【 不安と不眠 】
◆qAVjD5CX.Y




948 名前:タイトル:不安と不眠 1/4 ◆qAVjD5CX.Y 投稿日:2006/09/24(日) 23:49:06.77 ID:sN+UZi5x0
投下いきまっす@品評会用

 カーテンを閉め切ったままでも、はっきりと分かるくらい空が明るくなってきた。古い毛布しかない、薄暗い部屋にも朝はやってくる。
「今日も、あんまり、眠れなかったのかな……」
 夜が夜らしかった暮らしから離れて久しく、長い暗闇のなかで、眠ったり起きたりを繰り返す生活にも慣れてしまった。
 どのくらい眠ったらよく眠れたのか、またその反対か。それを考えるのも難しくなっている。でも、眠った回数は昨日より少なかった。
……こんな生活も終わる日がいつかはくるだろうか。

 七年前、父が死んだ後、初めての仕事以来、眠られない夜は終わりを見せない。
 私の父はジョブ・キラー、いわゆる殺し屋だった。母の事は覚えていない。父には、私を生んですぐ死んだと聞いた。そんな父だったから、私は三歳の頃からいろいろな訓練を受けさせられた。
七歳になる頃には、自分用にもらった5.6mm弾リボルバーと一緒に、父の仕事についていっていた。……父の役に立てるのが一心に嬉しかった。
 父は私のために、本当は厳しく状況や相手を選んでいたのだ。それを思い知ったのは、父と一緒にした最期の仕事の時だった……。
 12歳になって、私は回数をこなした事で油断していたせいか、きちんとトドメを差すのを怠ってしまった。現場となったアパートの部屋から出る時、前を歩いていた父が私の肩を引き、押し倒した。
同時に2発の銃声が響き、1発はターゲットにトドメを差し、もう1発は私をかばった父の脇腹を鋭く突いていた。父は傷を隠し、なんともないように振舞いながら家へ戻った。ミスをして、怒られる前から泣いて謝る私の前に膝をつき、
「泣かなくていい、カレン。ミスは誰にだってある。ただ、油断はよくない。常に気をつけていなさい……」
 そう言って震える手で私の涙を拭うと、優しく頬をなでて、眠るように倒れた。
 私は、父が『万が一』になった時にしろといっていた通り、有り金全部を持って家を出た。


949 名前:タイトル:不安と不眠 2/4 ◆qAVjD5CX.Y 投稿日:2006/09/24(日) 23:49:39.54 ID:sN+UZi5x0
 その後、私は悲しみに沈まないように、未熟さを捨てるために仕事に明け暮れた。
 信用と経験、それとお金を得る代わりに、私は夜を失っていった。
 信用があがれば名が売れる。経験を積めば死体も積まれる。自然と復讐者も来れば、名を上げたい人間も来る。
 そんな人間に朝か夜かは関係がなく、夜の襲撃を警戒し続けるうちに、不眠症になってしまったらしい。
 ……父がいれば対処を教えてもらえたのだろうか。父はどうやって襲撃から身を守っていたのか。眠れない時間を過ごす時、そのことをよく考えていた。

「ふぅ、散歩にでも行こうかしら」
 包まっていた毛布を捨てるように脱いで、櫛で軽く髪を梳く。昔は自慢だった長い髪も、そろそろ手入れが面倒になってきた。切りたくないけれど、切ったほうが楽だという気がする。
 とりあえず、髪のことは今どうこうしたいわけじゃないから、いつもどおりポニーテールにリボンで結った。唯一の趣味とも言えるリボン集めも、ココの所していないのを思い出した。
 ……散歩ついでに装飾店にでも行ってみようかな。
 腰にベレッタと、肩からかけたホルスターに、父からもらったレボルバーを入れてコートを羽織った。
 毛布しかない部屋に鍵をかける。……持って行かれるより、置いていかれることのほうが困ることもあるんだ。
 アパートから15分ほど歩いた先の公園に入り、ベンチを見つけて腰掛ける。朝の冷たい空気と暖かい日差しが気持ちいい。
 そこでしばらくボーっとしていると、向こうからこちらへ走ってくる人間が見えた。朝のジョギングをしているおじさんのようだ。
「おはよう」
 そのおじさんは何故か、私の前で立ち止まると声を掛けてきた。右手を腰のベレッタに添えて、笑顔であいさつを返す。
「おはようございます。朝の運動ですか? お元気ですね」

950 名前:タイトル:不安と不眠 3/4 ◆qAVjD5CX.Y 投稿日:2006/09/24(日) 23:50:12.20 ID:sN+UZi5x0
 はっはっは、とおじさんはタオルで汗を拭きながら笑った。
「私はまだ若いつもりだ。お嬢さんはうちの息子と同じ事を言うね」
 タオルを再び首にかけると、勝手にベンチの隣に腰掛けてくる。……別に私のベンチではないんだけれども。
「やはり若者から見ると無理してるように見えるかね?」
「そんなつもりじゃ無いんです。ただ、朝早くから頑張ってるなあと思って。私にはマネできませんから」
「早く寝れば早く起きれるのは当然じゃないか。最近の若者は寝るのが遅いから起きれないんだろう?」
「寝たくても寝られないんですよ……。やることもあるし」
 本当は仕事でもない限り、寝るのを我慢してまでやることなんて無いけれど。
「睡眠はきちんととらないといけないよ、お嬢さん。私はこれでも医者をやってるんだ」
「お医者さんですか……」
 自称・医者のおじさんは、真面目な顔をして私に向き直ると言った。
「お嬢さん。私はね、この町の医者だ。医者のクラエスといえば、この町の人間で知らないものはいないよ。……特に、お嬢さんのような類の人間はね」
 銃をそっと抜き、笑みを消して返す。いつでも出せるように用意しておく。
「おじさん……、誰?」
「……医者だよ、お嬢さん。こんな狭い町だ、医者が必要となるとどうしても私のところへ来るしかない。そうなると、いろいろ情報が集まるのさ。酒場と一緒だ」
「私はお酒飲まないもの」
 そんな私の揚げ足取りを無視して医者は続ける。
「それで、君は眠っていないようだね」
「なんでそんなこと知ってるの?」
 もう隠すことなく銃を突きつける。おじさんは何故か、余裕顔だ。
「私の専門は外科だが、町医者ってのはいろいろできる必要があるのさ。……そのくらいは見れば分かる。まあ、お嬢さんは見たら誰でもわかりそうだが」
 そう言って自分の目の下を指差す

951 名前:タイトル:不安と不眠 4/4 ◆qAVjD5CX.Y 投稿日:2006/09/24(日) 23:51:00.52 ID:sN+UZi5x0
「ふぅん。それで?」
「お嬢さんは酒は飲まんのだろ? だから眠れないのさ」
「酒を飲んで眠って殺されました、じゃあ格好つかないよね」
 バカにして鼻で笑ってやる。しかし、医者はそんな私を笑った。
「はは、そういうことじゃないよ、お嬢さん。私の言いたいことは、お嬢さんが独りだって言うことだ。
 独りというのは思いのほか厳しい。それは周りの皆を敵と思うのと似たようなことだからな」
 医者はそういうとポケットからタバコを取り出す。
「ここは禁煙席よ」
「おや、失礼。それでは、私はそろそろ行こうかな」
 一度出したタバコをポケットへしまい、医者は立ち上がる。
「はい、さようなら」
 銃を持った手で、あっちへ行けという風に手を振る。
「お嬢さん。早寝早起きの秘訣を教えてあげよう」
 銃を再び腰にしまいながら苦笑いで返す。
「病院ていう所は眠るにも人に会うにもよいところなのさ。お嬢さんも気が向いたら来てみるといい」
「気が向いたら、ね」
 少しだけ、笑う。ちょっと昔の父を思い出した。
「そうそう。来てもいいが息子を誘惑せんでくれよ。女に騙されるにはまだ早いからな」
「いらないことを言わないで、そのままいなくなれば格好良かったのに」
「お、そうかね。参考にするよ」
 そう言って、自称・医者のクラエスは公園を出て行った。

 3日後。私は昼下がりの日差しと、病院の白いカーテンを感じながら3時間も眠った。……銃を握ったままだったけれど。
 いつか、また、あの頃のように眠れる日が来そうという希望と、髪を切らなくてすむという間の抜けた安堵に包まれた3時間だった。


糸冬 了..._〆(゚▽゚*)

頑張ったつもりです>(´∀`|д・)つ|)



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