【 どこまでもつづく道の向こうに 】
◆D7Aqr.apsM




933 名前:どこまでもつづく道の向こうに 1/5  ◆D7Aqr.apsM 投稿日:2006/10/01(日) 20:31:51.31 ID:8vaqN1GQ0
漆黒の闇の中を一群のライトが切り裂く。
過去の遺物として葬られた、ガソリンエンジンの非常識なまでに暴力的なエンジン音が響く。
20台ほどのマシンがごうっという風の音と共に駆け抜ける。
ひとつの場所を目指して、一団は走っていた。
ループワン。
その道は、遷都の結果見捨てられた街を、楕円を描いてぐるりと囲んでいた。
そこが、最後の決着をつける場所。
群れは走る。スロットル全開で。戦いの舞台を目指して。

『アロー! アロー! きょーうの天気はハレっ! 湿度二十五パーセぇぇぇント! 
今の生き残りはさっき警察にイカされた四台をのぞいて十三台! ループワンまで残り三十マイル。
残りの監視網はもうあたしのテクと魅力にメロメロだから、どれだけつっこんでかき回しても大丈夫! 
あぁん! っていうか、むしろきて? ひゃっほー!
エントリーナンバー八番、十番、心拍数あがってるよー? たっちゃったー? さあ、今日も! 
噂の魔女が出るまでがんばって行ってみよう!』
後続のトレーラーに陣取り、ホットランを取り仕切るDJの声がインカムに響いた。
「ジェイミー、落ち着きなよ。クールに行こう」
後席に座るニーナがおどけた声を上げる。ジェイミーはハンドルに手を添えたまま、堅いプラスティックの
バケットシートから背中を浮かし、座り直した。肩口で短く切りそろえられた髪が揺れる。

ホットラン。前世紀の異物となった大排気量のガソリンエンジンを使った違法レース。路上を走るすべてのものが、
警察の管理下におかれた現在において、唯一、自分の腕でマシンを走らせるチャンスだ。その地下レースの4位を
ジェイミーは走っていた。

「しかし今回のDJ、おもいっきり品ないわね」
「かわいい顔してるのにねー。ちょっと話したけどロクネンセイだって言ってたよ?」
後席でニーナが端末を叩きながら、あまり気にした風もなく答える。さらりと流すあんたもたいがいだよね……
という言葉を飲み込んでジェイミーは前を走るマシンに目を戻した。
回転計、水温計、油音計──マシンはまだ十分に「活きて」いる。

934 名前:どこまでもつづく道の向こうに 2/5  ◆D7Aqr.apsM 投稿日:2006/10/01(日) 20:34:05.73 ID:8vaqN1GQ0
道が高架になり、路側帯が狭くなった。スピード感が増す。ジェイミーはハンドルを握り治した。
「そろそろループワンに入るね。警察用ジャマーは? ちゃんと効いてる?」
「うん。コンボイのDJもよくやってるし、うちのニーナちゃんスペシャルも絶好調」
緩い右カーブ。クラッチを踏み込むと同時に、手首を返す小さな動作でシフトダウン。六速から五速。
エンジンがむずがるように吼える。

廃墟となったビルの谷間を走る道が、車を空へ駆け上がらせるように上り坂になる。左、右、さらに右とつづく
下りのカーブが、坂を上り詰めた直後にやってくる。車は数珠つなぎで、時速二百五十キロ以上で突っ込む。
道の両脇に立ち並んでいたビルが、ジェイミーの視界から消し飛んだ。
目の前からアスファルトの路面が消え去る。かわりに目に入るのは、漆黒の空と旧市街の灯。
――星空へ落ちるようだ。
ジェイミーの脳裏をそんな言葉がよぎる。
車体が軽く浮き上がり、次の瞬間、路面へたたきつけられた。
ジェイミーはシートの中で揺さぶられる体を無視して、じわりとハンドルをきる。瞳はひたすらに
前だけをにらみつけている。車体が安定しないこの状況で、ハンドルをきりすぎれば即スピン。
側壁へ一直線だ。後席ではニーナがシートにしがみついて耐えている。

『ヘーイバディーズ! なァーウ、ウィーアニン……ルウゥウウウウプ! ここまで残ったのは八台! 
ループは五周! あの……最後まで気を抜かないで。わたし、このレースが終わったら……終わったら……
ふつうの女の子に戻るんだ。だから。だから、がんばってね?おねがい』
インカムから響くDJの声がヤケにしおらしい。ジェイミーは耳に装着されたインカムを叩いた。
「混線してんじゃ……」言いかけた瞬間。
『ギャーハハハハハハ! どう? 今のどう? モエ。もえた? はい、みんな机に顔を伏せて! 
妹属性のヤツ! 正直に手ェあげろよ! ……さあって、まあ、ここまで来たわけですよ。
オマエら……喰われんなよ! やぁん!きちゃう!ヒァィイイイイ……ズ』
コーションランプが赤く光る。垂れ流される特有の電波を拾って計器が反応していた。
甲高い、明らかに異質なエンジン音が迫る。ジェイミーは視線だけを動かして、ドアミラーに視線を飛ばす。
「きた! ジェイミー! きた! ヒャ……ひゃっほー!」

『ウィーッチ! 魔女の登場だぁー!』

935 名前:どこまでもつづく道の向こうに 3/5  ◆D7Aqr.apsM 投稿日:2006/10/01(日) 20:35:14.20 ID:8vaqN1GQ0
恐ろしく高回転なエンジン音を響かせて、黒い車体が迫ってくる。冗談のようなスピード。メーターの針が
三百近くに張り付いているのに、ゆらゆらと不安定に車体を揺らしながら、その車は近づいてくる。
ループワンの悪魔。魔女が――降臨した。

その車両が止まっている所を見た者はいない。忽然とループワンに現れ、ホットランの参加者を抜き去る。
そして、抜き去られた車両は、必ず――クラッシュした。これまでいくつもの「ラン」が彼女によって
打ち壊されてきた。

「ニーナ。コンディションチェック。ブースターの残りは?」
ジェイミーは斜め前を走り、三番手の車のようすをうかがう魔女を見ていた。
あり得ないほどに低いフロント。くさび形を描く車体は金属片で覆われ、ささくれ立ち、魔女の箒のを思わせた。
テールランプが二つ、赤く光りながら揺れている。
「ブースターの残りは三回。コンディションは大丈夫。今まで我慢したからね」
「無理させるけど……エンジン、まもってやってね。どうしても……どうしてもヤツは越えなきゃいけないんだ」
後席から親指を立てた手が突き出される。
ジェイミーは緊張をほぐすように、ハンドルをぱん、と叩いた。
ドライバーは走ることだけを考える。後席はドライバーの意志に答えるべく走っているマシンの調整を行う。
「よし! 行こう!」
コンソールにつけられたレバーを引く。
悲鳴のような音をたてて、タイヤが一瞬空転、蹴飛ばされるようにジェイミーの車体が前に飛び出す。
スピードメーターの針が冗談のようにはじける。
魔女と三番手の車を追い抜く。ループワンの直線を駆け抜けていく。二位と一位の車はぴたりと同じ
ラインを走っている。その後ろにつけた。大きな右カーブがすぐに迫る。ノーブレーキで、一瞬アクセルを
抜き、逆に踏み込みながらカーブを抜けていく。二位の内側と外壁の間をかすめるようにして抜けていく。

一位の車はずるずるとタイヤを滑らせながらそれでもポジションをまもっていた。その後ろにぴたりと
ジェイミーと魔女がつづく。二周をやり過ごし、四周目に入った。
魔女はジェイミーの前で、一位のようすを伺っていた。これまで何度か抜きつ抜かれつを繰り返しているが、
引き離すには至っていなかった。
一般車に見えるコンボイが見えてくる。DJはすっかり黙ったままだ。

936 名前:どこまでもつづく道の向こうに 4/5  ◆D7Aqr.apsM 投稿日:2006/10/01(日) 20:35:58.22 ID:8vaqN1GQ0
魔女がコンボイと並んだその時。ふらり、とコンボイの走る左車線からもっとも離れた右車線へと寄った。
――何をする気だ――ジェイミーは反射的にアクセルをゆるめる。何か仕掛けられても十分に避けられる距離。
右車線から、左車線へ、一気に魔女は幅寄せをした。
魔女のリアのあたりから、真横に向かって黒い棒状のものが突き出されるのが見えた。
「ジェイミー!」
ニーナが叫ぶ。一般的にレースカーが搭載するのは護身用のガス銃だが、もし、ヤツがもっと強力な何かを乗せて
いるとしたら。ジェイミーの背中に冷たい汗が流れる。
閃光が視界を走った。コンボイを突き抜けて、外壁からも火花が飛び散る。
続けて二発目が打ち込まれると、コンボイは外壁に車体をこすりつけるようにして止まった。
ブースターをオンにして、魔女を抜き去る。ジャマーが切れたことを示す警告灯が灯った。一位を走っていた車が
ブレーキランプを光らせてペースを落としていくのが見える。
五周目。ラストラップが始まった。

ブースターが切れると同時に、魔女がジェイミーのすぐ後ろにつけた。ブラックアウトされたフロントガラスの
向こう側には人がいるのかさえわからない。
道の両側から、暴走車両停止用のゲートが突き出されはじめた。
道路脇から、赤い回転等を上につけた鋼鉄製の扉がじわじわと閉じられる。一般車両にはすぐに走行車線へ移り、
停止するようにアナウンスが流れていることだろう。
その間をかすめながらジェイミーと魔女が駆け抜けていく。扉をかすめて、ドアミラーが吹き飛ぶ。
「だめだ!水温あがりすぎ!こんな走り方じゃあ、エンジンに風が入らないよ」
ニーナが悲鳴を上げる。
「なんとかして!あと四分の一周だけでいい!」
カーブを抜ける。最後の直線。ここを走りきれば、このランは終わる。その先にある分岐からループを
抜け出せるはずだった。後ろにつけていた魔女が横に並んでくる。
「だ……だめ。完全にゲートが閉まってる! 逃げられないよ」
ニーナがコンソールを見て悲鳴を上げた。ジェイミーはアクセルを離さず、横目で魔女をにらみつける。
ゲートが肉眼でも見え始めた。魔女も、ジェイミーも速度をゆるめない。
おそらく、魔女はジェイミーとニーナを吹き飛ばしてから、ゆっくりとゲートを破って逃走するつもりだろう。
そのための武器を奴は持っている。
魔女が更に加速しながら、ジェイミーを追い抜きにかかった。後部からさっきの武器が顔を覗かせる。

937 名前:どこまでもつづく道の向こうに 5/5  ◆D7Aqr.apsM 投稿日:2006/10/01(日) 20:36:49.32 ID:8vaqN1GQ0
「ニーナ! 伏せて!」
ジェイミーは──これを待っていた。
サイドブレーキまで総動員して減速。ブレーキペダルをけりつけた。ゴムの焦げるにおいが車内にまで
入り込んでくる。ニーナがコンソールをにらみつけながら、最後の数パーセントの調整をし続ける。
完全にロックしてしまったタイヤは、コントロールが利かない。最大の減速力を発揮させながら、操舵を可能に
する必要があった。
魔女のリアタイヤにバンパーをめり込ませるようにして右から左へ車体を振った。姿勢を崩した魔女がスピン。
タイヤが脳を直接突き刺すような悲鳴を上げ、車体がコマのように回転を始める。少しずつスピードは落ちるものの、
ゲートに引きつけられるように魔女は滑っていった。
信じられないくらい低く抑えられた前部はリアエンジンの証。どんな制御システムを持ってしても、直進状態以外で
後部のバランスを崩されたらひとたまりもない。
ジェイミーはスピンしながら滑っていく魔女を追うように車を走らせる。
重く腹に響く音を立て、魔女は車体の後部からゲートにつっこんで、止まった。
ジェイミーの目に、くさびの先端のようにとがったフロント周りが飛び込んでくる。
コンソールのスイッチを思い切り引いた。ブースター。燃焼室の中に、ニトロメタンが吹き付けられ、巨大な足に
蹴り飛ばされたような加速をはじめる。
右手だけで支えるハンドルは、まっすぐに魔女のフロントノーズを目指す。
「とべっ!」
ジェイミーはアクセルを踏み込んだ。最後の力を振り絞って、車は加速する。
ガッ!
軽い衝撃を残して、音が消えた。白みかけた空だけが視界一杯に広がる。ゲートが車体の下を流れていく。
魔女を踏み台にした車が一台、空を飛んだ。
車体がアスファルトに打ち付けられ、盛大に火花を散らす。
ルームミラーに、閉じられたゲートと、その向こう側から立ち上る煙が見えた。
「ざまあみろ!」
ジェイミーはクラッチを切り、思い切りアクセルを空ぶかしする。
明け方の空に、エンジンの咆吼が響いた。

(了)



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