【 ニセモノ 】
◆ElgkDF.wBQ




803 名前:ニセモノ(1/5) ◆ElgkDF.wBQ 投稿日:2006/10/01(日) 15:48:12.32 ID:EeroM7O30
 担任の山下先生の後ろから、見なれない生徒が入ってきた。
「転校生かな?」「ねぇねぇ、あの子かっこいいね」という声が、ざわめきの中から聞こえる。
 女だからといって甘く見られないようにと思っているのか、山下先生の口調は、いつも厳しい。
「みんな静かに! 本日、学校に転校してきた江川 征司君です」
 静まり返った教室の中で、先生が、隣に立つ生徒を紹介する。
「江川 征司です。よろしくお願いします」隣に立つ生徒が、自己紹介をした。
 顔とは不釣合いの、機械的で男にしては高めな声の上に、無表情、単調な話し方。
 シンとしていた教室は、再度ざわつきはじめた。
 誰もが、その声と話し方に、違和感を持ったようだった。
「静かにしなさい! 江川君の席は、窓際の一番後ろの席になります。江川君、あそこの席に座って」
 先生が、指差した机の方に向かう彼を、みんなの視線が追う。
「新井君、江川君に色々教えてあげてね」
 山下先生が、俺に向かって言った。
「はい」
 隣の席についた江川の方を見ながら、返事はしたものの、俺はなんとなく、こいつは苦手なタイプ
だと思っていた。

 休み時間になって、俺は、いつも屋上の休憩所に集まるグループのもとへ行った。
 みんな、話したいことは、一緒のようだ。
 屋上の柵をガシャガシャ言わせながら、大柄な加藤が言う。
「あの転校生、なんか変じゃないか?」
「俺も思った。なんだ? あの声に、あの話し方。そんなのが、俺の隣の席だぜ」
 俺も加藤の横で、柵を背にしながら言った。
「お前、気づいた? あいつ、歩き方も変なんだぜ。気づかなかったかもしれないけど、あいつの
歩き方、カクカクしてやんの。緊張したにしちゃ、顔は平然としてるしよー」
 校庭を見下ろせるように設置されている、ベンチに座っていた斉藤が立ち上がって、その動作を
真似て見せながら言った。斉藤は、物マネが得意だ。
「ほんと顔はよくても、なんだか人間離れしてるよな。あの転校生」
 空いている方のベンチに寝そべっていた林が言う。
 みんなが今日来た転校生に、違和感を持っていたのは明らかだった。

804 名前:ニセモノ(2/5) ◆ElgkDF.wBQ 投稿日:2006/10/01(日) 15:49:20.12 ID:EeroM7O30
 転校生の江川は、新しい教科書もすでに配布されていたようで、その日、俺はあいつに教えるよう
なことは何もなかった。
 俺はその日一日、チラチラと江川の様子を横目で見ていたが、転校してきたばかりなので、すべてが
物珍しいのか、授業が始まると教科書も見ずに、教室内や校庭の人たちを観察しているようだった。

 ――次の日、体育の授業があった。
「どこで着替えるのでしょうか?」
 例の機械的な話し方で、体操服片手に江川が俺に聞いてきた。
「女たちは更衣室、俺たちは教室で着替えるんだよ」
 俺はぶっきらぼうに答えた。
 教えてやったのに、江川が体操着を持ってどこかへ消えた。
 しばらくして江川が、体操着を着替えて戻ってきた。
 人がせっかく教えてやったっていうのに嫌なやつだ。
「どこで着替えてきたんだよ」俺は、ちょっとイラつきながら江川に聞いた。
「トイレで着替えてきました」
「女みてーなやつだな」
 中2にもなって、恥ずかしがってトイレで着替えるなんて、前はどんな学校にいたんだよと思い
ながら、俺は答えた。
 ふと江川の方を見ると、江川の体操着姿をはじめて見たせいなのか、江川のどこかがおかしかった。
でも、どこがおかしいのかがよく判らない。何か違うような気がする。そう思いながらも、ちょうど
加藤に呼ばれたので、皆と体育館に向かった。

 体育館に向かいながら、加藤たちに、江川がトイレで体操服に着替えてきた話をした。
「なんだそれ? 見られたら恥ずかしい体でもしてるのか」
「前の学校では、みんな一緒に着替えてなかったのかなぁ」
「一人一人に、更衣室があるんだったら、すげー学校だよな」
 みんなそれぞれに、江川に興味が沸いてきたようだった。


805 名前:ニセモノ(3/5) ◆ElgkDF.wBQ 投稿日:2006/10/01(日) 15:50:11.27 ID:EeroM7O30
 体育の授業は、男女別々だ。今日の男子の授業は、バスケットだ。女子は、向こうのコートで
バレーボールの準備を始めていた。
 バスケットの授業がはじまるという時に、江川が先生に何か話している。
「体調が悪くて見学したいやつは、他にいるか?」
 先生が言った。見回して誰も答えないのを確認しているようだ。
「江川だけだな。江川、あそこの隅で見学してなさい」先生は、そう言うと、授業をはじめた。

 男子は、三チームに別れて、交代で試合をする事になった。試合をしていないチームは見学だ。
 俺は、最初に見学するチームだった。加藤と斉藤は最初に試合するチームにいた。
 加藤が斉藤に、目で何か合図しているのに気づいた。視線の先には、見学してる江川がいた。
 加藤たちのやつ、何か企んでるのかなと思った矢先に、加藤が斉藤にボールをパスして、斉藤が
ゴールを狙った!……と思ったら、斉藤のボールはそのまま江川の方に飛んでいった。
 ボールの方ではなく、違う方を見ていた江川の頭に、ボールはそのままぶつかっていった。

 バーンッ!

 江川が倒れた。
 ボールの行く先を見ていた人たち全員の目が点になった。なぜなら、ボールが江川にぶつかった時、
江川の髪が真横にずれながら、カポッと外れて飛んでいったのだ。

「えっ?」「ヅラ?」「カツラだー!」

 口々に叫ぶやつらがいたおかげで、みんな江川を取り囲むようにして、集まってきた。
 バレーをやっていたはずの女子までが集まってきている。
「江川! 大丈夫か!」と先生が、心配そうに江川に駆け寄った。
 江川が、起き上がりながら答えた。

「○△□※$%◇#……」

 何を言っているのか判らない。

806 名前:ニセモノ(4/5) ◆ElgkDF.wBQ 投稿日:2006/10/01(日) 15:51:03.22 ID:EeroM7O30
 その時、江川の後側にいたやつが叫んだ。

「先生! 江川君の頭の後ろに何かあるっ!」

 皆が、江川の頭の方に注目した。俺は、ちょうど江川の後頭部が見える位置に回りこんだ。
 頭の後ろに蓋のようなものがある。小さな扉みたいな形だ。
 江川は、まだ何か判らない言葉を話している。

「ちょっと誰か、他の先生方を呼んできて!」

 先生が叫び、誰かが呼びに走った。
 先生方が集まってきた。
 男の先生が、江川の後頭部の蓋なのか扉なのか分からないものをいじっている。
 その後は、先生の手でよく見えなかった。ただ、先生方が急にざわついて、生徒たちは教室に
戻るように言われて、しぶしぶ皆は教室に戻る事になった。

 その後すぐに学校に、パトカーやら救急車やらが来て大騒ぎになった。

 夜のニュースで、クラスの皆は江川がどうなったのか知った。
 江川は、国の研究機関に連れて行かれたらしい。
 ニュースで聞いた話によると、江川の後頭部の扉は、開くと小さな操縦席のようになっていて、
中にカエルを細くしたような、トカゲの尻尾がないような生物が座っていたらしい。
 ニュースでは地球外生物と言っていた。どうも、人間そっくりのロボットを作り、後頭部の操縦席
からロボットを操縦し、人間にまぎれて、人間について調べていたと思われるという事だった。

 たぶん、最初に江川が体操着に着替えてきたとき感じた違和感は、すでにあの時、カツラが少し
ずれていたせいだったのかもしれない。
 だからボールがぶつかった時に、操縦席を隠す為のカツラが簡単に飛んでいったんだろう。そして、
ボールの衝撃で、異性人の言葉を人間がわかる言葉に翻訳する機械に障害が発生して、江川の話して
いた言葉が意味をなさないものになったのではないか。

807 名前:ニセモノ(5/5) ◆ElgkDF.wBQ 投稿日:2006/10/01(日) 15:51:53.18 ID:EeroM7O30
 ニュースでは、江川は……もう江川と言っていいのかどうかも分からなくなってきたが、あの地球外
生物は、これからもロボットと共に研究機関の方でいろいろと調べられるらしい。
 それと共に、江川のように人間社会に潜入している地球外生物が、他にもいる可能性は否定できない
という話が話題になっていた。

 あの事件の次の日から、みんなが朝の挨拶代わりに、髪の毛を引っ張り合うようになってしまった。
 それが、後頭部についている操縦席の扉を簡単に見つけられる方法だったからだった。
 その方法で、他の地球外生物が何体か見つかった。
 ただ、地球外生物ではなく、普通にカツラを被っていた人までが、髪の毛を引っ張られてカツラが
取られるという被害に会う事が多発した為、後頭部に操縦席の扉がついていない証拠として、カツラを
カミングアウトをする人達が増えた。
 地球外生物の存在にも驚かされたけど、僕がもっと驚いたのは、カツラカミングアウトをした人達が
こんなに周りに沢山いたという事だった。

― 完 ―



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