 イッチの言いたいことはウルルにもよく分っていた。しかし、ここで逃げたら町にも沢山の被害が出るだろう。
行き場を無くした鬼人は恐らく一番近い町を襲うはずだ。
(もう少し……もう少しなのに……)
 事実、山に張り付いたような扉は、最初の半分の半分程度の大きさまで小さくなっていたのだ。しかし、
そんな小さな扉からでも、鬼人は平気な顔でその扉から沸いてでた。恐らく何かの魔法が掛かっているのだろう。
 ウルルは唇を噛みしめ、最後の手段……自爆魔法の呪文を唱え始める。
「我が身すら焼き尽くす聖炎。我の意志に応え、我が望む者を焼き払え――」
 イッチは慌ててウルルを止めようとするが、鬼人に手一杯の彼はどうすることも出来ない。
「やめろウルル! やめろおおおおぉぉーーー!」
(ありがとうイッチ。大好きな使い魔。私の親友……お母さん達にも、大好きって伝えてほしいな。最後の命令よ?)
 イッチの心に届いたウルルの声は程なくして消えた。
「――全てを無に帰す時!」
 ウルルがまさに最後の呪文を唱えようとした時である。地鳴りのような、鬨の声があがった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
 それは何十何百人とも言える軍隊。いや傭兵達の叫び声だった。その声の塊と共に、
傭兵達は焼け野原となった草原に駆け出すと、鬼人に斬りかかっていった。
「大丈夫ですか?」
 先程逃げていった男がウルルの下へと駆け寄った。ウルルは訳が分らず、目を丸くしながら呟いた。
「……これは?」
「俺がみんなに呼びかけました、勇敢に戦ってる魔法使いがいるって!
あなたの勇気が皆の心の扉を開いたんですよ!」
 ウルルは鬼人とイッチそして傭兵が戦の様に剣戟を走らせる光景をみて、瞳に涙が溢れ零れる。
形勢は一気に逆転。ついに鬼人全てを蹴散らし、扉のあった場所は、元の岩山へと戻っていた。
 夜も更けた町はずれに歓声が沸き上がる。それは地鳴りのように響き渡った。ウルルは、胴上げだ胴上げだと
叫ぶ厳つい男達に抱き上げられ、一気に夜空へと放り出された。いつの間にかイタチ姿に戻ったイッチと一緒に。

一夜明けた町はお祭り騒ぎ。泣いてウルルを叱った両親は、彼女を抱きしめた。
ウルルがこの町をでて、北の岬で喫茶店を開くと言い出すのは、もう少し先のお話である。



BACK−どこまでもつづく道の向こうに ◆D7Aqr.apsM  |  INDEXへ  |  NEXT−肛門奇譚 ◆aDTWOZfD3M