【 悪意 】
◆AjotXSlsTI




910 名前:悪意(1/4) ◆AjotXSlsTI 投稿日:2006/09/24(日) 23:06:34.90 ID:tTsXNEJ90
朝起きたらまず、自分がいったい誰なのかを確認する。
俺の朝の習慣の一つだ。

鏡の前の男に向かって挨拶をする。
「おはよう……いや、はじめまして。今日一日よろしく頼むよ」
鏡の前で不気味に笑った。それは言葉通り「不気味」な笑みだ。
悪意に満ちた、見たものを凍り付かせるような笑みだ。

昨日は「秋田修二」だったし、一昨日は「佐々木美香」だった。
「俺」のときもあるし「あたし」のときもある。
この前なんて自分を「わし」と呼んだ方がしっくりきた。
俺は一日ごとに生まれ変わる。誰かに。一日だけ。
夜寝て、朝起きたらまた違う誰かに変わっているんだ。
俺は実在しないのかもしれない。でも確かに生きている。

俺は鏡から視線を外して部屋全体を見渡した。
殺風景だが比較的奇麗に片付けられている。
どうやら一人暮らしみたいだ。
次に机の上に置いてある財布の中身を見る。
銀行やショップのカード、会員証が入っている。
その中にさっき見た顔が見えた。
今日の「俺」は「高橋裕樹」というらしい。
財布の中にある学生証で名前がわかった。
年齢十九歳。
この近くの大学に通っているらしい。

911 名前:悪意(2/4) ◆AjotXSlsTI 投稿日:2006/09/24(日) 23:09:29.14 ID:tTsXNEJ90
机の上に置いてあったリモコンを手に取り、テレビを点ける。
二つ目の朝の習慣だ。

テレビの画面上に大きなテロップが映し出された。

女子大生刺殺事件、交際相手を逮捕。

次にアナウンサーは単調に事件の詳細を述べた。

「昨夜午後七時頃、上北市堺町のマンションで女性が刺し殺された事件で、
警察は殺害された井上沙織さんの交際相手を逮捕しました。
殺人の疑いで逮捕されたのは、上北市の会社員秋田修二容疑者(26)。
秋田容疑者は容疑を否認していますが、
凶器に使われた包丁などから容疑者の指紋が検出されているため、
県警は今日、秋田容疑者を逮捕しました」

横にいたコメンテーターが口を挟む。
「連日殺人事件が続いていますね。物騒な世の中になったものです。
一刻も早く平和な世の中になってほしいですね――」

コメンテータの顔を黒く塗りつぶすように電源を消した。

平和な世の中?
笑わせるな。俺が存在する限りそんなもんは訪れない。

912 名前:悪意(3/4) ◆AjotXSlsTI 投稿日:2006/09/24(日) 23:10:54.00 ID:tTsXNEJ90
俺だけが記憶している。
肉の切れる感触、被害者の悲鳴、滴る鮮血。
自分が殺されるとわかったときの奴らの表情なんか鳥肌が立つくらいだ。
あれは演技ではない。生を奪われるものが最期に見せる最高のショーだ。
俺はそのショーを最前列で眺める。そして終幕してやる。
俺自信が昨日生きた証を残すのさ、「殺人」という形でね。
それにしても都合がいい。俺が殺しているのに、
当の本人達が最終的に「自分がやった」と供述するのだから。

どうやら彼らは本当に殺人を犯すつもりだったらしい。でも踏み切れなかった。
人としての倫理観からか、人を殺すこと自体が怖いのか、
いつも、あと少しのところで踏みとどまってしまう。
そして悶々としたまま眠りにつく。
次の日の朝、俺が代わりに彼らになり、行動する。
俺は淡々と殺す。彼らが憎むものを。人を殺す勇気のない弱者の代わりに。

周りの人々は口々に言う。
「殺人を犯すような人じゃなかった」
「大人しくて優しい感じの人だった」
「魔が差したのかしら」

当たり前だ。
俺が殺しているのだから。
俺が彼らに代わって殺してやっているのだから。

913 名前:悪意(4/4) ◆AjotXSlsTI 投稿日:2006/09/24(日) 23:11:53.02 ID:tTsXNEJ90
今日も俺は使命を全うする。
悪意に満ちた使命を。

俺は、「高橋裕樹」は誰を殺してほしいのかな?
家族か? 恋人か? 友人か? はたまたバイト先の上司か? 
「誰であろうと殺してやるよ。」
俺は頭の中で憎悪を巡らせた。

「憎い」
「にくい」
「ニクイ」
「死ね」
「しね」
「シネ」

すると、頭の中にぼんやりと人の顔が映し出された。

「……こいつは傑作だ! あいつ大学の教授だったのか! 
明日からあいつの平和ボケしたコメントを聞かないで済むと思うと気が晴れるぜ!」

俺は生き続ける。
人々の悪意が尽きるまで。



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