【 扉一枚隔てた向こうに 】
◆mSwkylaR1Y




491 名前:扉一枚隔てた向こうに1/4 ◆mSwkylaR1Y 投稿日:2006/09/30(土) 20:29:36.96 ID:y15uUeWZ0
 暗い一室に可笑しな人が地べたに座っている。
 彼は訪ねてくる人々に物語を聞かせて、いつも面白がらせてくれるのだ。
 今日も面白い話を聞こうと好奇心で訪ねてきた人が来て、
 彼も物語を聞かせようと、ゆっくりと語り始めた。

  ◇ 

 半月前のこと、僕が学校から帰る途中に見掛けない店があった。
 見掛けない、というより初めて見るのである。
 その店の中は暗く、外を歩いている僕からじゃあ、よく見えなかった。
 何だか興味をそそられて扉をノックしてみるが何の返事も無い。
 このまま帰ってしまおうかと思ったのだけれど、帰ったって何もすることが無いので、
 結局は扉を開けて中に入り込んだのである。
 やはり中は暗く、何が置いてあるのかもわからない。
 外からは光が差し込んでいるのだが、それは微々たるもので、
 この店の全てを照らすには少なすぎた。
 さて、入ってみて気付いたことは不気味であること。
 そして恐怖を感じた僕は外に出ようとするが、扉は閉まっていた。
 何度引いても、だめなら押しても開くことは無く、僕は店の中で閉じ込められてしまったのである。
 
 数十分経って、目が暗闇に慣れたというところ。
 僕は周りのものが見えてくるようになった。
 周りにはテーブルクロスの上に食事が置いてあり、
 一人では食べきれないほどの豪華な食べ物が僕を囲んでいた。
 下校途中でちょうど夕食時の僕には耐え切れず、箸やナイフ、フォークもあったので、
 まずはステーキを食べることにした。
 味は上等で、頬が落ちるほど美味である。
 その隣に置いてあるスープもまた美味で、僕は置かれた食事の半分を平らげて、
 腹いっぱいになったのだ。また、いつのまにか食器は片付けられていた。

492 名前:扉一枚隔てた向こうに2/4 ◆mSwkylaR1Y 投稿日:2006/09/30(土) 20:30:11.78 ID:y15uUeWZ0
 その後、豚になることも無く、今度は出口を探そうと壁を伝って手のひらで叩いてみたり、
 入ってきた扉をまた開こうと試みたり、窓から割って出ようかと思っても堅くて割れそうにも無い。    
 結局は、夜をそこで過ごし、また朝を向かえた。
 そうして、窓から外を見渡すと人通りが激しくなっていて、助けを呼べそうにあったのだが、
 向こうは気付かずにそのまま通り過ぎてしまう。
 窓を叩いても、見向きもせずに、大きく叫んでも同じこと。
 そんな時に、いい匂いがした。
 いつのまにか並べてある朝食に僕は知って、腹が空いた事に気付き、
 トースト二枚にハムや卵を乗せていただく。
 その調子で昼、夜とここから出られない以外に問題は無く時間は進み、
 この店に閉じ込められてから三日目となった。
 朝、いつものように朝食をとっていると、ドアから光が差し込んできた。 
 長い間、暗い中にいた所為か極めて眩しく、目を細めてみるのがやっとで、
 そこには確かに人影らしきものがある。
 僕は、どちらさまですかと尋ねると向こうは、ここはどこですかと言った。
「ここはただ食事が出てくる、暗い場所。けれどここはただのレストランではない。
 出口が開かない、帰ることができないレストランだ。僕はその被害者」
 僕は目の前にいる誰かにそう言って、終わりかけの食事を再開した。
 向こうは黙っているのか、この暗い部屋の中、皿とフォーク、ナイフの当たる音が響く。
 ただ黙り続けるのも何なので、食事をしたため終えると僕から話しかけることにした。
「あなたは誰なの?」
 暗くてよく見えないが、人影に向かって尋ねる。
「僕はこういうものです」
 意味も無く名刺を出したところで、スーツ姿の社会人だということが想像できた。
「……暗くて、よく見えない」
 僕は窓から微量の光が漏れているところまで歩いて、名前を見た。
 三上幸男という幸せそうな名である。
「三上さん、ところで、その扉、もう一度開けることはできます?」
「えぇ、やってみます」

493 名前:扉一枚隔てた向こうに3/4 ◆mSwkylaR1Y 投稿日:2006/09/30(土) 20:31:13.80 ID:y15uUeWZ0
 三上さんはガタガタと音を鳴らして……多分開けようとしているのだろうけれど、
 一向に開く気配は無かった。
 結局は諦めた様子で、本当に出られないんですかと僕に聞く。
「色々、壁とか調べたけれど、そこしか出口は無いようです。開かないんですが」
 僕はそれより、どうしてここに入ってきたのかを知りたかった。
 好奇心でやはり入ってきたのだろうか。
「どうして、ここに入って来たのですか?」
 目の前の人影は諦めてその場に座り、僕にこう言う。
「面白い話が聞けると知ってここにやってきた次第です」
 三上さんは僕とは全く違った理由でここに入ってきたというのだ。
「面白い話? 誰から聞いたんです?」
「……あれ、誰でしたっけ」
 少し黙り込んでいると、結局は思い出せなかったらしい。 
「あいやー、すみません、忘れてしまったようです」
 三上さんは苦笑して、それから本気で思い出そうとしていた。
 僕は何することもなく、昼食が出るまで横になっていることにした。
 
 それから幾日も三上さんと、たった一枚の扉を隔てたこの暗い部屋で過ごした。
 食事に困ることも無く、また風呂があることも知って、また運動だって怠らずにしている。
 風呂から出るときは、やはりなぜか浴衣と服が置いてあって、それは毎日、食事と同じく供給される。
 そう、僕たちはここに住んでいて困ることが無かった。
 ただ、日の光を浴びないことに、健康とは呼べないのであるが。
 
 またある日、人が増えた。
 今度は女性で、新聞記者をしているという。
 理由は三上さんと同じで、面白い話が聞けるから。

494 名前:扉一枚隔てた向こうに4/4 ◆mSwkylaR1Y 投稿日:2006/09/30(土) 20:32:04.54 ID:y15uUeWZ0
 生活に女性が入ってきたことで、僕たちは狭い日常を強いられると思ったのだが、
 その女性は羞恥心というものがあまり無く、たまたま僕と肌が触れ合ってしまったとき、
「あれ、言いにくいのですが、服は?」
「今裸よ、服は毎日供給されるって言ってたのに、どこにあるの?」
 といった様子で、健全な僕には刺激的過ぎる会話だった。
 もちろん、その後、服が供給される場所を教えた。
 ――そんなこんなで、今三人。
 次に訪ねてくる人がいたら、僕らのことを話すことにしている。
 笑い話、否、真面目な話なのだ。
 ほら、扉を開けてみて。開かないでしょう?

  ◇

 暗い一室に可笑しな人が話し終えると、聞いていた四人目の訪問者は笑い出してしまった。
「あはは、そんなはずは無かろう」
「……」
 彼はただ、だから扉を開けてみなさいと言った。
 未だに笑っている訪問者は頷いてドアノブに手をかける。
「あぁ、開けるよ――っ!」
 けれど扉が開くことは無かった。
 すると彼、いや他のところからも笑い声がして、
「ようこそ、歓迎するよ、四人目の来訪者!」
 と言って、豪華な食事を並べた。
 扉一枚隔てた異空間。出ることは許されないのである。
 了



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