【 B←→L 】
◆LvPDgMGhDE




737 名前:品評会作品「B←→L」1/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/10/01(日) 10:34:14.37 ID:p4p6pc7j0

     1

 霧でかすむ視界の中、二つの扉を前に僕は立っている。右側の扉はかなり大きく、ドアノブが僕の
目線と同じくらいの位置にある。左側の扉は逆にとても小さく、僕の膝小僧までの高さしかない。
 そしてどちらの傍らにも、黒衣を頭まで被った、人のようなそうでないような何かが座り込んでいる。
 僕はまず、右側の黒衣に訊く。
「なぜこの扉はこんなに大きいんですか?」
 黒衣が答える。
「この大きさが丁度いいからさ」
 僕は次に、左側の黒衣に訊く。
「なぜこの扉はこんなに小さいんですか?」
 黒衣が答える
「この大きさが丁度いいからさ」
 それきり会話は途絶える。僕はしばらく考えて、右側の大きな扉を選ぶことにする。歩み寄ると扉
は自然と開き、僕を迎え入れる。

 気が付くと僕は自分の部屋にいて、窓から差し込む朝日の中、目を覚ましたところだ。でもどこか
様子がおかしい。布団がベッドからずり落ちていて、寝心地もとても窮屈だ。立ち上がり、頭が天井
にぶつかりそうになって僕は気付く。身長が異様に伸びている。
 体を屈めながら廊下を進み居間へ行くと、新聞を読んでいた父は顔を上げて目を見張り、台所か
ら出てきた母は驚きのあまり朝食の載ったお盆を落とす。
「なんだか、急に大きくなっちゃったよ」
 他に言うべき言葉が見つからず、はにかみながら僕はそんなセリフを吐く。
 学校へ行くと大騒ぎになる。クラスメイトがみんな集まってきて、一体どうしたんだと質問攻めに
する。教室に入ってきた先生は僕の姿を見てしばらく固まる。
「あの、先生、この机じゃ小さくて膝が痛いんですけど」
 やがて話を聞きつけたマスコミがやってくる。教室にはカメラが担ぎこまれ、特注の机で授業を受
ける僕の姿をお茶の間に流す。リポーターが家に大勢押しかけ、両親はひたすらその対応に追わ
れる。

738 名前:品評会作品「B←→L」2/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/10/01(日) 10:35:28.89 ID:p4p6pc7j0

『びっくり! 身長二メートル以上の巨大中学生!』
 彼らの求めるがままに、僕の日常のあらゆる場所と場面がカメラに踏み込まれ切り取られる。特
に親しくないクラスメイトが笑顔でマイクに向かいコメントし、一度も話したことのない校長がにこやか
に僕の学校生活を伝え、全く面識の無い近所の住人が楽しそうに僕の人柄を語る。
 やがて話はどんどんエスカレートしだす。外国から長身の人々がテレビ局のスタジオに集められ、
僕は彼らと共に並べられる。
『世界ノッポ人間選手権! ギネス記録が今夜更新される!』
 アフリカの草原に連れてこられ、キリンと共にCM撮影される。木の葉っぱを首を伸ばして食むキリ
ン。木の葉っぱを手を伸ばして枝ごと折り、口に咥えて空を見上げる僕。
『あなたと、いっしょに、いつまでも。株式会社○○』
 外を歩けば誰もが僕に目を留め、時には指差し、時には携帯で写真を撮る。僕はだんだん憂鬱に
なってくる。体が大きすぎて乗り物には乗れず、目立ちすぎて授業では迂闊に居眠りもできない。大
きさと反比例して運動能力は落ち、食費がかさむので両親の機嫌も悪くなる。
「結局ただのでくの坊じゃねーか」
 クラスメイトがそんなことを言い出す。
「どけよデカブツ」
 人ごみを歩けばそんな罵声をかけられる。
 どこへ行こうと注目され、何をしようと気が休まらない。ある日、僕は誘われるように学校の屋上
に上がり、フェンスをそっと乗り越え、飛ぶ。
 
 そこで、僕は夢から覚める。

     2

 霧でかすむ視界の中、二つの扉を前に僕は立っている。僕は右側の黒衣に訊く。
「なぜこの扉はこんなに大きいんですか?」
「この大きさが丁度いいからさ」
 僕は左側の黒衣に訊く。
「なぜこの扉はこんなに小さいんですか?」

739 名前:品評会作品「B←→L」3/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/10/01(日) 10:36:26.95 ID:p4p6pc7j0

「この大きさが丁度いいからさ」
 それきり会話は途絶える。僕はしばらく考えて、左側の小さな扉を選ぶことにする。歩み寄ると扉
は自然と開き、僕はその向こうへと吸い込まれる。

 気が付くと僕は自分の部屋にいて、目を覚ましたところだ。でもどこか様子がおかしい。朝のよう
な気はするのに真っ暗だ。どうやら布団を頭まで被っているらしい。跳ね除けようとするも、やたら
と重たくてどけられない。ようやく中から這い出て立ち上がり、天井のとてつもない高さで僕は気付
く。身長が異様に縮んでいる。
 長い廊下を苦労して進み居間へ行くと、新聞を読む父は顔を上げもせず、台所から出てきた母も僕
に気付かないままお盆の上の朝食をテーブルに並べる。
「おはよう! ねえ、急にこんなに小さくなっちゃったよ!」
 そう叫ぶも、聞こえているのかいないのか、二人ともなんの反応もない。
 学校へ行っても誰も僕に気付かない。椅子によじ登り机に上がってみても、クラスメイトはなんの
関心も示さず雑談を続ける。教室に入ってきた先生もいつも通りに出席を取り授業を始める。
「あの、先生、僕欠席じゃないです! ここにちゃんといます!」
 周囲は普段の日常を続ける。まるで僕など最初からいなかったかのように授業は坦々と進み、家へ
帰っても両親は僕の不在を心配する様子もなく夕食を済ます。
「ねえ、おなか空いたよ! ねえってば!」
 僕は街へ出て、コンビニで食べ物を漁る。棚からスナックの袋を引っ張り出す。でも縮んだ僕の力
では袋の口を開けられない。それどころかお客や店員にあやうく踏み潰されそうになる。外へ逃げ出
すと今度は車やバイクの排気ガスに襲われる。上から煙草の吸殻が降ってくる。
「気をつけろ!」
 抗議の声は誰にも届かない。家路につくも、空腹で頭がぼんやりしてくる。疲労で息が苦しい。唸
り声に顔を上げると、野良犬がこちらを睨んでいる。逃げる気力もない。僕は力を振り絞り助けの声
を上げる。
「ねえ、今なにか聞こえた?」
「空耳だろ」
 カップルが僕の横を素通りする。
「この糞犬やたら吠えてんな」

740 名前:品評会作品「B←→L」4/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/10/01(日) 10:37:37.58 ID:p4p6pc7j0

「うぜぇ」
 不良の集団もそのまま素通りする。
 誰も彼もが僕を無視し続ける。もう駄目だ、そう思った時、聞き慣れたクラスメイトの声が頭上で
する。
「この犬、あっちへ行け」
 助かった、そう思ったのも束の間、近寄ってくる彼の足はそのままだと僕を踏みつけてしまう。
「やめろ! こっちに来るな!」
 迫る靴裏の向こうで、彼は最後の瞬間に僕の方を向き、にやりと笑う。

 そこで、僕は夢から覚める。

     3

「最近そんな夢しか見ないんだ。毎晩そのどちらかの目に必ず会う」
「面白いな」
「全然面白くなんかないよ」
 ある日の昼休み、僕は思い切って親しい友達に相談してみた。寝覚めの悪さにここのところ体調も
悪くなってきていた。例え笑われても覚悟の上だ。なんでもいいから助けが欲しい。
「そうだな……」
 ありがたいことに、彼は真剣に話を聞いてくれた。そしてしばらく考え込むと、
「よし、じゃあ今日またその夢を見たら、こうするんだ」

741 名前:品評会作品「B←→L」5/5 ◆LvPDgMGhDE 投稿日:2006/10/01(日) 10:38:41.14 ID:p4p6pc7j0

     4

 霧でかすんだ視界の中、二つの扉を前に僕は立っている。どちらの扉の傍らにも、黒衣を頭まで被
った、人のようなそうでないような何かが座り込んでいる。
 僕は、そのどちらにも話しかけない。
 友達に言われた通りに、背後を振り返る。

 僕の身長と丁度同じ高さの扉が、そこにあった。

「僕は帰ることにします」
 黒衣達にそう告げると、表情の隠れているはずの彼らが、なぜか寂しそうに見えた。気のせいか、
その姿もだんだんとぼやけていく。僕はドアノブに手をかける。誰からも注目されて息苦しい、誰か
らも無視されて悲しい、そんな悪夢はきっとこれで終わる。
「なぜ?」
 最後に黒衣達がそう尋ねてきた。
 僕はしばらく考えて、別れの言葉の代わりに、こう答えた。

「この大きさが丁度いいからさ」



 <了>



BACK−一種病的な ◆yzmb2eMBHA  |  INDEXへ  |  NEXT−HELLorHEAVEN? ◆U8ECTUBqMk