【 狙撃手 】
◆oGkAXNvmlU




379 名前:【品評会】狙撃手1/2 ◆oGkAXNvmlU 投稿日:2006/09/30(土) 15:11:27.66 ID:3ChLFyYE0
円形の狭い視界に映る小さな玄関ドア。
それは今までの世界の出口であり、新しい世界の入り口である。
男は銃身に頬を寄せスコープを覗きながら、いつもそう考える。
これまでにこなした数え切れぬ任務は、全て新しい世界への誘いだと信じて疑わない。
長い年月の中、幾度も繰り返し固めてきたその思想は、凝縮された一つの塊となり男の根本を支えている。
引き金にかかる指を引く時、スコープに映る標的がたとえ年端もいかぬ子供でも、世のために尽くした偉人でも、自分の感情が入り込む隙は無い。
ただ機械的に、標的の胸に弾丸を撃ち込むだけだ。
今度の標的はこの玄関ドアの向こう側にいる若い女。
男は微動だにせず、終わりと始まりを隔てるドアをスコープで覗き込む。

チャンスは常に一瞬で、一度きりだ。男は酔うといつもこの言葉を繰り返す。
そして後に必ずこう続ける。俺は二十年間そのチャンスを逃したことが無い、と。
男は、その長いキャリアと成功率の高さで、業界トップの地位に君臨していた。
仕事にライフルを使い出し、『標的に近寄らない』という新たなスタイルを作り出したパイオニアでもあった。
今でも一部の伝統派は弓を使っているが、一般的にライフルを使うのが主流となっている。
時代の最先端を駆け抜けた孤高の男は、円熟期に入り、ますますの輝きを見せていた。

380 名前:【品評会】狙撃手2/2 ◆oGkAXNvmlU 投稿日:2006/09/30(土) 15:12:28.03 ID:3ChLFyYE0

スコープで覗く玄関ドアに影が被る。宅配業者は時間通りに荷物を運んで来た。
引き金にかかる男の指が一度離れ、しっかりといつもの位置に収まる。
宅配業者がインターホンを押し、一言二言ほどのやりとりを終え、伝票を確認している。
チャンスは常に一瞬で一度きり。
女が終わりのドアを開けた瞬間、音よりも早く到達する弾丸が、その胸に始まりを告げるだろう。
男は半分ほど肺を膨らませ、呼吸を止めた。十字の線が走る小さな円形の窓は、男の鼓動に合わせて僅かに上下している。
ノブが少し揺れ、ドアが小さく開く。男の指はほんの少し動いたが、引き金は引かなかった。
用心深い女だ。男はドアと壁を繋ぐ鎖を確認して、止めていた息を吐き出した。
女はドアの隙間から宅配業者を確認すると、一度ドアを閉める。
男はもう一度肺に空気を送り込み、スコープに集中する。動揺も、焦りもその瞳には浮かんでいない。
ゆっくりとドアが開いた。女を繋ぎとめる鎖は外されている。
新しい世界へ。男はしっかりと引き金を引いた。銃身は、大気を震わせて弾丸を放つ。

女はその胸に衝撃を覚え、持っていたハンコは手からこぼれ落ちた。
今までの世界から足を離し、落ちていく女は、宅配業者を見つめたまま動きを忘れた。
それが新しい世界の始まりとは、まだ気付いていないのだろう。
宅配業者の若い男は、自分を見つめたまま動かない女に戸惑いを覚えているようだ。
我に返り、赤い顔でボサボサの髪を撫で付ける女は、落ちたハンコを探しながら新しい世界に戸惑う。
仕事は終わった。
男はライフルを手早く片付け、携帯を取り出して耳に当てる。
「キューピットG−13です。任務達成しました。次の任務を……」

 了



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