【 最高級・夢オチオチ 】
◆Cj7Rj1d.D6




389 名前:品評会用【最高級・夢オチオチ】 ◆Cj7Rj1d.D6 投稿日:2006/09/30(土) 15:39:08.66 ID:FwoYSNqkO
《1》
街はもう、寝静まっている。時刻は午前二時。仕事を終わらせると、いつもこんな時間になる。
土日もないほどに忙しい。僕はのろのろと帰路をたどって歩いていた。
東京の会社に就職して、そこそこの役職について、幼馴染みと結婚して、マンションも買って、
なに不自由もなくて……幸せ、なんだと思う。そうさ。僕は……幸せなんだ。
 家に帰ると、いつものように妻の亜紀は先に寝ていて、僕の分の夕食がテーブルに置いてあった。
亜紀は僕と一緒のベットで寝ることをやめた。私寝ぞう悪いから、なんて笑って、疲れて帰っ
てくる僕に気を使って。優しい妻、支え合い……幸せだ。幸せ、だ。僕は夕食を食べ終え、着
替えてベットに横になった。壁一枚挟んだ隣の部屋で、亜紀は寝ている。耳をすませば、寝息
が聞こえた。ドアを開けて寝顔を見ようと思ったが、なんだかできなかった。
《2》
空一面橙色、遠くで夕日が揺れている。僕は今、駆ける小さな男の子をぴったりとその背に張
り付いて眺めている。どういう状況なのかはわからないが、男の子は懸命に走っていた。田畑
を抜けて、神社に続く階段を駆け上がる。息は荒くなっているが、決して足を緩める気配はな
い。

390 名前:品評会用【最高級・夢オチオチ】 ◆Cj7Rj1d.D6 投稿日:2006/09/30(土) 15:40:15.47 ID:FwoYSNqkO
神社に着くと、別の男の子三人がいた。その子達を指差し、彼は叫んだ。
「亜紀の指輪返せ! 」
ああ、この子は、こいつは、僕だ。小さい頃の僕じゃないか。どうして気づかなかったんだ。
あまりにも、変わりすぎたからか? じゃあ、あの三人はワルガキ共か。確か僕はこの発言の
後……
「いてぇー! 」
子供の僕は、三人の内のジャイアンみたいなやつの腕に噛みついていた。他の二人が必死に、
子供の僕を殴ったり蹴ったりして離そうとしたが、彼はまったく動じることはなかった。彼の
瞳はずっとジャイアンを睨見つけていた。
「わ、わかったよ。返すよ」
そう言って、ジャイアンはポケットからオモチャの指輪を取り出し、子供の僕に渡した。彼は
それを受け取ると、また走りだした。一生懸命に走る。オモチャの指輪を、亜紀の指輪を持っ
て。まっすぐに、まっすぐに、亜紀のもとへ駆けて行く。
 河原の側で、亜紀はうずくまって泣いていた。
 そうだ。ここで二人でいたときに、あの三人に亜紀のお気に入りの指輪を奪われたんだ。
 子供の僕は、彼女に近づき、指輪を差し出す。亜紀の泣き顔は、すぐに笑顔になった。が、
彼の腫れた顔や、痣だらけの腕を見て、また泣きそうに。

391 名前:品評会用【最高級・夢オチオチ】 ◆Cj7Rj1d.D6 投稿日:2006/09/30(土) 15:41:22.75 ID:FwoYSNqkO
それを見た子供の僕は、空を指さし
て、叫んだ。
「君を笑顔にするために、僕は太陽と共にあるのさ! 」
当時テレビで流行っていたスマイルマンの決め台詞。子供の僕はしびれるほど素晴らしいかつ
ぜつで、それを言い放ってしまった。……こんなこと言ったかなぁ。
「あはは。ありがとう」
亜紀が、笑った。本当にしびれてしまいそうな笑顔で。子供の僕は、彼女に背を向けて言った。
「……なんかあったら、俺に言えよ」
「うん! 」
二人は並んで歩いて行く。僕の視界は、徐々に徐々に、ぼんやりとしていく。子供の僕のTシャ
ツにプリントされたスマイルマンを、最後に確認したところで視界は途切れた。
《3》
目覚ましの音で目覚めた。全て、夢……か。懐かしい場景だったな。笑顔の亜紀を久しぶりに
見た気がした。
 着替えて台所に行くと、亜紀が朝食を作っていた。亜紀は僕に気づき何時ものように、言っ
た。
「おはよう」

 朝食を済ませ、いつものように玄関まで亜紀が見送りをしにくる。
「行ってらっしゃい」
泣きそうな、笑顔。これを、笑顔と表現していいのか。
僕は小さな声で、行ってきますと言い、家を出た。
 電車に揺られながら、考えた。

392 名前:品評会用【最高級・夢オチオチ】 ◆Cj7Rj1d.D6 投稿日:2006/09/30(土) 15:42:37.04 ID:FwoYSNqkO
これは、幸せなのだろうか。亜紀は……幸せなのか。
 ニ駅目で降り、駅のホームのベンチに腰かけ、考えをまとめる。僕はどうしたいんだ。いや、
そんなの決まってる。亜紀を幸せにしたいんだ。亜紀を……夢で見たような、笑顔にさせてあ
げたい。でも、仕事をおろそかにするわけにいかない。仕事は……仕事? 亜紀と仕事を天秤
に? 馬鹿か僕は……! 僕は本当は知っている。亜紀が寂しがっているのを。あのドアの向
こうで、泣いているのを。それを知りながら、しょうがないと自分に言い聞かせて……ドアを
開ける勇気すらなくて……幸せなんかじゃない! 亜紀を、幸せに……。
……僕は静かに空を指さす。
「君を―― 」
もう、自分に嘘をつきたくない。
「笑顔にするために―― 」
あのときの、澄んだ気持で。
「僕は太陽と共にあるのさ」
ホームをでて僕は駆けだしていた。ネクタイを弛め、上着を手に掛けて、全速力で走る。ここ
から家まではそう遠くない。なにより、今は思いっきり走りたい。帰ったらあの忌々しいドア
を取り払おう。ついでに壁も。亜紀を思いっきり抱きしめよう。愛してると何度も言おう。
 まっすぐに、まっすぐに、亜紀のもとへ駆けて行く。


393 名前:品評会用【最高級・夢オチオチ】 ◆Cj7Rj1d.D6 投稿日:2006/09/30(土) 15:43:50.47 ID:FwoYSNqkO
空には涙知らずの太陽がランランと照りつけていて、僕をバックアップしている。
彼女の涙で溢れた部屋の扉を、僕は開けてみせる。
まっすぐに、まっすぐに、この澄んだ気持で――

《終》



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