【 無限門のアイ 】
◆9cL.bdmM2A




583 名前:無限門のアイ(1/4) ◆9cL.bdmM2A 投稿日:2006/09/30(土) 23:14:40.12 ID:PcVkzP7L0
 銀色に光り輝く髪をなびかせながら、少女は夜の空を翔る。吹き抜ける風に乗り、
流れるように飛ぶ少女の姿は、まるで氷の上を滑り、舞う妖精のよう。そんな少女が目指すは、
この世に害なす異形のモノ。それらを狩る、それが少女に与えられた任務だった。

 夜風が少し肌寒く、夜に半袖は少し堪えるようになった。そろそろ秋の訪れを感じさせる、そんな日。
部活の後に寄り道をして、少し帰りが遅くなった少年が、駅から自宅へとその足を運んでいた。
「ちょっと遅くなりすぎたかな」
 身に付けた腕時計に目をやり、少年はそう呟く。遅くなったことに後ろめたさを感じることも無く、なんとなく
呟いたその言葉と共に、通り慣れた帰り道を進む。最早定番となった、公園を突っ切るショートカットも忘れずに。
住宅街の中心にあるそこは、長い並木道まで作られてあって、ちょっとした森林公園と言ってもいいぐらいの大きさだった。
 その長い並木道の中腹、公園の中心に差し掛かった頃、少年は、道の脇にうずくまった人影らしきものを見つける。

 何だあれ? 少年は不審に思いつつも、街灯の光に当てられているにもかかわらず、妙に黒いその人影に
恐る恐る近づいていった。距離を詰めるごとに、その人影が『ヒト』では無いかもしれないという思いが強くなる。
一歩、また一歩と、ソレに近づいていくと良く分かる。それだけ、その人影が異常だったのだ。
 まさか、そんな漫画じゃあるまいし……。そう自分に言い聞かせるように、街灯がやけに弱々しく感じる中、
少年は意を決し、その人影と思しきモノに声をかけた。

「あの…… どうかしたんスか?」
 問いかけた瞬間だった。うずくまっていた人影と思しきソレから、腕のようなモノが少年めがけて放たれる。
一瞬の出来事に少年は迫り来るものに反応できず、腹部に直撃を受けてしまう。そのあまりの衝撃に、少年は
そのまま逆側の道の脇へと吹き飛ばされ、立ち並ぶ木々のうちのひとつに、背中を強く叩きつけられてしまった。
「はっ…… かはっ、はっ、は…… う、うぇえ!」
 背中を強打した事で呼吸が上手くできない、その上、腹部に強烈な一発を貰ってしまった為の嘔吐。
死ぬんじゃないかと勘違いする程の衝撃。それを否定する痛みをその身に受け、たった一撃で満身創痍になった少年に、
元凶であるその黒い人影は、ゆっくりと近づいていった。
 黒い人影、これほどソレを上手く表現している言葉は無い。形はヒト、けれどもその輪郭は曖昧で
黒い霧を覆っているかのような姿。人間で言う頭にあたるところに、ぼうっと光る赤い点がふたつ。
まるで幼稚園児が描くヒトの影に、目を付けただけの外見のソレは、音も無く一歩一歩確実に、少年に迫っていた。

585 名前:無限門のアイ(2/5) ◆9cL.bdmM2A 投稿日:2006/09/30(土) 23:15:29.32 ID:PcVkzP7L0
「そこまでよ」
 丁度、黒い人影が並木道の真ん中に差し掛かったその時、少年と人影の間に、空から少女が舞い降りた。
 背丈と顔つきなどから察するに高校生ぐらいだろうか、喪服とも思える黒で統一されたスーツに身を包んだ
その少女。少女は、黒い人影を持ち前の鋭い瞳で睨みつけた後、長く銀色に輝く髪を翻し、痛みに震え、うずくまる
少年に駆け寄った。

「大丈夫?」
 少女の問いかけに、少年は色々と言いたいこともあったのだろうけれど、呼吸をすることだけで精一杯。
その様子を察した少女は―― もう少し我慢していて、後でちゃんと治療してあげるから。そう少年に告げ、
黒い人影に歩み寄っていく。その後姿を少年は、ズキズキと刺す様な痛みに耐えながら見ていた。
 危ない、逃げろ。そう言いたかったが、その言葉を発するほどの力は少年には無かった。少年は痛みで
うずくまっていた為、少女が空から降りてきたところを見ていない。それ故、少女にも危険が及ぶと思ったのだろう。
先ほどの言葉の意味を理解するだけの余裕も、残念ながら少年には無かったようだ。

 そんな少年の不安をよそに、少女は黒い人影の数メートル手前で足を止めた。そして――
「…… 無限門、開放」
 少女の銀色の髪が輝きを増したかと思うと、少女の足元を中心に白く光る、複雑な円形の模様―― さしずめ
魔方陣と言ったところか―― が地面に浮かび上がる。剣の門…… 続けて少女は言葉を紡ぐ。
すると、その魔方陣から長さ一メートル程の何の装飾も施されていない、無骨な両刃の長剣が現れる。
 さも当然と言わんばかりに少女はその剣を手に取り、構えたと思った瞬間、既にその身は黒い人影の背後に
回り込み、今まさに振り上げたその剣を下ろさんとしていた。その気配を感じ取ったのか、黒い人影はすぐさま
横へと飛び、その一撃をやり過ごした。
「今ので終わったと思ったけれど、低級にしては頑張るわね」
 初撃をかわされた事に多少の驚きはあるものの、少女は余裕の笑みを浮かべ、人影が飛んだ方向へと駆ける。
それを迎え撃つかのように、黒い人影は身体から黒い球体のようなものを生み出し、少女へと放った。
 まるで使い慣れた玩具で遊ぶかのように、少女は迫り来る球体を剣で叩き落し、人影との距離を縮めていく。
そして、接近戦の間合いに入る。最初の一撃をかわした事は偶然ではなく、黒い人影は少女の攻撃を避け、受け、
いなそうとし、時には少年にしたように腕を伸ばし、攻撃まで仕掛けてきた。

586 名前:無限門のアイ(3/5) ◆9cL.bdmM2A 投稿日:2006/09/30(土) 23:16:13.79 ID:PcVkzP7L0
 少女もまた、黒い人影の攻撃を難なくやり過ごしながら、決定打に欠ける接近戦を繰り広げていた。その様子を
痛みに慣れてきた少年は、木にもたれかかりながら、じっと見ていた。
「まるで、漫画だ……」
 夢と思えるほど異常な光景、それを否定する痛み。目の前で起こっていること、自分に起こったこと、それが
全て真実だと理解できるぐらいに、少年は落ち着きを取り戻していた。そして、少年はある想いを持ち始める。
「でも、キレイだな」
 目の前で繰り広げられているのは戦いなのに、少年はそう感じていた。少年の視線の先にあるのは少女の姿。
少女が動くたびに、それに合わせて揺れる銀色の髪。まるで、ダンスを踊っているかのような少女の軽やかな動きを
演出する銀の衣の輝き。その美しさは、少年の心を魅了するに十分なものだった。

「よく頑張るわね。でも、もう飽きちゃった」
 何度目かの攻防を繰り返し、少女はつまらなそうに黒い人影へと言葉を投げる。その言葉の意味を理解したのか、
人影はある程度冷静な攻撃から一転、腕を大きく振りかぶり、精一杯少女に向けて振り下ろした。―― が、
その一撃は少女自身に届くことは無く、かざされた剣によって阻まれていた。しかも、腕一本で。
 よく見れば、少女の両腕を中心に赤い小さな魔方陣が輝いていた。そして少女は、大雑把に剣にのしかかった腕を
振り払い、余った方の手で黒い人影を殴り、十数メートル先へと吹き飛ばした。
「開け―― 氷、光の門よ」
 呪文のようなその言葉が発せられると同時に、少女の前に無数の小さな青い魔方陣が浮かび上がり、手に
持った剣が、眩しく光を放つ。前へ駆け出そうとする少女の動きにあわせて、青い魔方陣から氷の矢が黒い人影
めがけて飛び出す。
 体勢を立て直していた黒い人影は、無数の氷の矢に対応できるはずも無く、身体を貫かれる。さらに、矢から杭に
形を変えた氷によって、地面と身体を縫い付けられ、黒い人影は行動の自由を奪われた。
 そして、光り輝く剣を振りかぶり、今まさに斬ろうとする少女。―― 一閃。実力の片鱗を見せた少女の前に、あっさりと
黒い人影は斬り伏せられ、その身体は霧のように四散して行った。

「さて…と」
 異形のモノの消滅を確認した少女は、さっきまでの鋭い目つきとは裏腹に、優しい表情をしながら少年のもとへ
歩み寄る。少年はそれを、どこか少し高揚した気分で見ていた。それもそうだろう、少年の記憶の中には、こんなに
不思議な少女は他には居なかったのだから。

587 名前:無限門のアイ(4/5) ◆9cL.bdmM2A 投稿日:2006/09/30(土) 23:16:54.51 ID:PcVkzP7L0
「動かないでね。…… 開け、治癒の門」
 少年に向けて少女がかざした掌から緑の魔方陣が現れ、そこからあふれ出る光が少年を包む。少年はその光に
驚き、戸惑いはしたものの、ゆっくりと消えていく痛み、身体が治っていく感覚を感じ、落ち着きを取り戻す。
「よし、これで多分オッケー。まだ痛いところとか、ある?」
 覗き込むように顔を近づけてきた少女の質問に、焦りながら少年は、もう、ない。と無愛想に答えた。

「そ、それより、今の黒い人影は一体何……? 」
「あぁ、アレね。特に名前なんて無いけれど、ああいうの世の中にウヨウヨしてて困ってるのよ」
 少年の問いに、少女はあっさり答える。
「ウソだろ…… ニュースとか新聞、ネットでそういう話なんて聞いたことない」
「バレないようにやってるんだから当然じゃない」
 やれやれ、と肩をすくめる少女に少年は更に問いかける。
「信じられないけれど、本当にああいう怪物が居たわけだし…… じゃぁ、君の今の力は……? 」
 少年自身、何故このような問いかけをしているのか、理解すらしていなかった。それぐらい混乱しているのであろう。
同じように、少年の問いかけに、少女は難しい顔をしながら、首をかしげたり、一通り悩んだ結果、こう答えた。
「説明が難しいんだけどさ、無限門って言うのよ。簡単に言っちゃえば『意味ある世界を繋ぐ力』の事ね。
そうねぇ。…… 例えば、今君の傷を癒してあげたでしょう? あれは『治癒』っていう意味を持つ世界と、
この世界を繋げて、その力を持ってきたって感じかな。私自身の力じゃなくて、私はその世界を繋ぐ扉を
開けて勝手に吸い出してるっていうか…… って、私何をぺらぺらと……。まぁいっか、どうせ忘れるんだし」

 本来自分のやるべき事を思い出し、少女はポケットから小石程の大きさの宝石を取り出した。
「じゃぁ…… はい。この宝石を見つめて」
 色々と問い詰めたい事が山ほどあったが、どうあっても答えてくれそうにない少女の雰囲気に、言われた通りに
少年は、目の前に出された宝石を凝視する。その様子を確認した少女は、ブツブツと少年が聞いたことも無い
不思議な言語を呟いていた。その呟きが終わった時、キラリと宝石が一瞬だけ眩しく光る。カメラのフラッシュの様な
それから逃れるように、少年はパッと瞼を閉じた。
 直ぐに開いた瞼から覗く視界は先ほどとなんら変わりなく、少年は目の前の少女にくってかかった。
「いきなりびっくりするじゃないか! 何したんだ!」
「えぇ?…… あれ?」

588 名前:無限門のアイ(5/5) ◆9cL.bdmM2A 投稿日:2006/09/30(土) 23:17:35.14 ID:PcVkzP7L0
 少年の反応に驚いた少女は、宝石と少年を交互に見つめなおし、思い出したかのようにスーツの内ポケット
から、掌ほどの小さな冊子を取り出した。パラパラとページをめくり、目的のページを食い入るように読みだす。
「ちょっと…… なんだよいきなり」
 少年の問いかけにも応じず、少女は黙々と冊子を読み続けた。しばらくして、結論にたどり着いたのか、少女は
納得したような顔つきを見せた後、先ほど少年の前で輝かせた宝石を差し出した。
「持ってて」
「なんで…… 」
「いいからっ! 」
 押し付けられるように握らされた宝石。そしてまた少女が謎の言葉を発する。するとどうだろう、その宝石は
先ほどの一瞬の眩い光とは違って、優しく暖かい虹色に輝き始めたのだ。その虹色の光を見て少女は、
虹色か……と、ボソッと呟いて納得した顔を見せた後、「返して」と、言うが早いか、少年から宝石を取り上げた。

「えーっと、記憶操作があなたに対して効果が無い以上、あなたの良心に訴えるしかありませんが、
今夜の事は他言無用でお願いします。…… まっ、誰かに喋ったところで信じては貰えないでしょうけど、念のため」
「いきなりどういう事だよ、話がまるで見えない」
 急に事務的になった少女の対応。最初から最後まで置いてけぼりで、何一つ理解できていない少年は混乱した。
異形の怪物。負わされた大怪我。突然現れた少女。銀色と踊る少女。治った怪我。異形のモノが溢れる世界。
世界を繋ぐ力。内緒の話。不可解な話。少女のこと。虹色の光。記憶操作。それら何一つ未解決な事象が、
少年の頭に渦巻いて混乱を加速させていた。
 少女は、そんな少年の混乱を察していたのかは定かではないが、またもやスーツの内ポケットから、小さな冊子を
取り出し、少年に手渡した。手渡された白い冊子の表紙には、青い文字でこう書かれていた。
「絶対合格! 特務執行機関イージス就職への道……? 」
「はい。あなたにはどうやら非凡な才能があるらしいので、それを渡しておきます。あなたの疑問を解消する為の
事柄もそれに書いてありますので、家に帰って目を通して、頑張ってうちに就職してください。今、人手不足なので」

 苦笑いしながら少女は「じゃぁ、これで」と、銀髪の髪を翻し立ち去ろうとした。その後姿に少年は、声をかける。
君の名前は、と。混乱しながらも、彼女への興味は薄れなかったようだ。
 その問いかけに少女はただ微笑み、アイ。と一言だけ返して、闇夜の街へと消えていった。
                                                         ―おわり―



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