【 寝たふり 】
◆HVzqEIcQBs




970 名前:寝たふり  ◆HVzqEIcQBs 投稿日:2006/09/25(月) 00:01:00.69 ID:MizcXi6F0
 規則正しい呼吸が、かえって不自然だ。でも呼吸が不自然だったら、それは結局のところ不自然である。
 つまりどっちにしろ不自然だ。結論は出ない。だから俺は悩む。
「うう……む」
 俺のすぐ横で小さく寝息を立てている女の子。華奢な胸が寝息を立てるたびにゆっくりと上下する。
 掠れるような呼吸音は甘く繊細で、雑然とした俺の部屋の中には異質すぎる。
「ぐあぁ……」
 成り行きだ。中学の同窓会をして、未成年にもかかわらず酒を飲んだ。
 半分の好奇心と半分の冒険心。つまりほとんどが「飲んでみたかった」というだけで言い訳の余地は無い。
 しかしその結果、こうして彼女が俺の部屋で寝ているわけだ。
 俺の部屋で二次会をし、天井知らずに飲み続け、続々と倒れていったのがもう数時間も前のこと。
 意識の戻った奴からどんどん帰っていき、そして最後に残ったのが彼女だったわけだ。
「どうしよう……」
 ずっと好きだった。結局、告白できずに中学を卒業したが、しかし今のこのチャンスは何だろうか。
 まさに神佑。これぞ天助。キスを、キスを……。
「できるわけがない!」
 頭を掻き毟って転げまわった。ビールやチュウハイの缶を蹴散らしてわざと大きな音を立ててみる。
 音に反応して悩ましげに歪んだ眉目が色っぽい。少しきつく結んだ桃色の唇が艶っぽい。
 肌が、白よりも真っ白い。
「寝てるなら気づかれないよな……」
 獣のような格好で近づいていき、彼女の呼吸を確かめる。寝ているのか、寝ていないのか。
 ワンピースから伸びる足に目を奪われそうだが、今は眼福を味わっている場合ではない。
 大事なのは呼吸。キスなどして彼女が寝たふりをしていたなら、もう終わりだ。
 そこまで考えて、俺の思考はまた振り出しに戻るのだ。

 彼女の規則正しい呼吸が、かえって不自然だ。
 でも呼吸が不自然だったらそれは結局、不自然ってことだし。
 思考の迷路に途方に暮れる。落ち着け俺。

971 名前:寝たふり  ◆HVzqEIcQBs 投稿日:2006/09/25(月) 00:01:33.94 ID:MizcXi6F0
 仮にぐっすり寝ているとする。であるならば……。「キスするに決まってる!」
 じゃあ寝たふりだったとする。であるならば……。「その手にはならねぇ!」
 そう。つまり見極めねばならない。寝ているかどうかを確かめる有効な手立て。それを探さねば。
「あっ!」
 そのとき、絡まりつつある糸を解く、単純明快な解答が突如に閃いてしまった。
「鼻を摘んでみよう」
 そろりと手を彼女の鼻の上に持っていく。柔らかい鼻息が掌をふわりとすべり、何だか怪しい気分になってくる。
 小さい鼻だ。そもそも顔自体が小さくて綺麗に整っている。よく出来た人形のようだ。
 可愛い寝顔に奪われつつある思考は、しかし直前で大きな過ちに気づく。
「本当に寝てたら起こすことになるんじゃ……あああ、できねぇ!」
 ばびゅん! と手を引っ込めて、再び煩悶しながらカーペットを転がり缶の林を蹴り飛ばす。
 こんなことだから中学のときも告白できなかったのだ。そしてその結果どうした。
 高校生になってもずっと後悔しっぱなしではないか。俺の青春はこれで終わるのか。
 同窓会の知らせを聞いたとき、決心したはずだったではないか。告白するって。
 三度の奮起。俺はやる。
「いくぞ……」
 彼女の顔に自分の顔を近づける。頭に血が上り過ぎて転倒しそうだった。白い、どこまでも白い肌。
 微かに震える睫毛。揺れる唇。今そこに俺の唇が接触する。その直前、
「あっ! 俺、酒臭くないかな……」
 歯磨きしなければ彼女に悪い。俺は洗面所に飛んでいき、物凄い勢いで歯ブラシを振り回した。
 次こそは絶対に決める、ガラガラガラペッ。そのとき。
「けんじぃ、私もそろそろ帰るね」
「へ?」
 振り返ると彼女がいた。眠そうな顔は、してない。
「え……あの、眠くは……?」
「んっ、一応起きてたから」
 危ねぇ、やっぱり起きてたのか……。早まらなかった自分に喝采を送りたい。
 そして彼女は去っていった。「じゃね、ばか」と一言置いて。                   <了>



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