【 眠れる森の女子高生 】
◆D8MoDpzBRE




958 名前:眠れる森の女子高生 1/4 ◆D8MoDpzBRE 投稿日:2006/09/24(日) 23:54:42.90 ID:7vyYLhVg0
「げぇ、関羽!」
 隣の席で、目の焦点が定まらないまま清水美夏が叫んだ。口元のよだれが輝きながら糸を引いている。よ
ほど変な夢でも見てたようだ。さっきまでうなされてたし。
「コラ、清水! 何寝てるんだ、廊下に立ってろ!」
 案の定、数学教師から怒号が飛んだ。だが、甘いな。こいつは廊下でも立ちながら寝るんだぞ。
 眠れる森の女子高生。話題の新作ゲームが出るたびに、清水はこいつに変身するのだ。一説によると、清
水が学校で居眠りをする期間が長いゲームほど面白いらしい。
 間違いなく、奴が学校一のゲーマーだ。

「ねえ、西谷。なんか眠くならない方法とか知らない?」
 休み時間、俺は清水に話しかけられた。一応、眠り癖をなおしたいとは思っているらしい。
「ゲームを控えるしかないな」
「それ以外で。ってか、ゲームより面白いものでもあれば考えるけど」
 あくまで、ゲームに勝る代案がない限り夜更かしを続けるつもりだ。なんて奴だ。
「せっかくの青春なんだから、男でも作ったらどうだ? ゲームよりもひょっとしたら刺激的だと思うぞ」
 我ながら無責任なことを言ったもんだ。思いの外、清水はこの話に食いついてきてしまった。
「その発想はなかった、ありがとう。じゃあ、天下一ゲーム武闘大会を勝ち上がってきた奴と付き合うことに
する」
 元々、校内でも美少女ゲーマーとして名が売れていた清水自らが企画したこの大会、応募者は殺到した。
対戦競技は格ゲーのなんたらファイターってやつだ。こんな方法で選んでしまうあたり、清水らしい。
 ゲームをやらない俺は傍観者に徹することにした。せいぜい盛り上がればいいさ。

「あ〜あ、もうこいつらじゃ話になんない」
 清水がため息をついた。
 日曜日、近所のゲーセンを借り切って大会は実行された。噂を聞きつけ、隣町からも参加者がいたらしい。
960 名前:眠れる森の女子高生 2/4 ◆D8MoDpzBRE 投稿日:2006/09/24(日) 23:56:03.33 ID:7vyYLhVg0
 だが、優勝者は清水自身。自らトーナメントに参加して、敵なしの強さを発揮したのだ。ある意味、馬鹿すぎる。
「とうぶんゲーム生活が続くことになるわ、これじゃ」
 対戦台の上に肘をついて、清水が頭を抱えた。
 ほかの大会参加者たちがすごすごと退散していく。中には、指の部分だけ出てる手袋をしたオタクっぽい奴
もいた。よかったな、こんな奴が優勝しなくて。
「おい西谷。なんで参加しなかったの?」
 清水が俺の方をにらみ付けた。冗談じゃない、俺はただのギャラリーだ。
「お、俺ゲームできないし」
「じゃあ練習してこい! バカ」
 馬鹿はお前だ。
 その日以来、授業中起きて話を聞いている清水を見かけることはなくなった。

「Xデーが近づいてるぞ」
「清水、死ぬんじゃないか?」
 数週間後、校内にこんな噂が流れ始めた。話題の最新作、なんたらファンタジーの発売が近づいているらし
い。
 過去、このゲームのシリーズは様々な伝説を残してきた。ゲームの所有権を巡って、兄弟間で殺人事件が
あったとか、とある漫画家がこのゲームのせいで執筆をやめたとか。
 さすがの俺でさえも、少し清水の身の上が心配になってきた。
「おい清水、なんたらファンタジー、やっぱ買うのか?」
 発売日の前日、思い切って清水に直撃してみた。本人はやたら眠そうにしていた。
「……当たり前じゃん、あんたバカ?」
 うわ、いきなり機嫌最悪だ。目の下に浮かんだクマのせいで、悪魔のような形相になってる。小悪魔とか余
裕で通り越してる。

961 名前:眠れる森の女子高生 3/4 ◆D8MoDpzBRE 投稿日:2006/09/24(日) 23:56:44.48 ID:7vyYLhVg0
「やめた方がいいぞ。今のお前をみてると、そのゲームに手を出したら死ぬような気がするぞ」
「じゃあ、やめさせてみるんだな」
 とりつく島もなく、清水はそう吐き捨てて歩き去ろうとする。
「ちょっと待てよ、本当に心配してるんだぞ」
 返事はない。無言が場の空気を貫いた。
 不意に一言、耳をよく澄ましていなければ聞こえないくらいの声で、清水がつぶやいた。
「毒リンゴみたいなもんなんだよ……」

 ゲームの発売日、清水が向かうゲームショップは知っていた。たびたび彼女が目撃されているその店の表
で、俺は挑戦状を手に握りしめていた。
 来た、清水だ。
「……何の用?」
 前に立ちふさがる俺の姿を見て、清水の声が曇る。相変わらず、目の下にはクマ。晴れた休日の朝には
似合わない。
「俺に格ゲーで勝ったら、ゲームを買っても良し」
 そう言って、俺は清水に挑戦状を渡した。だいたい、今言ったことと同じ内容が書いてある。
「よし、受けて立つ」

 以前は大会で盛り上がっていたゲーセンは、今日はそのなりを潜めていた。ワンフロア、ほぼ二人きり。
ほかのゲーマーたちは、今日発売のゲームの方に夢中なんだろう。
「いざ、勝負」
「あんたが私にかなうわけないでしょ」
 真剣勝負の幕が切って落とされた。

963 名前:眠れる森の女子高生 4/4 ◆D8MoDpzBRE 投稿日:2006/09/24(日) 23:57:59.11 ID:7vyYLhVg0
――強い。

 清水の腕は圧倒的だった。俺の攻撃はかすりもしない。一度攻撃がヒットすると、そこからは全く反撃でき
ずに清水の連続攻撃にはめられた。勝負は、あっという間についた。
「負けたよ、清水。ゲーム、買って来いよ」
 男の約束だ。彼女にだってゲームをする権利はある。仕方ないのだ、俺は負けたのだから。
「よく、練習してきたみたいだな」
 清水が、ボソッとつぶやいた。気づかれたか。実は、この日に向けて密かに俺もトレーニングを積んだのだ。
「まだまだ、白馬の王子様とは行かないが、せめて今日発売の『毒リンゴ』は食わないでおいてやろう」
 何のことだ? ああ、白雪姫に例えているのか。ゲームという名の毒リンゴを食べて、眠りについた姫を、
白馬の王子様の……
「ぶはっ、って、清水、そそそそれ」
 俺が王子様? 唐突すぎて唾液を吹きそうになった。
「まだ、王子様とは認めてないだろ! それは今後の西谷の努力次第だ」
 目の前の姫が、眠りから解き放たれる歴史的瞬間が訪れた。だが肝心の王子様は、ゲーム画面の中でK
Oされて、地べたにキスをしているのだった。
  <了>

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品評会用「眠れる森の女子高生」です
遅くなってしまい申し訳ない



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