【 交錯する想い 】
◆2LnoVeLzqY




413 名前:交錯する想い 1/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/09/30(土) 16:27:34.89 ID:5sXV2iqt0
小宮博之は悩んでいた。
いつまでたっても、目の前のドアノブには手を掛けられずにいる。
これを手渡せばそれでいい。そんなのはわかっている、だが。
「あー、くそ、『上がってって……』なんて言われたらどうするんだよ、あーくそ」
頭の中では、妄想だけが炸裂する。
誰も見ていないのに顔を赤らめ、妄想を追い出そうと頭を掻く。
けれど冷静さだけが、どんどんと追い出されてゆく。
ついに最後の冷静さまでも、左右に続く廊下の向こうで弾けて消えた。
現在は、顔を上気させた園村沙希が小宮を部屋へと招き入れるシーンが、小宮の脳内でエンドレス上映されているはずだ。
彼女の声までもがステレオ仕様。本格派だ。
だが残念ながらその後の展開は、彼の脳内ムービーには存在しない。
本来ならピンクのモザイクで覆うべきそのシーンは、小宮のウブでピュアな頭では補完しきれていないのだ。
「あーくそ、どうすっかなあ……」
園村沙希の部屋の前で、小宮はまた頭を掻く。

「小宮。お前の家は確か、園村のマンションに近いんだったな」
一時間前。一学期最後のホームルームの直後。
担任の渡辺に声を掛けられ、小宮は少しどきりとする。
「そうっすけど」
空返事を返しつつも、頭の中の自称スパコンは担任の次のセリフを低速で予測する。
園村沙希は、高校生としては珍しい一人暮らしだった。
少し離れた町で生まれた彼女は、この高校に進学するにあたって親元を離れ安いマンションに住んでいる。
そんな園村は――今日は学校を休んでいる。
このくらいの情報は知ってて当然だよな、と小宮は勝手に思う。
一応の名誉のために断っておくと、彼はストーカーなんかではなく、園村に立派に惚れているのであるが。
予測を終えていない自称スパコンの起動音の向こうから、担任の声が響く。
「園村のところに、これ届けてくれんか」
今日で一学期が終わった。たくさんのプリントが配られ、かつ明日からは夏休み。
――園村沙希に、それらを届けること。
SSランクの任務を託された、と小宮は一人で思った。

414 名前:交錯する想い 2/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/09/30(土) 16:28:49.88 ID:5sXV2iqt0
園村沙希は困っていた。
はだけたパジャマを身に纏い、ベッドの縁に座って宙を眺める。
だめだ、あたまいたい……。
担任の渡辺からはさっき電話があった。
小宮がプリント届けるからな、よろしく、と。
……よろしくって何だ、よろしくって。
よろしくどうしろと言うのだ。よろしくピンクのモザイクを取り払ってくれとでも言いたいのか。
小宮には無い脳内ムービー補完能力が、園村にはあった。
だが今は、補完はしない。あくまでも、ツッコミの一部分だからだ。
でもやっぱり調子が悪い、と思う。
朝から続く高熱のせいで、得意のツッコミまでもが少しずれている。
今すぐにでも、また寝てしまいたい。
だけど小宮が来た時に、寝ぼけ眼にパジャマのはだけた姿で出れるものか。
まずは薬でも飲もう。園村が立ち上がりかけた、そのときだ。
がしゃん。
郵便受けが乱暴な音を立てた。

いい加減なもんだな、と小宮は思う。
一軒一軒の郵便受けに、バイトの若い兄ちゃんが、何かのチラシをがしゃんがしゃんと乱暴に挿してゆく。
ぼさっと突っ立っていた小宮は、「邪魔」とでも言いたげな視線を向けられた。
だが被っている帽子には、でかでかと「元気寿司」。噴き出したくもなる。
そのおかげで、頭には冷静さが戻ってきたのだが。
小宮の頭を次に支配し始めたのは、園村沙希の破廉恥な姿ではなく全く別の問題だった。
「……何て声かけっかなあ……」
仮にも相手はホの字の子。
プリントを手渡すときに、少しはまともなセリフを掛けたいのだ。
そしてドアの前で考えること数十秒。とっておきのを思いつく。
だがやはり、ドアノブには手が伸びない。
緊張している。もう一歩が欲しい。
何か機会があれば、と小宮は思った。

415 名前:交錯する想い 3/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/09/30(土) 16:30:06.82 ID:5sXV2iqt0
重い体でふらふらと、園村は郵便受けにたどり着く。
何かが挟まっていて、半分だけがこちらに見える。
けれどそれが学校のプリントじゃないのは丸わかりだった。寿司と弁当が舞い踊っている。
何だかやけにムカつく。わざわざ見にきたのに。
チラシをばらばらに引き裂いてやりたかったが、その姿を想像すると妙に惨めでやめた。
台所に戻り、薬を手に取った。
水で一気に流し込むと、頭が冷えて冴えてきたように思える。
だが、あくまで“思える”だけなのだ。
三十八度の体温はしっかりと、園村の思考回路の電気抵抗となっている。
そしてそんな頭で――彼女はいたずらを思いつく。
……ちょっと、からかってやろう。
小宮が来たら、思いっきりはだけたパジャマに、上気したような顔で出てやろう。
それからこう言ってやるのだ。
「上がってって……」と。
そのときの反応が、楽しみでたまらない。
電気もつけないうす暗がりの部屋の中、園村は一人くすくすと笑う。

小宮は未だにドアの前にいた。何かを呟きながら。
「……礼とか、別にいらねえから」
蚊が鳴くよりも小さな声で、二十回復唱し終えた。そのときだった。
こつんこつんという足音が廊下に響く。
小宮はそちらを振り向き、音の正体を知る。……宅配便!?
もしもこの部屋だったらどうしよう。小宮は焦った。
開いたドアの向こうで、ボサっと立ってるのが園村から見えてしまう。
隠れるだなんて情けないことはしたくない。
ああ頼むから来ないでくれ――という小宮の願いが通じたのだろうか。
配達員は彼の後ろを通り過ぎ、隣の部屋の前に立った。
ああ、ここには来なかった。ほっと胸をなでおろす。
そのとき、何かが吹っ切れた。待っていた機会は今じゃないのか。
――なんとかなるさ。小宮はベルを鳴らす。

416 名前:交錯する想い 4/4 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/09/30(土) 16:32:16.82 ID:5sXV2iqt0
ぴんぽーん。
思わず脱力してしまいそうな音を立てて、園村の部屋のベルが鳴った。
鏡をちらりと見る。
胸元まではだけさせたパジャマ。熱でほどよく上気した顔。
完璧だ、と思った。にやりと笑う。
園村は勢いよくドアを開けて、あのセリフを言い放ち――


ドアの向こうで足音が聞こえる。
何度も復唱した。きっと言える、と小宮は自分に言い聞かす。
足音が止まる。ノブを回す音がする。
ドアがゆっくりと開く。
小宮はプリントを出して、あのセリフを言い放ち――


「「「「え?」」」」
四人分の不協和音。
園村沙希は配達員と向かい合い――
小宮博之は見知らぬオバサンと向かい合っていた。

無言。現状を理解するには、十分すぎる沈黙。
そして、

「部屋を」
「相手を」
「「間違えました!!」」

隣どうしのドアの前で、二人は叫ぶ。



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