【 HELLorHEAVEN? 】
◆U8ECTUBqMk




789 名前:HELLorHEAVEN?1/5  ◆U8ECTUBqMk 投稿日:2006/10/01(日) 15:19:59.86 ID:q+VVbq9O0
 砂埃が吹き荒れる荒野。大軍の最前線。白銀に輝く大剣を振る一人の男がいた。
 茶の長い髪、立派なひげ、鋭いまなざし。その姿はどこか威厳すら感じ取れる。
 男の一振りは、神風を起こし、敵陣の宙を無数の首が舞い踊る。「し、死神だぁ! 殺されるっ!」敵兵達は、恐怖に怯え戦場から離脱。
 こうして戦は瞬く間に終焉を迎えた。『疾風の死神』男は、数々の戦にその名を刻む。
 男は『ほかほか帝国第一皇太子』という立場でありながら、自ら戦場の最前線へと足を踏み入れる。
 それは、絶対的な自信と、それに伴うだけの力があるからだ。しかし、その力は生まれ持っての物ではない。
 死神との契約。力を欲していた男は、禁術により力を手に入れたのだ――    

 ――ろうそくの灯は消え、部屋は深い闇に包まれた。男の前にはどこまでも続くような階段。
 男は螺旋に繋がる階段をひらすらに駆け上る。長い時間をかけ階段を上り終えた男の前に、黒い扉が現われた。  
 扉を開けようと、ノブに手を伸ばしたとき、どこからともなく響く甲高い声。
「この奥の闇に身を捧げるのなら、お前の望む力を我が与えてやろう。しかし、その代償にお前の魂は壺の中へ封印する。
お前の肉体が滅んだとき、『魂の壺』の中でお前の魂は彷徨い続けるのだ。地獄も天国とも逝けず、ただ苦しいだけの世界を永遠にな。
その覚悟はあるか? ひひひひ」
 その問いかけにためらう事無く、男は扉のノブを回し、闇の中へと身をゆだねた――

 数百ある周辺各国は乱世の風潮が高まり、血で血を洗う戦で絶えることはなかった。男の国も否応なく戦へと巻き込まれる。
 大国と小国の戦。大国軍勢四千、向かえるほかほか軍勢わずか三百。勝敗は戦う前から決している、はずであった。
 戦が始まりを告げて二時間のこと。フジコーエフ大臣と卓上のチェスに興じている大国のフージオ国王に報せが走る。
「ハァ、ハァ。ゴフッ、ふじこ。ち、違う! わ、我々こ、国軍、ぜ、ぜ、全滅いたしまし……」首に傷を負った兵士は赤いカーペットの上、息絶えた。
「な、なんですとー!」国王の悲鳴に似た叫びが城を揺るがし、チェス盤のキングはゆっくりと盤上に伏した。そして、 国王は憤死した。
 その後も、ほかほか帝国の快進撃は続き、列強国として名を連ねる様になっていく。

 束の間の平穏がほかほか帝国に訪れた。列強諸国は一時的ではあるが、休戦を発表したのだ。
 雲ひとつない青空の下、太陽の光が照り返す城下町。住宅が建ち並ぶ下り坂を、男は颯爽と歩いていた。
 両手に南国の果物と、色とりどりの花束をぶら下げて。男は皇太子でありながら、庶民の娘と恋の花を咲かせた。その事実は皇帝も承認の上で、
 堂々と国に知れ渡っている。男が娘の家へと通う姿を、住民達は暖かく見守っていた。  
 男は戦続きで見舞いに来れなかったことを詫び、元気になってもらうために見舞いの品を持ち、病で床に伏している娘の家へと入っていく。


790 名前:HELLorHEAVEN?2/5  ◆U8ECTUBqMk 投稿日:2006/10/01(日) 15:21:18.55 ID:q+VVbq9O0
 板ぶきの簡素な一間。中央には毛布を掛け横たわる女がいた。
「お久しぶりです! お暑い中すいません。お元気そうでなによりです。あなたの戦場での勇姿聞いてますよ」  
 肩まで伸びた黄金の髪の女は、床から半身を起し、男の訪問を笑顔でねぎらった。
「いいや、最近はナターシャの事ばかり気になって、戦にも手がつかないのだよ」
「もう! ウソばっかりついちゃって。でも嬉しいですわ。わたしのことを忘れずに思ってくれてるなんて」  
 ナターシャは大きな瞳を細め、クスクスと笑った。男も顔をクシャクシャにして笑っていた。 ナターシャと共に過ごす時間は、男にとって唯一笑顔でいられる時でもあった。
「早く平和になって欲しいですね。だって、戦がなくなれば、あなたと一緒に過ごす時間が増えるでしょ?」
「そうだな。その為に俺は、身を尽くしてこの国を守りきってみせる! そして、君は早く病を治すこと。約束だ」
 男は小指を差し出した。しかし、ナターシャはこたえなかった。
「ごめんなさい。実はわたし、もう長くは――」ナタ―シャの声は報せの者によってかき消された。
「皇太子様! やはり、ここにいらっしゃいましたか! 大変です! 大国が同盟を結んでわが国に奇襲を! 
あと数日で、わが国の国境付近にまで進軍が!」
「何! 本当か? 願ってもない! 剣と馬を用意しろ! 俺一人で十分だ! ナターシャ、すまん……。
また数日会えなくなってしまう。だが、この山を乗り越えれば、平和へと近づくのだ。わかってくれるよな?」
 ナターシャはコクリとうなずき、男を鼓舞するように見送った。
「皇太子様! 必ず勝利を手に! 国のために! わたしのために! ほかほか帝国バンザーイ! 皇太子様バンザーイ!」
 ナターシャは、男の背中が見えなくなるまで叫び続けた。そして、大きな瞳に道化師が映る――

 国境までは、馬を走らせ三日かかった。一人での移動は大軍の機動力とは比にならないほどに早い。
 男は、国境付近で停滞していた同盟軍を見つけ、馬を止め、白銀の大剣を天に掲げ、声を荒げて宣戦布告をした。
 風が一面の草原を優しくなぜる炎天下。何千何万ともわからぬ兵達が、指令も待たずに男めがけて飛び出してきた。
 男は目を瞑り、暗黒に身を委ねた感覚を思い起こす。薄暗い闇の中、黒いフードの道化師が笑う。
 男は目をゆっくりと開き、大軍めがけて横一文字に大剣を滑らせた。同時に茶の髪がなびく。
 遠くで悲鳴が響く。宙を腕や首が鮮血と共に弧を描いて土へと還る。
 わずか数秒の出来事であった。約三万の軍勢が一人の男によって壊滅に追いやられたのだ。

 六日後、未曾有の危機を救った英雄として、男は凱旋帰国を果たした。
 その日、国を上げてのパレードは盛大に行われ、しばしの間、男も安堵感に浸っていた。
 しかし、男は知らなかった。二日前、ナターシャが病で亡くなったことを。


791 名前:HELLorHEAVEN?3/5  ◆U8ECTUBqMk 投稿日:2006/10/01(日) 15:22:58.51 ID:q+VVbq9O0
「何故。何故なんだ、ナターシャ? ナターシャ! ナターシャ……」
 ナターシャの冷たい身体に触れて、男はただ泣きじゃくっていた。
 ナターシャの体温よりも、男の涙の方が遥かに温かい。
 その事実が、男にナターシャの死をより鮮明に教えていた。
 国を守るために強靭な力を手に入れた男。しかし、その力で大切な人を守ることは出来なかった。
 男は、己の愚かさを呪った。
 その日以来、男は失意の底へ落ち、城内の自室へと姿を消した。
 次の日も、その次の日も……。
 
 男はナターシャの幻影を追い続けていた。
 薄暗い部屋の中、無駄に広い空間が男の悲しみを更に加速させた。
 窓を覗くと満天の星空が広がっている。窓際の壁の大きな姿見。
 男は己の姿を見て、嘲笑った。
「これが皇太子様と呼ばれ、国の英雄ともてはやされた男のなれの果てか」
 ボサボサにはねあがった髪、野蛮人の様に自由奔放なひげ、死んだ魚のようなまなざし。
 そして、男の背後に映る大鎌を背負い、砂時計持った道化師。唐突に男は現実に戻された。
「な、何者だ。どこから……」
「ん? あぁ。まぁーなんだ。お前、ずいぶんと落ちこんでるみたいだな。大事な女でも死んじまったのか? ひひひひ」
 男はこの声と顔に覚えがあった。契約の時に聞こえた声。暗闇に浮かぶ赤い鼻。
 男はただ力なく笑って見せた。道化師は目の下の星印をポリポリと掻きながら困った顔を覗かせ、男に問った。
「お前、死んだ女に会いたいか? もし、そうならば、厳しい試練を乗り越えなちゃならんがな」
「ナ、ナターシャに会えるのか? 会えるというのなら受けよう! どんな試練でも受けてたとう!」
男が必死に道化師をつかみ揺らす。道化師には困惑の表情が浮べていた。
「ったく、なんだお前は? まぁーいい。我の後に続け」
 真っ暗な世界のなか、男の目の前に螺旋の階段が現われた。
 男は道化師の後に続いて、疾風の如く階段を駆け登る。遥か下に城下町を見下ろしていた。 男は天を昇っているのだ。
「もうすぐだ。ほれ、見覚えがあるだろ? これがあの世への中間点だ。この扉を開けた先に試練――」
 男は最後まで聞かずに扉を開け、薄暗い空間へと踏み入れた。
 まるで、闘技場の様な空間。漆黒の鎧が白銀の大剣を持ち 、男の入場を待っていた。


792 名前:HELLorHEAVEN?4/5  ◆U8ECTUBqMk 投稿日:2006/10/01(日) 15:24:12.59 ID:q+VVbq9O0
「おい、ちゃんと最後まで聞けよ。お前、それが原因でナタ……。っとっと、気にするな。こっちの話だ。
まぁー、とりあえずお前にはアイツと闘ってもらう。精々がんばれよ」
 道化師は何かを唱える。すると男の手に白銀の大剣が現われた。そして、男は迷いもなく横一文字に大気を斬った。
 しかし、何も起こらなかった。その隙に漆黒の鎧は一瞬にして男に近づく。
「おっと、そうそう。ここじゃ、魔力はつかえないぞ。己の強さで勝たなきゃ意味がないからな」 道化師は観客席で愉しそうに眺めている。
 漆黒の鎧が男の左腕に大剣を振り落とす。男は左腕と振り落とされた大剣の間に大剣を滑り込ませた。
 カンっという鈍い音が鳴り響く。男は大剣の刀身を巧みにずらし、漆黒の鎧が放った一太刀を地面に受け流しす。
 ドスっと大剣が地面にめり込む。男は、めり込んだ大剣を抜こうとする漆黒の鎧の首を狙い、大剣を水平に走らせる。
 漆黒の鎧は地面に低く身をかがめ、攻撃を外した。男は大剣の遠心力に振り回される。
 漆黒の鎧はかがんだ状態で、刃先を向けて男の腹へ飛び込んだ。
 男は横を正面にした形で、大剣を地面に刺し、その突撃を防ぎ、大剣を軸にして自らの身体で、弧を描くようにして右蹴りを放つ。
 しかし、その蹴撃を左腕で受け止められ、右腕が飛んでくる、男もとっさに左腕を伸ばす。
 双方の拳は突き合わさり、その衝撃で両者は吹き飛ばされた。
 一進一退の攻防が続き、男は地に伏した。そして、同時に漆黒の鎧も地に伏せる。
「ひひひひ、なんだ、だらしない奴だ。愛する女性との再開を目の前にしてよぉ」
 道化師の言葉に、男の身体は反応し、ゆっくりと立ち上った。
「そうだ。俺は、ナターシャに会いに来たんだ! こんな、とこで……やられて……たまるか!」
 ゆっくりと漆黒の鎧に近づき、男は刺さっている大剣を抜いて、最後の力を絞って鎧を貫いた。
「おぉ、見事だ! 試練をよく乗り越えた。この鎧はお前自身なのだ。心はないが、考える事、剣術、体術までも
全てが同じ。それに打ち勝つ事が出来るのは、強く思う気持。お前がナターシャを強く思う心が偽物だったのなら、
お前はこの鎧と永遠に闘っていただろうよ。いやー驚いた。よし! 約束通り会わせてやろう」
 闘技場の奥に、白い扉が現われた。男はゆっくりと扉の前に近づいた。
「皇太子様? そこにいるのは皇太子様ですか?」
「ナターシャ。ナターシャなのだな? 俺は君に会いたくてウズウズしてたよ」
「私も、あなたに会いたい。顔を合わせて話したい事があるのです」
 やれやれと、頭を掻きながら道化師は扉に近づき、鍵穴に指を突っ込んだ。
「死神さん。本当にありがとう。わたし、感謝してもし尽くせないわ」
 ガチャっと音がなり、徐々に扉が開いていく。
 男の世界とナターシャの世界をへだてた扉が開かれた。


793 名前:HELLorHEAVEN?5/5  ◆U8ECTUBqMk 投稿日:2006/10/01(日) 15:26:54.64 ID:q+VVbq9O0
 目がくらむ様な真っ白い光に包まれて、ナターシャは佇んでいた。
「ナターシャ! 会いたかった」男はナターシャを抱きしめた。
「ごめんなさい。何も言えずに逝ってしまって。わたし、死ぬことは怖くなかったのです。
あなたと離れてしまうのは寂しかったけど、あの死神さんが天国まで導いてくれたのです」
「お、おい。それは内緒にしてくれよ。我がいい奴に思われるだろ。あまり詳しい事は言わないでくれ」
 道化師は顔のメイクを落とさんばかりに、忙しなく頬を掻いて言った。
「わたし、あなたのお話を死神さんに話したの、そしたら死神さん『ナターシャ、その男に会わせてやる。我が連れてきてやる』って言ってくれたの」道化師は目を泳がせて、ヘタクソな口笛を吹いた。
「ねぇ、皇太子様? 私が死んだとき悲しかったでしょ? 誰にだって大切な人はいるのよね。
それは、あなたが戦場で斬っていった人達にもきっと……」 男は、その言葉に押しつぶされる様な重みを感じ、己の過ちを悔いた。
「約束しましょ。もう、人を斬ったりしないって!」
 ナターシャが小指を差し出した。少し間を置いて、その指に男の小指が絡んだ。
「約束だ。ちゃんと守っていられるか見ていてくれよ」
「はい。わたし、待ってますね。あなたがこちらへ来る日まで」
「おいおい。それは無理だぜ? こいつの魂は――で――だ。あ、あれ? 嘘だろ? そんな! いい行いなんてしてないぞ? ちくしょう」
 道化師の姿が徐々に薄くなっていく。
「わ、我は不死身だ。また、いつか復活してやるからな! お前の魂を縛るものはなくなる。しかし、魔力は残していってやろう。
感謝しな! 地獄へ行くか天国へ行くか、お前の行い次第ってことだ! ひひひひ」
 道化師の姿は蜃気楼の様に消えていった。手に持っていた砂時計が、地面に落ち、粉々に割れた。
 割れた砂時計の中から、白い球体が現れ、男の身体に入り込んでいく――

 ――砂埃が吹き荒れる荒野。大軍の最前線。白銀に輝く大剣を振る一人の男がいた。
 男は目を瞑り、誓いを思い起こす。白い世界のなか、ナターシャが微笑む。
 男はゆっくりと目を開け、白銀の大剣を真一文字に走らせ、茶の髪がなびく。
 そして、敵陣の宙を舞うのは無数の首、ではなく争いの心だった。
 戦は死者が出る事なく終焉する。男は周辺諸国を全て統一し、『ほかほか大帝国』を作り上げ、その皇帝となる。
 大帝国は繁栄し、男が君臨し続ける間、争いが起こる事はなかった。
 男の死後、男の魂が叩いたのは、はたして地獄の扉か? それとも天国の扉か? それは死神のみぞ知っている。

 これは、ほかほか帝国『扉』にまつわるお話である。



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